第11話 覚悟
──久々に、昔話の夢を見た。幼少期から親父に聞かされた、勇者と魔王の物語。
この世界には、二種類の人類がいる。一つは純粋に人のみの血で繋いで来た者。もう一つは天使と人の混血だ。勇者は後者の中から現れるようになっている。天使は幻想種の一つで、個体数が元々増えづらい。そこにさらに魔王が襲来して数が激減。生き残るために人と血を繋ぐことを選んだのだという。形が似ているとはいえ、多種族と生きていくのだ。天使達は相当悩んだことだろう。今魔法が使える人類は、天使との混血であるものが大半だ。天使の血が濃いほど、魔法に精通するのだという。そういう意味では親父も俺も、天使寄りの血筋だといえる。また、天使の血を絶やさないために、王族は特に気を遣って血を繋いでいるとも聞いた。
なんで俺がこんなことを知っているかというと、親父の持つ本の中に書いてあったからだ。物の少ない田舎の村では、本は貴重な娯楽だ。字がある程度読めるようになると、親父は積極的に本を読むように進めた。本を読むのは楽しかったし、とにかく色んな種類の本があったから、片っ端から読んだ記憶がある。本棚が倒壊したの、一度や二度じゃなかったよなぁ。懐かしい。
その中でもお気に入りが、勇者の冒険が書かれた本だった。天使と魔王の関係から始まり、そこから歴代の勇者がどう困難を乗り越えていったのか。書き手や勇者によってさまざまある物語は、少年の俺にはとても胸躍る物だった。まさか、かつて憧れた勇者が自分だとは思いもしなかったけど。今思えば、家にあった冒険ものは大半勇者の伝説譚だった気がする。親父、もしかしなくてもわざとだな?面白かったからいいんだけどさ。
自分があの本の中の勇者だという自覚は、正直今もない。何かの間違いなんじゃなかろうかとずっと思っている。でも、まずは目の前のことを解決しなければ。
ルークと合流するのは夕方だ。それまで何してようかな。武器の整備は昨日済ませてしまったし、パトリシアのご機嫌でも取りに行くか。その前に、朝飯だな。この宿は二階建てで、素泊まりしかない。隣の建物が定食屋で、そこで食うのをおすすめされた。ここに泊まっていると割引が入るらしい。行って軽く食ってこよう。
「よう、昨日ぶりだな?騎士様よぉ」
「……なんでここにいんだ?」
店に入ると、昨日見た顔があった。ルークだ。アキは一緒じゃないようで、姿がなかった。
「なぁに、俺の情報網にかかればオマエの泊まってるとこなんて一発で分かる。この街でオレに知れないものはねぇんだよ。ま、こっち座れ。女将には話を通してある」
「はぁ。じゃあ、遠慮なく」
ルークの向かい側に座る。四人掛けのテーブルには、すでに空の皿がいくつか。食べたであろう当の本人は、コーヒーを啜っている。適当に朝定食を頼んだ。
「せっかくだから、オマエにこの街を案内してやろうかと思ってな。迎えにきたってわけだ、光栄だろ?」
「まぁ、確かに結局あんまり回れてねぇけどよ。他になんかあるんじゃねぇの?アキがいないし、あいつの前で話しづらいことなのか?」
「……ふーん、お見通しってわけか。オマエ、見かけの割にちゃんと見てんな」
「俺、そんなに間抜けな顔してるか?」
「平和ボケした顔ってとこかな。でもまぁ、腕は確かだろ。やるときゃやれるタイプだ。だがまぁ、これから長い旅をするなら、ちょっとはシャキッとした方がいいと思うぜ。その綺麗なツラじゃ、どんなもんが寄ってくるか分かったもんじゃねぇし。……話が逸れたな」
料理が届く。綺麗に焼かれた目玉焼きに、柔らかいパンが二つ。コーンスープもついてきた。朝には充分だ。
「アキの父親が、今回のターゲットって話はしたな?この街の誰もが、更生を望んでいる。魔王を信仰する宗教。その一端に触れている、って話だ。本当かどうかは開けてみねぇとわかんねぇがな」
「一応聞くんだが。領主は黒いロザリオを持っていたりするか?」
「ロザリオ?さぁ、アキからは聞いてねぇな。なんかあんのか?」
俺は黒いロザリオについて説明した。ルークの顔が険しくなる。
「つまり、もしアイツがそれを持っていた場合、取り返しのつかないことになるかもしれねぇってことだな?」
「ああ。持ってないことを、願うばかりだな」
「もし、仮にアイツがそれを持ってたら。たとえアキの前であっても、やるべきことはやらなきゃならねぇ。それは、オマエも分かってるな?」
俺を見るルークの目は真剣そのものだ。領主が道を踏み外していた時。この街のために、そしてアキの未来のために。
「斬れるさ。だが、そうならない最善は尽くすつもりだ。あんたもそうだろ?」
即答すると思っていなかったのか、ルークは一瞬驚いた顔をし。すぐに声を上げて笑った。笑い方、ちょっと悪人っぽいな?
「ははは、その答えを待ってたぜ!オマエに頼んだアキの目は、間違っちゃいなかったようだな!あー……オマエならなんとなくそう答えると思ってたが、いざ現実になると笑わずにいられねぇな」
「そ、そんなにか?」
「覚悟の決まり方が、ポッと出の田舎もんじゃねぇって話だ。オマエ、実は勇者だったりするか?はは、んなわけねぇか!」
その言葉にドキッとした。バレて困るものではないが、なんとなく事実を告げづらい。何より、己が本当に勇者という確信も覚悟もない状態で、それを名乗りたくなかった。
「さて。話は済んだし。飯は食えたか?街を回って、それから大仕事が待ってんだ。腹空かせてちゃツラいぜ?」
「本当に街は案内するんだな?」
「嘘は言わねぇよ。それに、まぁなんだ。ここはオレが生まれた街だ。流石に悪い印象だけ残していかれるのは、納得いかねぇからよ」
悪い印象?と思ったが、おそらく領主のことだろう。どんな物語にも、現実にも。最低な領主というものはいるものだ。別にそれと街の人々は別物だし、気にすることはないのだが。案内してくれるというのであれば、そうしてもらおう。
「女将、お勘定!」
「ごちそうさまでした。……あ!待て、こら!それ昨日盗んだ俺の財布じゃねぇか!ちゃっかり使ってんじゃねぇ!」
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