第19話 ララ

「お、あれが次の街か」

 キャンプ地を出て七日目。目的の街が見えてきた。街の名前はブーゲンビリア。国中のあらゆる花が集まる花の名所だ。街の領主は代々植物学者で、日々新しい薬を開発しているとか。親父が手紙のやり取りをしていたから、少し親近感がある。

 入り口に立っていた門番に話を通し、中に入る。

「わ、すげぇ。どこも花でいっぱいだ」

 街のあらゆるところに、花が咲いている。家々の庭には木や花が植っていて、どこをみてもカラフルだ。

「はー、綺麗な街だな。ゴミ一つ落ちてねぇ」

 舗装された道には花壇が設置してあるが、ゴミが埋まっているということもない。宿屋を探して、パトリシアとルークの馬を預ける。ついでに洗濯、しとくかぁ。

「この後どうする?」

「先に飯食わね?腹減ってるだろ、オマエ」

 道中の土砂崩れのせいで、食料がカツカツで。俺の方が多少余裕があったから、ルークにわけたんだが。急に二人になったからか、あんまり腹が減っている感じはねぇんだよな。店に行ったらお腹が空きだすかもしれない。

「そうするか」

「ここに来るまでに、気になったとこがあってよぉ。行ってみようぜ」

 ルークに連れられ、宿屋を後にする。着いた店も、花でいっぱいだ。看板がなかったら、花屋と勘違いしそうだ。メニューを見ても想像がつかなかったので、ルークと同じものを頼む。

「ふぅ。なんというか、ようやく一息つけた感じだな」

「疲れてないか?」

「多少はな。けど、退屈しなくていい。旅なんてしたことねぇからよぉ。結構楽しんでるぜ?」

「よかった、ちょっと心配してたんだ」

 道中多少のトラブルはあったが、旅は順調らしい。長い旅だが、その中に楽しみが見出せているなら、心配は無用そうだ。

「お、きたな」

 頼んだものがやってきた。テーブルに並べられたそれ。

「なぁ、これどうやって食うんだ?匂いは美味そうだが」

 運ばれてきたものは、パンに肉や野菜が挟まったものだった。サンドイッチとも違い、とにかく高さがある。

「あ、食ったことねぇの?っても、サンドイッチと一緒だぜ?かぶりつくんだ」

 ルークはそういうと、目の前の料理を手に取ると、豪快にかぶりついた。なるほど、行儀は悪い気がするが、これがこの料理の作法のようだ。俺も食ってみるかぁ。にしてもでかいな、これ。

「あ、美味い」

 見た目の豪快さとは違い、味は存外しっかりしている。大きな肉と一緒に挟まった野菜が、ちょうど良い塩加減にしている。

「な?美味いだろ、これ。場所によって名前違うかもしれねぇけど、エレストロメリアではハンバーガーって呼ばれてる」

「へぇ、初めてみた。美味いな、これ」

 若干食べにくいのが難点だが、何も気にせずかぶりつくの、結構楽しいな。

「お兄さんたち、良い食べっぷりだねぇ!これも食べるかい?」

 八割ほど食べたあたりで、店主に声をかけられた。出されたのは揚げ物だ。これは、芋?

「ありがとうございます」

「これ、つけて食べると美味しいからね!一緒に使っておくれ」

 食べるとホクホクした芋の甘味が口いっぱいに広がって、とても美味しい。

「お兄さんたち、どっからきたんだい?」

「エレストロメリアからだ。ロイセンブルクの関所に行く途中でよぉ、ここには旅の物資補給に寄ったんだ」

「アラマ、随分遠くから来たねぇ。せっかくだから、ゆっくりしていくと良いよ」

 あまりのんびりしている暇はないが、その気遣いに心がほっとする。景色は似てないけど、人の雰囲気が俺がいた村に似てるんだよな、この町。

 ふと、店主の向こう。一人用のカウンター席の裏に、小さな影が見えた。短い髪に、大きなリボンをつけた少女だ。カウンターに隠れながら、こちらの様子をうかがっている。

「おや。後ろに隠れてないで、出ておいで」

 それに気づいた店主が、少女に声をかける。

 少女はおずおずと前に出てきたが、今度は店主の後ろに隠れてしまった。

 どうやら、町の人以外に会うのに慣れていないようだ。村にいた頃、顔を知らない人が来るってことなかったからなぁ。少女の気持ちも理解できた。一旦立ち上がって、少女と目が合う位置に膝をつく。

「驚かせてごめんな。君の名前を教えてくれるか?」

 出来るだけ優しく声をかける。少女は俯いていた顔をあげ、少しだけこちらを見る。

「ララ。ララっていうの」

「ララ。可愛い名前だな、教えてくれてありがとう」

 俯いていた顔が、少しだけ笑顔になった。よかった、怖い思いはさせていないようだ。ただでさえデカい図体をしているので、小さい子には初見で怖がられることも多い。

「お、お兄ちゃんは、お名前なぁに?」

「俺はロード。ご大層な名前だが、好きに呼んでくれると嬉しい」

「ロード。ふふ、かっこいいお名前ね。お隣、座っていい?」

 俺がうなづくと、ララは機嫌よく隣の椅子に座った。

「おや、ララが知らない人に懐くなんて珍しい。せっかくだから、ララのおやつも持ってくるとするかね」

 しばらく、ララと話をしてみるか。

「そちらのお兄ちゃん、お名前は?」

「俺はルークってんだ。ま、そう呼ばれてるだけだけどよぉ。ロード共々、好きに呼んでくれや」

「そう、あなたもかっこいい名前ね。お兄ちゃんたちは、どうして旅をしているの?」

「悪い奴をやっつけに、かな。その前に、行かなきゃいけないところがいっぱいあるんだ」

 この旅の最終目標は魔王を倒すことだ。けれど、それには情報も強さも、なにもかも足りない。

「あら、なら領主様のところには行ったかしら」

「ここの領主っていうと、薬草に詳しいんだっけ」

 親父が手紙をやりとりしていた相手。直接会ったことはない。何か魔王に関係することを、知っているだろうか?

「そうよ。領主様が育てる花や木は、いろんな病気を治したり、困り事を解決してくれるの。あなたが欲しいものも、あるかもしれないわ」

「行ってみるか?せっかく来たんだし」

「そうするか」

「なら、わたしが案内してあげるね!」

 ララはやる気に満ち溢れている。そんなに気に入られる要素がこの会話の中にあったのか謎だが、可愛らしい彼女の申し出を無下にはできない。これ、食い終わったらついて行ってみよう。

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