第20話 エルフのソフィア

領主様は、とてもお優しい方なのよ。大きな怪我も、頑固な風邪も治してくれるの!すごいでしょう?」

 食べられる野草や多少の傷薬についての知識はあるが、詳しくないのであまりあてにならない。親父も、薬にする過程が難しいって言ってたなー。俺も親父も、あまり器用ではない。

「ここよ」

「え、これ家なのか」

 ララに案内されたのは、どこから見ても大きな木だ。俺もルークも首を傾げる。

「入口はここよ」

 ララは迷いなく進み、扉まで案内してくれた。扉は木の幹に馴染んでいて、初見だと分からない。案内頼んで正解だったな。

「うわぁ、すげぇ」

 家の中は、見かけ通り縦に長く、木の中そのまま空洞にして改造しました、といった感じだ。

 ところどころ苔や草がそのまま植っており、きのこまである。

 下から上を見上げると、いくつか扉が見えた。領主はこの中のどれかにいるのだろう。

「領主さまー。お客様を連れてきたわー」

 ララが上に向かって声を上げる。しばらくすると、扉が開いて人が出てきた。長い階段を降りてきたのは、背の高い女性だった。

「おや、客人とは珍しい。ブーゲンビリアにようこそ。案内をありがとう、ララ。飴をやろう」

「わーい、ありがとう!これは何味かしら、食べてからのお楽しみね」

 ララを見る領主の顔は、とても穏やかだ。エレストロメリアの領主と違い、町の住民との関係は良好そうだ。

 領主は俺の方を見ると、険しい顔をした。俺の顔に何かついてたか?

「もしや君は。──ララ、客人と話をするから、外で遊んでおいで」

「ララは一緒じゃダメ?」

「話が長くなりそうだからね。昨日ハーベンのところに、子猫が産まれたのは知っているかい?よかったら見に行くといい。歓迎すると言っていたよ」

「本当⁉︎行ってみるわ、ありがとう領主様!お兄ちゃん、また後でね」

「ああ、いってらっしゃい」

 ララを見送ると、領主に客間に案内された。出されたハーブティーから良い香りがする。

「さて、まずは名乗ろうか。私はソフィア。この町で植物の研究をしている者だ」

「俺はロード。こっちは旅の仲間のルーク。ここには、ロイセンブルクまでを目指す途中で寄りました」

「ああ、そうかしこまらなくていい。領主なんて大層な肩書きだが、たいした者ではない。それよりも。ロード、ロードか。随分大きくなったな」

「え?」

 俺を見るソフィアの顔は、先程ララに向けたものと同じだ。けれど、俺はソフィアのことを知らない。

「驚かせたね。私はこの国の王──正確には、一族と縁があってね。君が産まれた時、祝いの席に呼ばれているんだ。もちろん、君が勇者であることも。オージンに引き取られたことも。事情は知っているよ」

「ん?でもおかしくねぇか?アンタ、オレたちと大して変わらねぇ歳に見えんだけど」

 俺が赤子の時に出会っていて、祝いの席に呼ばれる程の交流があるということは。それなりに歳上のはずなのだが。ソフィアの顔をどう見ても、俺と年齢が離れているようには見えない。

「ああ、それは簡単だ。私は、人間ではないからね。エルフ、はご存知かな」

「エルフ、っていうと。あの幻想種の」

 幻想種と呼ばれる種は四つある。吸血鬼、人魚、天使、そしてエルフだ。人間よりも長く生き、魔法や固有の力が強い代わりに、数が少ない。まさか、こんなところで出会うとは思わなかった。

「ここは、私が当時のアステラ王の指示で二百年程前に築いた町でね。領主として人をまとめる代わりに、研究費用をもらっているんだ。草木はよく育つし、薬の開発もしやすい。とても良い環境だろう?」

「でも、大変じゃなかったか?人をまとめるって」

 自分とは違うものに対して、人は恐怖を抱く。王の指示とはいえ、そう簡単に人々がソフィアを受け入れるだろうか?

「一筋縄ではいかなかったとも。だが、それも楽しむのがエルフ流さ。百年後にはちゃんと町になったよ」

 ソフィアの目は、凪の海の色をしていた。当時を懐かしむような、そんな顔だ。

「それに当時は、魔王が死んでそこまで経っていなかったからね。行き場のない子供がたくさんいたんだ。目の前に消えそうな命があって、自分に何か出来ることがあるのなら。助けるのは道理だろう?」

 なんでもないことのようにソフィアは言うが、実行できる人は多くはないだろう。この町は、優しいものの手でここまでやってきたんだ。

「そういう動機だから、今でもこの町には行き場を失った者がやってくる。夫と死に別れた妻、親を亡くした子供、見捨てられた老人。他にも、様々事情でここにたどり着いた者達が、協力して暮らしているんだ」

「アンタ、すげぇ懐が深いんだな」

「そうかい?当たり前のことをしているだけだよ。君達が世界を救おうとしているように、私の役割がこれだったというだけ。でも、そうだな。そう言ってもらえるのであれば、私もここまで来た甲斐があったよ」

 先程会ったララとその母を思い出す。彼女達の顔は、この暮らしを楽しんでいる様子だった。この領主のもとであれば、きっとこの先も安心だろう。

「さて、身の上話はいいとして。私に用があったんだろう?」

「ああ、魔王について何か知っていることがあれば教えて欲しい」

「ふむ、勇者として当然の質問だな。だが、すまない。私も魔王についてはあまり詳しくなくてね。代わりと言っては何だが、勇者について話すのはどうだろう?」

「勇者について?」

 魔物の特性や、魔王に関する学術的な本は結構読んだが、勇者については手薄だ。何か役に立つかもしれない。俺がうなづくと、ソフィアは地図を出してきた。

「私が話すのは、勇者の武器についてだ。魔王と戦うのであれば、武器は大切だろう?」

「特別な武器でもあるのか?」

「あるとも。正確には、比較的有利に戦えるというものだがね」

 この先、どんな戦いが待っているかわからない。この前新調した剣だが、こいつでも足りなくなる可能性は高い。ソフィアは地図を指差す。

「アステラはここで、今我々がいるのがここだ。隣にロイセンブルクがあって、更にその向こう。この辺りにクサナギという国がある」

 地図に書かれているのは、雪山と火山だ。見るからに過酷な土地だが、ここに国が?

「この国は、鉱石がたくさん取れるから、武器の鋳造が盛んでね。普通では手に入らないものや、オーダーメイドで自分に合ったものを頼めるんだ」

「でもここ、どうやって行くんだ?」

 地図を見る限り、人が辿り着けそうなルートが見当たらない。海も氷山で閉ざされていそうだ。

「この手前に、マリナンという国がある。ここには人魚と人が共生する街があってね。クサナギからの品は、ここを通してやり取りされている。と、いうことは。ここにはクサナギに行ける、何らかの手段があるということだ。まずはここを目指すといい」

 人魚と暮らす街。エルフが領主の町があるくらいだから、不思議な話でもない。ロイセンブルクでアルバートに会ったら、ここに行こう。

「ありがとう、ソフィア。役に立つ話だった」

「それは上々。君達の旅は長く過酷なものとなるだろう。準備はしっかりと、念入りに行うといい。──そろそろ、日も暮れる頃合いだ。宿に帰るといい」

「ああ、そうするよ」

 ハーブティーを飲みきり、部屋を出ようとした時だった。

「領主様、大変です!ララが、ララが突然倒れたのです!」

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