第6話 手紙

パトリシアが走るのをやめたのは、村を出て半日。山を一つ超えた場所の、小さなキャンプ地だった。村の外には、行き交う旅人のために一晩休めるようにキャンプ地が点在している。天使像が設置された、魔物を寄せ付けない安全地帯。今後、かなりお世話になりそうだ。近くの小川から水を汲んできて、パトリシアに飲ませる。ここまで、本当に一回も止まらずに、俺を乗せて走り切ったのだ。ずいぶん疲れているのではないかと心配したが、表情は思ったより元気そうだった。道中迷いなくここまで走ってくれた。それも、村に向かう大量の魔物の群れを全て振り切って、だ。俺の知らない間に、パトリシアもこの日のために訓練されていたのだろう。

 思えば、今までの生活の何もかもが。いずれ来る別れの時に備えたものだった気がする。料理も、洗濯も、森を抜ける術も、魔法も。全部、村のみんなが教えてくれた。

「……そういえば。荷物、何が入ってるんだろう」

 ここまで走りっぱなしで気が回っていなかったが、パトリシアにはあらかじめ積荷がいくつかあった。確認しておこう。

「えーっと。傷薬、食料五日分、毛布、お金が少々。……あ、これは」

 荷物の下の方から、手帳と懐中時計が出てきた。親父のものだ。手帳には「親愛なる我が息子へ」と書いてある。親父の字に、なんだかホッとする。中を開く。王宮勤めだった親父の字は、誰の字よりも読みやすい。

 『親愛なる息子ロードへ』

 これをお前が読んでいるということは、村に何かあったということだろう。どうか、無事にここを抜け出して。これを読んでいることを願う。

 この手帳は、私が長年研究してきた「魔王」と「勇者」について記してある。何かヒントになれば幸いだ。

 さて、早速だが。これを初めて読んだお前は、どこを目指せばいいか悩んでいるのではないだろうか。そこで、私から当面の指標として提案しよう。

「魔王」には、黒いロザリオを掲げた部下がいることがある。彼らは元は人間だが、何らかの理由で魔王側に下った者達だ。黒いロザリオは、装備者の寿命と引き換えに中等以上の魔物と同等の力を得ることのできる代物でね。普段は人の姿を取ることもできるから、街や村に紛れて生活しているかもしれない。 残念ながら、一度魔物となった者は人には戻れない。天使の加護がなくなるからね。

 まずは、この黒いロザリオをつけた者達を追ってみるのはどうだろう?何か、魔王についてのヒントが得られるかもしれない。

 もう一つ。この国アステラから北に向かったところに、ロイセンブルクという国がある。この国の北の方にあるローゼン山脈の奥地に、長命の吸血鬼が住んでいるという。名前をアルバートと言って、かなりの物知りだと聞く。

 かつての勇者にも助言をしたと言われていてね、行ってみる価値はあるんじゃないかな。

 一つ、注意点だ。彼は勇者に情報をくれるが、魔王にも同じように情報を提供する。どちらの味方、というわけではないんだ。だから、情報を聞くなら慎重にね。自分のことが、魔王にも伝わるかもしれないということは、覚えていてほしい。

 役に立つことは書いてあっただろうか。まずは大きな街に出てみるといい。そこからどう動くかは、ロードの自由だ。

 何か困ったら、この手帳を覗いてみるといい。私が思いつく範囲で色々書いてある。何か役に立つかもしれない。

 それでは。ロードの旅に幸運がありますように。

 『君の父より』

「親父、こうなること本当に知ってたんだな」

 未来予知でもしたのかと言わんばかりの的確な文章に、少しだけ笑みが溢れる。残りのページには怪我をした時の治療、お金の話、世界地図。色々書かれていた。

 懐中時計の方を見る。綺麗な装飾の施された銀色の懐中時計。蓋を開けると、今の時刻がしっかりと刻まれていて。蓋の裏には「賢者オージンに敬意を込めて」と書かれてる。昔王宮で働いていた頃に、王から頂いたものだと言っていた気がする。大事に鞄にしまって、ずっと近くに持っていることにしよう。

「大きな街か。隣街は燃えたって話だったし、遠いけどその向こうに行くしかないな」

 地図を見る。今いるところからだと「城塞都市エレストロメリア」が近場だ。食料は五日分。途中でウサギや魚を採りながらいけば、尽きる前には辿り着けるだろう。

「とりあえず、今日は寝るか」

 もうすぐ日が暮れる。今から山を進むのは危険だ。昨日あまり寝れていないし、今日しっかり寝て明日頑張ろう。

「パトリシア。今日はありがとう。お疲れ様。本当に、ありがとう」

 人参を食べてご機嫌な様子の背中を撫でる。

 明日は、ブラッシングできるといいな。

 火を絶やさないように気をつけて、眠りについた。

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