第11話 食糧調達班(2)
食糧の確保が完了したところで休憩を挟むことに。
二店目へは休んだ後に向かう予定である。
スーパーの前の道路で、各々周囲を警戒しつつ好きな飲み物を口にする。
面々のリュックやバッグははち切れんばかりに膨らんでおり、中にはジッパーがばかになって中の品物がはみ出しているのまであった。一方でつかの間の休息にもかかわらず会話らしい会話もない意気消沈ムード。すでに疲れた顔の者も多く何度も聞いたため息をしていた。
「全員しゃきっとしなさい。男でしょ」
「そうは仰いますが周囲には猛獣がうようよしているのですよ。いつ襲われるのかも分からない気が気じゃない中で平静でいられる方がおかしい。武器だってこれだけ」
鈴木は金属バットを日向に見せた。
「確かにそれでやり合うのは不安でしょうね。だけど心まで折れちゃだめよ。どんな苦しい状況でも笑い飛ばすくらいじゃなきゃ誰も守れない。敵地のど真ん中でくさやを焼くような男になりなさい」
「ぶふっ、ははははっ! さすがにそんな馬鹿はいないでしょ! しかし、会長の仰りたいことは伝わりました。武器でも腕力でもなく、まず心で勝てと教えてくださっているのですね」
「そう、貴方は副会長よ。生徒の模範として支えとしてもっと強くなりなさい」
毅然と振る舞う日向に、鈴木は勇気を貰ったのように闘志を漲らせた。
聞いた話によると鈴木は副会長らしい。
日向を支えるナンバーツーとして活躍しているそうだ。
見た目も中身もハイスペックな男子なだけに素直に嫉妬してしまう。
さぞおモテになるんだろうな。くそが。
学生集団とは外れてこちらは大人組だ。
やはり口数は少ないものの全く会話がないってほどではなく、もうすぐ子供が生まれそうなんですと嬉しそうにフラグを立てる奴もいた。お前死ぬのか?
「宮田、なんだその斧は」
「格好いいでしょ。佐藤さんに貰ったんすよ。聞いてください。この斧でゾンビを倒したんすよ。いやぁまさかリアルでホラゲみたいなことをやるなんて、人生って何が起こるか分かんないっすね」
「ほう、斧ねぇ。そんな物持ってきてなかったと思ったが」
煙草を吸う勝元はこれ見よがしに俺に目線を送ってくる。
言外にまだ教えてない秘密があるんだろう、と伝えていた。
悪いけどマジックボックスについては伏せるつもりだ。
現代の地球においてマジックボックスは便利すぎる魔法だ。チートと呼んでも差し支えない能力。できれば知る者は厳選したい。
勝元も宮田も信用できそうな感じではあるけど状況が悪すぎる。
もし彼らが”馬鹿でかい容量の時が止まる異空間”なんてものを知れば、意地でも俺を学校に引き留め利用しようとするだろう。
てことでそれとなく誤魔化す。
「いくつか武器を持ち歩いてるからな。自衛は必要だろ?」
「だとしてもなんで斧なんだ。ホームセンターで売っているような作業用じゃなく、これは・・・・・・対人用だろ? 妙な知識といい、武器といい、まったく興味の尽きない男だ」
何がおかしいのか勝元は小さく笑う。
「あれは・・・・・・人?」
夕花がつぶやき俺は道の先に視線を向ける。
距離にして百メートルほど、五人の集団が真っ直ぐこちらへ近づいていた。
即座に反応した勝元が「警戒、武器を持て」と指示を出す。
「こいつは奇遇だな。柳坂高校の避難者じゃないか」
「
勝元と正面から相対したのは巨漢の男だった。
黒いタンクトップに首の金のネックレスがいやに目立ち、痛み放題の長髪は赤色に染められていた。耳にはピアスが無数に付けられ、腕にはタトゥーが彫られている。
目つきの悪い古巻と呼ばれた男は、ポケットから指輪がはめられた両手を出し、腰に収めていた拳銃を抜いた。
「さっさと降伏しろよ。傘下に入れば守ってやっから」
「目的は都合の良い労働力と女だろ。返事はノーだ」
「相変わらず甘ちゃんだな。身体張って守んだからそんくらい当然の報酬だろ。労働には労働、むしろフェアな取引だ。頭がお堅いままじゃいい思いできねえぜ」
「お、おい、古巻! ウチの娘を返せ!」
「あ?」
同行する者の一人がバットを持って前に飛び出す。
勝元は咄嗟に「やめろ!」と発した。
「あが、あがが・・・・・・?」
「なんだてめぇ。ああ、もしかしてこの前奪った女の父親か」
後方に控えていた小柄な男が鉈を抜く。
それは一瞬だった。鉈を持った男が瞬きほどの時に肉薄し喉を斬った。斬られた男性は血しぶきをあげながら痛みと苦しさからもだえる。
恐らくスキル【瞬速】だ。
肉体の速度を1.5倍に高めるシーフやアサシン向きのスキル。
レア度は低いものの使用者のレベルによっては強力な武器となる。特に使用者有利のレベル差がある場合は反撃する暇すら与えない。
「あの娘ならこの前死んだよ。配下に与えたら壊れちまってさぁ、自分で喉をかっ切ちまいやがった。ご愁傷様」
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁあああああ! ぶるばぎぃいいいいい!!」
「呼び捨てにしてんじゃねぇ」
古巻の手の平から炎が出現し、男性を炎が包み込んだ。
男性は生きたまま焼かれ地面でもだえ苦しむ。
「うるせぇな。さっさと死ねよ」
ぱんっ。
乾いた音が響きアスファルトの上で空薬莢が跳ねる。
弾丸を頭部に撃ち込まれた男性は絶命した。
「古巻、貴様!」
勝元が小銃の銃口を向ける。
示し合わせたようにこの場にいる全員が武器を構えた。
「撃てるのか勝元さんよ。あんた自衛隊員だろ」
「くっ」
「俺達はあんたらが守るべき国民だ。その銃だって税金で与えられたもんだよな。自分でやってて矛盾しないのか。それとももう割り切っちまったか? んん?」
小銃のトリガーにのせた指は震えたまま動かない。
勝元は怒りの表情のまま激しく葛藤していた。
確かに古巻の言うことはもっともだ。国民を守る存在が国民を殺したら自己矛盾に陥る。あくまで彼の任務は避難者の保護、死刑執行者ではない。古巻も勝元がラインを超えられないとよく理解した上で挑発しているのだ。
「人殺しの言うことなんて聞く必要ないわ」
人をかき分け出てきたのは日向だった。
先ほどの出来事がよほど許せなかったのか刺々しい雰囲気を纏い怒気を放っていた。
「おほっ、いんじゃん上玉がここに。たまんねぇな。今すぐむしゃぶりつきたいぜ」
「喋らないでくれるかしら。声も見た目もキモいし不愉快極まりない。なにより吐く息が臭いのよ。ゴミ虫同然の外道が人間様に話しかけないでくれるかしら」
「言うねぇ、気の強い女は好きだぜ。ただし――」
「っつ!?」
槍と鉈がぶつかり火花を散らす。
反射的に攻撃を防いだ日向は後方に下がり距離を取る。
攻撃をしたのは先ほどの小柄な男だ。
古巻はニヤニヤと笑みを浮かべ眺めるだけ。
「まずは上下関係をきっちり教え込まないとな。生意気な女には暴力が一番だ。殺すんじゃねぇぞ。そいつは俺専用にするからな」
「ういっす」
鉈使いと日向が間合いを読み合う。
割って入っても良いけど日向はプライドが高いから後でなんて怒られるか分からない。様子を見てヤバそうなら助けるか。
夕花も同じ考えなのかひとまず様子見に徹していた。
ただし、俺とは違い殺意高めの待機である。たぶん日向が許可すれば皆殺しだろう。ひぇ。
「くひっ、動きが硬いな。人とやり合うのに慣れてないってか」
「そうね。バレてるみたいだし素直に教えてあげてもいいわ。実のところどう手加減してあげれば良いのか悩み中なのよ。だってあんた弱いでしょ?」
「んだとぉ!? ひん剥いて思い知らせてやるのアマ!」
上手い。相手を逆上させ冷静さを失わせた。
思考が単純化すれば攻撃も予測しやすくなる。
恐らく敵はスキルで決着を付けようとするはず。
「我が身に速度上昇を与えたまえ。スピードアップ」
「何言ってんのかイミフだけど、もうおせぇ! 地面に這いつくばって命乞いしろ!」
速度上昇のバフをかけた日向は、目の前まで接近していた鉈をひらりと躱し、すれ違うと同時に切っ先で武器を握る腕を切り飛ばした。
「ぎゃぁああああああっ!? 腕が、腕がぁぁああ!?」
「殺されないだけ感謝するのね。その痛みはあんたの罪よ」
腕を切られた男は地面に転がり痛みに叫ぶ。
あれほど人を殺すのに忌諱感を示していた日向が、あっさり腕を切るなんて意外だ。
夕花も驚いた様子で姉を見つめている。
「命までは取らない。それが私の人としての境界線よ。二度と人を害そうなんて思えないくらい心を折ってあげるから覚悟しなさい」
日向はすでに古巻を次の敵に据えていた。
だが、配下であろう残りの三人が彼を守るように前に出る。
「逃げてください。ここは俺達が」
「よくも須賀さんを!」
「調子になるなよガキが。ぶっ殺してやる」
「邪魔なのはてめぇらだ」
古巻は仲間であるはずの三人を躊躇なく焼く。
炎に包まれた男達は、悲鳴をあげる間もなく真っ黒に焦げて倒れてしまった。
「おきにの配下を潰されて逃走だぁ? 馬鹿言うんじゃねぇよ。ガキにメンツ潰されて黙って引き下がれるわきゃねぇだろ」
「仲間を・・・・・・あんた、頭おかしいの?」
「おかしくなきゃ生きてけねぇよ。こんな世の中だぜ」
古巻の魔力が右手に集中する。
先ほどまでとは比較にならない大きさの炎が生じた。
どれどれレベルは。
あ、普通にヤバいかもな。
古巻のレベルは、18だった。
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