第15話 謎の遺跡

 

 ドンッドンッ。ドンッドンッ。


 校内の一画に設置されたコンテナの内側から激しく叩く音が響く。

 近くには蓋付きのポリバケツが置かれ、時折ゴトゴトと動いていた。


「ひぇぇええええええ、佐藤君出してくれ!」

「いや、お願い、近づかないで!」

「むりっす! 死ぬっす! なんなんすかこの量!?」


 コンテナの中からは勝元と中条と宮田の声が聞こえる。


 現在、俺は三人のレベルを上げるべくスライムを退治させていた。

 以前のアパートはスライムがそこら中にいたから手間をかけず経験値稼ぎができてたけど、この辺りは餌にする魔物が多いせいか数が少ない。せっかく集めたスライムを余さず倒して貰おうと、こうしてわざわざ密閉空間を作り接待しているわけだ。優しいな俺。


「追加持ってきました」

「ありがとう。ここに置いておいてくれるかな」


 新たなポリバケツを持ってきた夕花は笑顔である。

 そんな俺達の様子を眺めるのは美愛とスーさんであった。


「お兄ちゃん達、人でなしなの?」

「おお、よくそんな難しい言葉知ってるな。だけど誤解だよ。俺はここに暮らす人々のため心を鬼にして三人を鍛えているんだ」

「でも始める前に楽しくなるぞって浩平さん言ってましたよね」

「ほら、やっぱり人でなし」


 幼女が怪訝な眼で凝視してくる。


 すみません。すげぇわくわくしてました。

 勝元と中条が泣き叫ぶ姿を見たかったんです。


「やったぞ、全て倒した。勝ったんだ」

「これで出られるんですね。はぁぁ」

「死ぬかと思ったっすよ。ところで上の穴ってなんなんすかね」


 さて、そろそろ次を――お。


 タイミング良くやってきたのは生徒会長様の日向であった。

 副会長の鈴木と名前も知らない女子を複数引き連れ、堂々と校内を見回っている。


「あら、浩平じゃない。夕花まで。こんなところで何をしているのかしら」

「経験値稼ぎを手伝っているんだよ」

「ねぇ、このバケツ動いてるけど」

「スライムを二十匹ほど入れてるので」


 日向は「に、にじゅう!?」と後ずさりした。

 きっと彼女の脳裏にはスライムに反撃され顔面に体当たりされる光景が過っていることだろう。全身を揉むように這いずられ、あられもない姿をさらした光景も。


「追加始めようか」

「はい」


 コンテナの上にのぼり下にいる夕花からポリバケツを受け取る。

 蓋を開けるとすぐさま大量のスライムを投入した。


「ひぎゃぁぁああ、またきた!?」

「たすけてぇぇ、たすけてぇぇえええええ!」

「ひどいっすよ! 鬼、悪魔!」

「さっきの要領でやればすぐだから。ちゃんとレベルは上がってるよ」


 三人の悲鳴とどたどた走り回る音が心地のいい音楽のようである。

 副会長の鈴木が顎に指を当て何かを考えているようであった。


「僕には何をしているのかさっぱりですが、中から聞こえる声にはどこか覚えが。まさかな。勝元さんはこのような悲鳴をあげる人ではない。会長、危険な行為即刻止めさせるべきです」

「そ、そうね・・・・・・」

「会長?」

「何でもないわ。放っておきなさい。どうせ許可は取っているでしょ」

「会長がそう仰るなら」


 再び彼女は生徒を引き連れこの場を離れて行く。


 ここに来てからすっかり天狗だな。

 父親を探しに都心部に行きたいってのもめっきり言わなくなったし。ちやほやされるのが嬉しいのか校内治安維持隊なるものまで結成して。


 まあ俺は急ぐような旅でもないし、自由気ままにやれたらそれでいいんだけど。


「夕花は父親は心配じゃないのか」

「もちろん気にしていないと言えば嘘になりますけど。それよりも浩平さんと一緒にいることが一番ですし、姉さんも学校には思い入れがありますから」

「あまり親子仲は良くなさそうだな」

「あはは、否定はしません」


 母親についても語ろうとはしないし色々事情があるんだろう。

 赤の他人の俺が踏み込むようなことじゃない。


「ばあばにおまんじゅう貰ったからスーさんにも半分あげる」

「ぽよんぽよん」

「あげるってば。友達でしょ」


 美愛は半分に割ったまんじゅうをスーさんに与えていた。

 魔物を友達か。

 案外テイマーに向いてるかもな。



 ◇



 三人のレベルが5になったところでようやく解放する。

 途中からスライムじゃなくてホーンラビットやゴブリンなども投げ込んでいたので、レベルアップの速度は過去一だった。


「まさしく地獄だった。レベルアップとはこんな思いをしなくてはならないものなのか」

「普通はもっとゆっくりするもんだけどな。その甲斐あって力は増しただろ」


 疲れた顔をした勝元は、仰向けに倒れたまま自身の手を空けたり開いたりする。


 レベルアップ後の能力は元となる基礎能力が大きく関係する。自衛隊で鍛えている彼の場合、獲得した能力値は同じでも底上げ分が大きいので、数字の上では5であっても実際は7、8くらいと考えた方がいい。

 レベルが上がるからといって鍛えない理由にはならないのだ。


「二倍、違うな。三倍は強くなった気がする。筋力が増えたわけでもなく技術が向上したわけでもない。そのままでなぜか純粋に力だけが増した。実に不思議だ」

「それがあんた達の言う覚醒者の秘密さ」

「ひょうだっはほか(そうだったのか)」


 美愛が木の枝で勝元の頬をぐいぐい押していた。


 中条は話す気力すらなく真っ白のまま倒れている。

 すでに2に上がっていた宮田もなぜか全裸でコンテナ内で倒れていた。


 ちゃんと全員生きているのでオールオッケーだろう。

 臭い物に蓋をするように夕花がコンテナの扉をそっと閉じた。


「ならば早く教えてくれれば良かったんだ。こんなことをしなくともレベルアップに最適な場所があったというのに」

「そうなの?」

「ただ、我々もあれがなんなのかは未だに掴めていないのだがな。ちょうどいい、この機会に君に見てもらいたいものがあるんだ。君なら正体を把握しているかもしれない」


 勝元はおぼつかない足で立ち上がった。

 そのまま「ついてこい」とだけ言って校内敷地の奥へと進む。


「悪いけど美愛を山崎のおっさんのところに送ってくれないか」

「その方が良さそうですね。美愛ちゃん、一緒にじいじのところに行きましょうか」

「スーさんも連れて行っていい?」

「浩平さんとお仕事みたいだから私で我慢してくれるかな」

「ん~、じゃあトランプしよ!」


 二人は手を握って体育館の方へ行く。

 残ったスーさんはしゅしゅしゅっと短い腕を素早く動かし『戦いでもなんでもやる』と意気揚々である。美愛の相手も好きだけどやっぱ俺と行動するのが一番らしい。





「学校に遺跡、?」

「ぽよ?」


 校舎から離れた敷地の奥には小さな森のような場所があった。

 森に入ってすぐに遺跡のような建物を見つける。


 朽ちた柱が並び小さな宮殿のような建物が居座っていた。

 古い時代のもののようで、表面は削れ苔がむしている。デザインも明らかに日本のものではなく魔物らしき獣と人の姿が刻まれていた。


「こっちだ。来てくれ」


 入り口は木の板で封じられている。

 勝元は板を力任せで引き剥がし中へと踏み入った。


 建物内はがらんとしていて何もない。薄暗くひんやりとした空気が漂い涼しいよりも気味の悪さが先に来る。


 石畳が敷かれた部屋の中央に、ぽつんと下に続く階段があった。


「ここより下はモンスターの巣だ。君達が現れる数日前になるが、忽然と前触れもなくこの建物が出現した。建物だけじゃない。以前は森などもなく柔道部が使用する施設のみだったそうだ」

「その施設は今どこに?」

「来てくれ」


 外に出ると裏に回る。

 そこには建物とくっついた施設があった。


 まるで設置位置を間違えて、一部が重なってしまったかのような不自然な状態となっていた。


「どうなっているんだ」

「こっちが聞きたい。君ならこれについても何か知っているかと考えていたのだが」

「悪いけど力になれそうにないな。でも、こっちの建物の方はなんとなく見当は付いている。まだ確信じゃないけど可能性は高いかなって」

「本当か!」


 俺達は謎の建物の前に戻った。


「この下は迷路になっている?」

「そうかもしれない。少し入っただけで引き返したんだが、複雑に入り組んでいて非常に危険と感じた。罠らしき仕掛けもあって侵入者を拒んでいるのは疑う余地はないだろう」

「物は落ちていなかったか」

「ふむ、ナイフを拾ったな。切れ味は良くなかったが細工がよくできていてな、この建物を調査するのに役立つかと拾ったんだ。これだ」


 一本のナイフを渡され細部を観察する。


 うーん、見たことがないデザインだ。

 細工はなかなだけど確実にドワーフ製ではないな。

 材質もただの鉄。付与はされていない。

 ゴミだなこれは。


 ただ、正体は掴めた。


「たぶんこれはダンジョンだな」

「ダンジョン?」


 異世界でダンジョンはごまんと見てきたけど、こいつは完全初見だ。


 しかし、どういうことだ。

 どうして地球にダンジョンが?


 まさかとは思うが、俺の知らない異世界があって、その異世界がこちらへ魔物や建物を転移させているのか?


 なぜ? 目的は?


 マジで原因、ちゃんと調べた方がいいかもしれないな。

 俺の自由気ままなライフが壊される前に。


「よし、じゃあ次からはここでレベル上げをしよう」

「大丈夫、なのか? 提案しておいてなんだが」

「問題ない問題ない。俺とスーさんがいるし」


 死にかけるくらいがちょうど良いんだよ。

 ほら、サ○ヤ人だってそうやって強くなったしさ。


「寒気がするんだが、本当に大丈夫なんだよな?」

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