第14話 履行
学校に戻るとすでにお祭り騒ぎのようであった。
校内の一室にて、調達班が集めた食品が並べられる。
詰めかける避難者達は期待を胸にざわついていた。
食事はこの苦しい生活の中で現実を忘れられる至福の時間。どのような収穫であったのか知りたがるのは自然な流れだ。
とりわけ若い女子に注目を浴びていたのは鈴木であった。
「鈴木君、頼んでおいた甘味どうだった?」
「この気温だからチョコ類は外したけど期待に添えるだけの品は集められたよ」
「わぁぁああああ! クッキーじゃん! ポテチも!」
「さっすが鈴木王子! よく分かってる!」
こんもりと小山を作るのは菓子である。
まともに食糧を選んできたとは思えない光景であるが、菓子はカロリーが高めで塩分や糖分に油分などを手っ取り早くとるのに適している。特に糖分は気持ちを和らげる効果もあるので、こういう非常時にはあるとありがたいだろう。
「ふっ」
「・・・・・・?」
奴は俺を馬鹿にするように鼻で笑った。
俺の目の前に並んでいるの主に肉類だ。
ベーコン、ハム、ソーセージ。
菓子と違い華がないのは認めるけど、茶色系の食品だって必要不可欠なタンパク源である。笑われるような内容とは個人的に感じない。
「浩平さんは肉類を中心に集められたんですね。私は果実類を集めてみました」
「オレンジか。カビも生えてないしまだ食べられそうじゃん」
「はい。ビタミン類は不足しがちですから健康維持にも積極的に摂取していかないと。もちろん浩平さんの身体を考えてですからね」
「俺達だけの食糧じゃないんだけど。でも、あった方が良いのは確かかな」
夕花と会話をしていると、鈴木がふらりと近づいてくる。
「これだけですか佐藤さん。もっと持ってこられましたよね。姫川会長もなぜこのような使えない男を信用なさるのか。ああ、そういえば貴方も”一応”不思議な力は使えたのでしたね。会長ほどではないようでしたが」
は? なんなんだいきなり。
調達はあくまで調達、どちらが上とかないし競い合いでもない。
つーか、誰がこれだけと言った。まだ途中だ馬鹿。
「じゃあ全部出すからよーく見ておくんだぞ」
「どうぞ、またハムですか?」
俺はリュックの中へ腕を突っ込む。
実は中にはほとんど荷物がなく、調達した食糧はマジックボックスに収納していた。なので取り出すフリだ。
どささささっ。
加工品もあわせた野菜類の山。二十パックを超える卵の山。保存の利くチーズなどの加工品の山。ビタミン類などとれる携行簡易食品の山。マヨネーズを始めとする各種調味料類の山。いつでもどこでもお手軽カップ麺の山。十キロの米十袋。
さらにさらに手当たり次第にとってきた菓子の山。
「な、なんだと!?」
「悪いね、俺って優秀過ぎるから」
俺の出した品々に大勢が殺到した。
男も女も目を輝かせずらりと並ぶ山に歓喜する。
中でも一番喜ばれたのは卵と調味料だった。
どちらも優先度は低くなるし確保しても少量だ。俺のような大量に持ち帰ってきた奴は今まで一人もいなかったようだ。
「ばかな。どう見ても袋と中身の容量が合わないじゃないか。ずるいぞ」
なおもイケメン鈴木は噛みついてくる。
なんだなんだ。どうして俺を目の敵にする。
どっちも貢献できた。それでいいじゃないか。
首をかしげていると夕花が耳打ちする。
「彼は姉さんに片想いをしているんです。いきなり見知らぬ男性を連れてきたものだから嫉妬しているのではないでしょうか」
「そういうことね。面倒な奴」
片想いってことは相手にされてないのかな。
日向って人の心を読むの下手そうだし、鈴木の気持ちに気づいてなさそう。
「とにかく、夕花君もこんな男には関わらず、会長の妹として弓道部の部長として、皆のお手本になるよう努めたまえ。僕は次の仕事があるのでこれにて」
俺をにらみつけた後、鈴木は逃げるように走り去った。
面倒な奴に目を付けられたなぁ。
日向とは何でもないしなんなら引き取って貰いたいくらいだ。
あれ、部長?
「弓道部の部長なの?」
「ええまぁ。もう三年ですしほとんど顔は出してないんですがね」
「へぇ、二人揃ってすごいんだな」
「止めてください。私なんか姉さんと比べたら」
姉に劣等感があるのか夕花は褒められても嬉しそうではなかった。
これまで嫌ってほど比べられてきたんだろうな。
さっきみたいに姉の付属品のように扱われてきたのだろう。
こんなに良い子なのに。日向なんかより数百倍立派だよ。
思わず夕花の頭をなでなでしてしまう。
「ふふ、ふふふ、くすぐったいです」
「ごめん」
「あの、もっとしてください。その嬉しいので」
おねだりされたのでもう一度頭を撫でた。
◇
食糧調達から戻って以来、日向は避難者達の間で英雄扱いとなっていた。
誰も太刀打ちできなかった悪漢外道の古巻を倒したのだ。
元々人気が高かっただけにそのニュースは瞬く間に校内に広がり、翌日には避難者達を導く希望の女神と呼ばれるような存在と化していた。
調子に乗った日向は、鈴木を始めとする生徒会のメンバーと校内治安維持隊を結成、各所で発生する人間関係によるトラブルの解決に乗り出した。
「あちち、で、集まった覚醒者達の目的は?」
「さぁ? 僕も何度か遭遇したくらいで目的までは。むむむ! できた!」
「敵対しているのに判明しているのは顔と名前だけなんてお粗末ですね」
「ぽよぽよ~」
俺は缶ビールを片手にソーセージを囓りつつ魔法の練習をする宮田を眺め、隣では夕花とスーさんが七輪でソーセージを炙っていた。
「ほら、見てくださいっす。石を創ったっす」
「じゃあ次はそれを10個な」
「えぇええええええええっ!? 褒めてくださいっすよ、これだけでも大変なんすよ!」
なーに甘えたこと言ってんだ。石ころ創ったくらいで。
異世界じゃあ鼻水垂らした子供ですら小石を百個創ってたぞ。いや、あの子供は魔法使いの才能があったんだっけ? どうだったかな?
宮田に石を創らせているのは魔力操作を身につけさせる為である。体内を巡る魔力を集中させ体外へ放出、具体的なイメージを持って現象を発生させる。初心者よりも以前の基礎的なトレーニングであり、古巻も使用していたいわゆる属性現象である。
この属性現象を発展させた先に俺のよく知る『魔法』があるのだ。
魔法は属性現象と違い詠唱と魔法式――脳内儀式が必要となる。ロミンシアによれば世界の深部に干渉し現実の改変を行う、とかなんとか。ようは属性現象よりも数倍強力な力が使用できるようになるってことだ。
ちなみに属性には基本四属性と特殊三属性が存在する。
火・水・風・土の四つを基本属性とし。
光・闇・空間の三つを特殊属性。
それ以外の分類できない属性はまとめて無属性だ。
ただし、これはあくまで異世界人の定めた枠であって、実際はもっと細かく分けられると俺は考えている。たとえば俺は四属性と空間の他に雷を使用できるのだが、これは光に分類されているし、重力を操る魔法だって闇に入れられているのだ。
「またここで一杯やってるのか」
「なんだ勝元か」
「なんだとはなんだ」
ふらりと勝元がやってくる。
ただ、今日は手ぶらではなく大瓶を持っていた。
七輪の前であぐらをかくなり、大瓶を俺の方へ差し出す。
「今回の調達で手に入れた品よ。その名も『白狐大嵐』。出回っている数が少なくプレミアが付いている貴重な酒だ。偶然見つけてこっそり持ってきた」
「意外です。勝元さんは真面目でお堅い方だと思っていたんですが」
「調達班は命がけだ。このくらいの役得がなければやってられん。それに堅苦しく締め付けるだけじゃ人はいずれ息ができなくなる。何事も”遊び”が必要なんだ」
「なるほど。そうかもしれませんね」
俺と勝元はカップに注いだ酒を一口呷る。
辛口だが香り豊かで実に美味い。
「少々遅れたが君達には感謝を述べたい。古巻の件に佐藤君が持ち帰った大量の食糧、たった数日で状況は大きく好転し始めた。自分ではここまでのことはできなかっただろう。ありがとう」
彼は深々と頭を下げる。
俺と夕花は見合わせ苦笑した。
「ところで宮田は何をしているんだ?」
「魔法の訓練っす。僕も佐藤さんのようにモンスターと直接やり合えるくらい強くなりたいんすよ。実際なれるんすよね?」
「レベルに魔法の知識と技術。武器が揃えば大抵の魔物には対処可能になる。できれば生態や固有能力とか把握しておいた方がいいけど、こんな状況だし当分は後回しかな」
「ほう」
勝元はなにやら考え事を始める。
かと思えばにやりとした。
「佐藤君、取引は覚えているな?」
「覚醒者の力の秘密が知りたいんだろ」
「そうだ。君の手で我々を鍛えてもらえないだろうか」
「いいけど、自衛隊員って何人いるんだ」
「三人だ」
はぁ!? たった三人だけ!?
勝元と中条と宮田だけってこと!?
そりゃ見かけないわけだ。
むしろたった三名でよくここを守っていた。
「約束は守るさ。しかし、武器をどうしようか」
「銃ではダメなのか?」
「今のままだと無理かな」
理屈は分からんが銃火器では、経験値が入らないっぽいのだ。
レベルアップできなければ技術だけで戦わなくてはならなくなる。いざって時の力任せのごり押しができなくなるのだ。魔物相手にそれはきつい。なんせ相手は高い身体能力に疑似魔法を使用し、種族による固有能力まで使用する。
レベルの高さだけで勝てるわけじゃないが、生存率は確実に上昇する。
「ひとまずナイフを準備しておいて」
「了解した。よろしく頼む」
俺は微笑みながら泣き叫ぶ勝元の姿を想像するのであった。
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