第16話 ダンジョンの活用
俺が記憶している限り異世界におけるダンジョンとは資源である。
武器、食糧、鉱物、その他魔物の素材、そして観光。
種類によって手に入るものは様々だが人々の生活を潤し経済発展の大きな後押しとなっていた。だが、同時に幾度となくダンジョンで滅んだ町も俺は見てきた。
ダンジョンは魔物が繁殖しやすい環境が整っている。増えすぎた魔物は餌を求めて地上を目指し、牙と爪で人々を食い散らかすのだ。いわば諸刃の剣。国はこれを保護しつつ氾濫が起きぬよう常に監視していた。
とまぁ長々と語ったが、ダンジョンとは経験値と金を与えてくれるありがたい構造物なのである。
当然、利用しない手はない。
「夕花」
「はい。疾風矢!」
風を纏った貫通力の高い矢が放たれる。
フレイムレッドベアーと名付けた赤毛の熊は心臓を破壊され倒れてしまった。
もったいない。心臓は良い肉なのに。
死体の近くに剣が落ちているのに気がついた夕花は走り出す。
踏み出した足が石畳の一部を沈ませ、壁から無数の矢が飛び出した。
「きゃあ!?」
「ふっ」
瞬時に彼女の傍へ移動し、剣で矢を全てなぎ払う。
夕花はぺたんと座り込んでしまった。
「罠があるって言っただろ」
「すみません、つい」
「ぽよぽよっ!」
「気をつけます」
スーさんも『油断しちゃだめ』とぷんぷん怒っている。
それから熊に近づいて死体を丸呑みした。
スーさんは俺と同じ空間属性持ちだ。体内にマジックボックを持っていて俺と同様になんでも収納できる。これと言って特にどちらが何を持つとかはないけど、強いて言うなら日向や夕花の私物を保管しているかな。
汚れを分解できたりもするのでその流れで服や下着などを管理している。
俺は落ちていた剣を拾い刀身を確認した。
「質は中の下、武器としては合格点かな」
「使っていないのにそんなことも分かるんですか」
「これでも勇者――じゃくて、その、知り合いに古物商がいたから」
「へー」
あ、絶対信じてない顔だこれ。
異世界にいたことは未だに教えてないからどうにも説明しづらい。
夕花になら教えてもいいんだけどなぁ。とはいえ今さら感があるし身の上話をするのって苦手なんだよ。おまけに内容が内容だから長くなるし。
剣をマジックボックスに投げ入れる。
取り出した白紙の地図にペンを入れた。
「あっちに十字路があってここまで一直線だったから、こうかな」
「これで五階は完成ですね。階段は見つけられなかったのでここが最深部でしょうか。突然現れた構造物な割に特に変わった点はなかったですね」
「そうだな。ありがたいのはレベルが全体的に少し高めってところかな」
ダンジョンの最深部にはだいたい何かあるものなのだが。
隠しエリアでもあるのかな。
しかし、今は気にするようなことでもない。
観察した限りでは、生息する種類も四足歩行の獣が多く、初心者にも対応しやすい感じだ。
これならレベリングに使用できるかな。
構造も恐ろしく複雑ってほどじゃないしさ。きちんとマッピングできれば帰還も容易だ。
あと武具やアイテムがあるのも個人的に嬉しい点である。
しかしながら、いよいよ俺の知らない別の異世界の関与が濃厚になってきたな。
「そろそろ戻りますか? スーちゃんも調理の時間ですし」
「だな」
俺達は来た道を戻る。
◇
校庭の片隅で勝元や日向が顔を合わせる。
彼らの目の前には山積みにされた剣や槍や防具があった。
「これがあの構造物の中に落ちていたのか。驚いたな」
「ダンジョンだっけ? その中に入れば今後もこういうのが手に入るのかしら」
「どうだろ。何回か入って補充されてなければ大量入手はこれっきりかな」
勝元は感心しつつ剣を抜いて見せた。
武器の状態は様々、錆び付いてて研ぎが必要な物もあればそのまま使用できそうなものもごちゃ混ぜになっている。
使用感があることからダンジョンを作った何者かが配置した餌ではなく、入り込んだ冒険者などの残した装備だと推測している。実際それらしい骨も見かけた。
武器の山を眺めていた中条と宮田が発言する。
「銃火器を持ちながら原始的な武器に頼らなければならないなんて」
「しょうがないっすよ。銃では経験値が入らないんすから。レベリングができなきゃこの先じり貧になっていく一方っすよ。どちらにしろ残弾も残りわずかっすから、タイミング的には良かったんじゃないっすかね」
「貴方はいいわよね。佐藤君から良さそうな斧を貰って」
「へへ、格好いいでしょ。それに魔力操作もこの通り」
宮田は魔力を操りいともたやすく野球ボールほどの石を創り出した。
やはり見込んだとおり魔法使いや付与士向きの才能を有していたようだ。操作センスは夕花や日向の方が上ではあるものの比較的高い方ではある。
彼にはすでにいくつかの身体能力上昇のバフとデバフも教えている。
俺の考えとしては勝元と中条を支えるサポート役になってもらいたいと思っていたりする。
「では、以後はあの構造物でレベリングをするでいいんだな?」
「俺はスライム地獄でもいいけど」
「いや、ダンジョンを使用する。それがいい」
「「うんうん」」
勝元達はよほど嫌なのかダンジョンでのレベル上げを決定した。
学生の代表としてこの場に参加している日向もすかさず同意を示す。
「少しづつでも着実に戦える人間が増えるのは喜ばしいことだわ。私は希望者を募りダンジョンに同行させるわ。経験値を得るにはとどめを刺すだけでいいのよね?」
「寄生プレイっすね。地力は上がんないっすけどレベルアップ者の総数を増やすにはありじゃないっすか。その分ここの防衛力もあがりますし」
そうそれ、寄生は俺も考えていた。
外でやるよりもダンジョンの方が不意打ちされにくくて守りやすい。環境的要因で敗走するのも減るし路上で囲まれるよりはやりようはある。なによりピンチに駆けつけやすい。
なんせ現在の外はコンクリートでできた立体迷宮みたいなものだしな。
初心者が戦うには不確定要素が多すぎる。ダンジョンの方がまだましだ。
寄生プレイについて宮田から説明を受けた勝元が頷く。
「それならば自分も協力しよう。午前は学生達、午後は大人達で回しつつ、手が空いている者には入り口での受付を担当して貰うことにしよう。その方が救助時も混乱が少ない」
「では利用時間も設定しておいた方がよろしいのでは。時刻を過ぎた時点で遭難者として扱う、が適当かと」
「うむ、佐藤君はどう思う?」
「いいんじゃない」
部外者の俺に聞かれてもな。
ダンジョンの運用はここで暮らす人間で勝手に決めればいい。
ふと、食欲をそそるカレーの香りが漂ってくる。
「みなさん、お食事ですよ」
エプロン姿の夕花が手を振っていた。
◇
調理室で素早くニンジンを切るスーさん。
主婦達はその様子を感心するように見つめていた。
「スーちゃんは本当にできた子よね。ウチにも欲しいわぁ」
「この子がいれば料理をしなくていいもの。おまけに本格的ですごく美味しいのよ」
「飼い主の佐藤君はあんななのにねぇ。逆にしっかりしたのかしら」
本人が近くにいるのだけれど。
どうしてこうマダム連中はいろんな意味でこう声が大きいのかね。
近所のおばさんも佐藤さんはゴミを出す日を守らないって聞こえるように言ってたし。
・・・・・・うん。俺が悪いか。
本日は避難者への慰労としてカレーが振る舞われることになっていた。
大盤振る舞いができるようになったのも俺が大量に持ち帰ったからであり、すでに次の調達も完了し食糧倉庫はたっぷり満たされていた。
手柄はなぜか日向と調達班全体のものとなっていたが、個人的には変に目立ちたくなかったのでオールオッケーってことにしている。
1F調理室の窓は今日だけ窓がフルオープンになっていて、外で待つ人々に山盛りのカレーが手渡されていた。
「ってなんで俺がこっち側なんだよ」
俺はエプロンを着けて避難者へカレーを手渡していた。
「ごめんなさい。どうしても人手が足りなくて」
「夕花が謝る必要はないよ」
「ぽよぽよーん、ぽよん」
「え、きりきり働けって? すみません」
お玉で鍋の中をかき回すスーさんに頭を下げる。
ここではスーさんの方が地位は上だ。料理の腕を見込まれあれよあれよと名誉料理長の称号を得た我が従魔は見事に成り上がったのである。その英知を前にしてマダム達で文句を言う者はいない。
タブレットで料理のレシピを見せすぎたかな。
少し前まで三つ星シェフのインタビュー記事とか読んでたし。
突然、轟音が鳴り響く。
「なんなのこの音!?」
「武器を持つ者は自分に。中条は避難者達を中へ」
「了解です!」
俺もエプロンを付けたまま夕花とスーさんと一緒に音のした正門へと向かう。
「これが門? 脆すぎんじゃない?」
「ぐあっ・・・・・・日村・・・・・・」
「そうです。日村隆次ですよ。Lv1の弱々男くん」
破壊された門にはネクタイを外したスーツ姿の男がいた。
その背後には三十人ほどの男達が並ぶ。
日村は足下に倒れる学生を踏みつけニヤニヤしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます