第17話 日村隆次

 

 影の報告にあった組織の幹部――日村隆次。

 いずれ来るであろうことは予想していたが、このタイミングとは我ながら運が悪い。できるならもうちょい勝元達を鍛えて迎撃したかった。


 日村の背後には兵隊であろう男達が三十人ほどいる。

 いずれもライダースーツにヘルメットをかぶり手には警棒や鉄パイプを握っていた。


 俺は破壊された正門を観察する。

 金属製の門がバターのようにたやすく鋭い何かで切断されていた。

 切断面は綺麗で熱も水気も帯びていない。


 先に駆けつけていた勝元はすでに小銃を構えていた。


「どういうつもりだ。古巻の復讐か」

「へ? あれれ? その口ぶりだとあいつやられちゃったの? そっかぁ、いつもの散歩にしてはいやに遅いからさぁ。来栖君の睨んだとおりヤバヤバになってるじゃん」

「こちらの質問に答えろ。日村」


 銃口を向けられても日村は態度を崩さない。

 逆に笑みを深めていた。


「撃てよ。俺には効果ねぇから」

「なっ」

「銃なんてものはな、魔法使いには効かねぇんだよ」


 日村の周囲に風が発生する。

 危険を察知した勝元は引き金を引いた。


 二発の弾は風に弾かれてしまう。


「ほらな。まともにやりあいたきゃバズーカでも持ってこい。つっても次なんてもうないけど。ここに来たのは最終勧告アーンド実力行使だ。受けるのなら良し。断れば犠牲者多数だ」

「貴様・・・・・・」


 日村が兵隊と共に校内へと踏み入る。

 勝元を始めとした柳坂高校の防衛戦力は警戒して僅かに後退する。


 だが、ここで前に出た者がいた。


「大人しく退きなさい。さもなければ痛い目に遭うわよ」

「驚いたなぁ。すんげぇ可愛いJKがいるじゃんよ。おじさんヤル気出ちゃうな」

「なんなのこいつ。さっさと腕の一本でも切り落として帰らせましょ」

「敵を前にしてお優しいねぇお嬢さん。さぞ腕に自信があるんだろうねぇ。ところでおじさんさぁ、気丈な女の子の心をへし折るのが大好物なんだ」

「姫川会長!」


 風の刃が日村から放たれ真っ直ぐ日向を狙う。

 咄嗟に動いたのは、彼女の真後ろにいた鈴木だった。


 鈴木は前に飛び出し刃をもろに受ける。


「ごふっ、会長が、無事で良かった・・・・・・」

「鈴木君!?」

「あれれ、変なのをやっちゃったな。お嬢さんの腕を貰うつもりだったんだけど」


 大量の血を吐き出した彼は地面に倒れる。

 すぐさま抱き上げた日向は泣きそうな顔で声をかけた。


「弱いのにどうして庇ったりなんかしたのよ!? しっかりしなさいすぐに手当てを!」

「会長には傷一つ付けさせない、会長・・・・・・僕はお役に立てましたか?」

「喋らないで! 浩平、夕花を助けた薬があるでしょ! 彼を、彼の傷を!」


 俺は首を横に振る。

 異世界製の傷薬にも限度がある。多少の傷なら治癒速度を速め塞ぐことができるが、彼は傷がどうこうではなくすでに血を流しすぎていた。それにもう。


「う、うそよ、あんたならできるでしょ。私の、私の大切な友人なのよ。鈴木君? どうして呼吸をしてないの? 起きなさい、私の右腕でしょ」

「あははは、結果的に心を折っちゃったかな? 可愛い女の子が泣く姿は最高だね」


 鈴木を置いて日向は立ち上がる。

 彼女の身体からかつてないほど殺意が溢れていた。


「あんただけは絶対許さない」

「殺気ぎらぎらじゃんか。だけど無理」


 駆けだした日向を日村は風で弾き飛ばす。

 彼女はそのまま校舎1Fの窓を背中から突き破った。


「レベルは、なんだよ16のままじゃん。雑魚を殺しちゃったのか。魔力も無限じゃないんだから無駄撃ちさせないで欲しいね」


 日村は鈴木を殺したことに罪悪感を抱いた様子はなく、ステータスを開いてのんきに自身のレベルを確認していた。


「とりあえずちゃんと仕事はこなさないとね」


 緩んでいた日村の顔から一切の感情が消えた。


「貴殿らに告げる。柳坂高校を拠点とする避難者達は、ただちに武装を解除しデビルクロスへ全面降伏すべし。断れば武力をもってこれを実行する。返事は?」


 事実上の宣戦布告だ。

 だが、勝元に動揺はなかった。


 勝元が手を上げると屋上で発砲音がした。

 スナイパーライフルを用いた中条の狙撃だ。

 頭部を狙わず手足のみに狙いを絞った脅しである。


 これすらも日村は弾いた。


「効かない効かない。弾の無駄さ。わざわざ僕が出張ってきたんだ、今までのようにはいかないよ。世の中にはどうにもならない相手ってのはいるもんさ。僕なんだけどね」

「狙撃も無効化、だと?」

「いいねぇその絶望する顔。もしかして今のが奥の手だった?」


 心のどこかでいざとなれば殺せると思っていたのかもしれない。

 魔物ならともかく人間相手なら、そんな甘い考えが勝元にはまだあったのだろう。だからこそ自分だけは強者だと錯覚できていたのだ。彼には無自覚な驕りがあった。地道に鍛え学んだからこそ未だに”以前の常識”に囚われていたのだ。


 それがたった今、目の前で壊された。


 見逃してやるなんてのは強者の思考だ。弱者は安心して眠れるよう必ず敵を消す。

 たとえ敵が同じ武器を持っていなくとも。


「ならば」


 小銃を宮田に渡し勝元は腰の剣を抜いた。

 意外な展開に日村は口笛を吹く。


「そいつでやろうってのか。もうちょい賢い人間だと思ってたけどねぇ」

「貴様らが隠しているレベルアップはすでにこちらも把握している。今までのようにたやすくやれると思わないことだ」

「勝元さん、魔法を使うっす!」


 宮田は砂を操り日村の四方に土の壁を配置する。

 壁の二枚が押しつぶすように動き始めた。


「じゃあ返事はノーでいいのかな?」


 風に切断され壁がバラバラに崩れる。

 再び姿を現した日村は笑みもなく冷たい表情のままだった。


「そ、そんな、僕の魔法が」

「筋は良いよ。うん。だけど経験と発想が足りない」


 宮田を狙った風の刃が放たれる。

 俺は瞬時に抜剣、風を斬って吹き飛ばした。


 ここに来て初めて日村は驚いたように目を点にする。


「魔法を斬ったのか。もしかしてあれかな、君が順平君を襲った誰かさん?」

「学校は二の次なんだろ。本当の目的は俺の始末か」

「あれあれー? どうしてバレちゃってるの? 裏切り者でもいるのかなぁ。その辺りは置いておくとして、その通り。君と二人の女の子を殺しに来たんだ。けど、ここの人間もしっかり殺すつもりさ。前々からうざかったからね。一石二鳥ってやつ?」


 影の報告通りだな。

 口調からして順平が死んでいるのは知らないみたいだけど。


「おっさんには悪いがあいつはここで殺す。リスクがでかすぎる」

「いいや、自分の方こそ大きな間違いを犯していた。もはや職務がどうとかこだわっている場合ではなかったのだ」


 彼は迷彩服を脱ぎ捨て黒いTシャツのみになる。

 どんな汚い手を使ってでも生き延びる決意表明のように感じた。


 事実、彼は自衛官である自分自身をたった今捨てたのだ。 


「じゃ、君達は虫をぷちぷち潰してって。僕は彼らとやるから」


 だだだっと敵の兵隊が乗り込んでくる。

 ステータスを見る限りどいつもLv1だ。


 兵隊共は俺達を無視して奥の人間を狙う。


「夕花、スーさん、加勢してやれ」

「はい!」

「ぽよん!」


 ウチの兵と敵の兵が衝突した。

 こっちは二十人ほど、相手は三十にもなる。


「死ねぇ!」

「効くとでも?」

「は・・・・・・?」


 振り下ろされた警棒を夕花は片手で止めた。

 弓を使うまでもない。そう判断したんだろう。

 胸ぐらを掴むと力任せに地面へ投げた。


 ずんっ、激しく叩きつけられた男はヘルメット内で吐血し動かなくなる。


「ぽよーん! ぽよぽよ!」

「な、なんだこいつ!? あびゃ!?」


 俊敏に動くスーさんは高速で体当たりをかまし、他の者にはアッパー、さらに別の者にはえぐるようなボディブローを喰らわせる。

 残り一人になったところでスーさんは、威嚇するようにシュシュと短い両手を交互に繰り出す。そいつは悲鳴をあげて正門から外へと逃走した。


「あちゃー、兵隊があっさり。帰ったら怒られるなぁ」

「で、あんたはまだやるんだろ」

「もちのロンよ。僕のスキル【爆破】は手強いよ? 勝てるかなぁ?」


 なに!? 爆破だと!?

 ハンマー使い向きのレアスキルじゃねぇか!


 風の弾を剣で防ぐと爆発したように激しく破裂する。


「今のを耐えるんだ。すごいじゃん」

「悪い。あんたを見くびってたよ。レベル以上の敵だ」

「お褒めいただき光栄です、ってか? おじさんこれでも試行錯誤したんだぜ。若い者に負けないように」

「な、んだこれは・・・・・・」

「ねむいっす」


 勝元と宮田が生あくびをする。

 二人とも眼がとろんとしていて力が入らないようであった。

 それだけじゃない。他の人間もバタバタ倒れ立っているのは俺と日村だけになる。


「知っているかな。我々の世界に現れたのはモンスターだけじゃない。植物もそうだ。いずれの図鑑にも載っていない未知の草花や木々。その中でも即効性の強い睡眠効果を生み出す花があってね。僕はその花の粉を風に乗せてばらまくんだ」


 奴の手にはいつの間にか小さな袋があった。

 袋の口は開かれ中の粉が飛んでいる。


 上手いのは気流を操作し自分だけは吸い込まないようにしている点だ。


 さすがにこれ以上は危ういのかマスクを取り出す。


「君には効果はないのか。スキルのおかげかな?」

「いや、俺のスキルにそんな効果はない」


 まぁいいや。むしろ好都合かな。

 俺の力を誰にも見せなくていいのだから。


 さぁ出てこい。俺の可愛い従魔。


 ぐっぱぁ。後方の空間が縦に裂け、鋭い牙の連なった大口が開く。

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