第18話 闇の精霊
異世界で幾度となく言われた言葉がある。
自分でもよく自覚した。これほど勇者なんて呼び名が似合わない男はいないんじゃなかろか。共感性が小さく情が薄い世界を救うにふさわしくない人間。それが俺であった。
不思議なもので魔物というのは自身によく似た主のもとに集まってくる。
そういう性質なのだろうか。だから日村が吐いた言葉は数え切れないくらい耳にしていた。
「なんだよそれ! なんなんだよ
あふれ出る邪気に日村は怯えていた。
空間が縦に裂け大口を開く。その奥から青白い少女のような人型が現れた。
闇の精霊種『アルテナ』
ドレスのように見える衣類も彼女の肉体の一部であり、ありとあらゆる闇は彼女の手足として使われる。
異世界において精霊種は最強格の一つとして数えられている。
『竜種』『巨人種』『幻獣種』『魔王種』『精霊種』この五つには決して手を出してはならない。もし事を構えるつもりなら亡国を覚悟して挑まなければならない。
「****? *****?」
「ひぃ!?」
美しくも不快な声がアルテナの口から発せられる。
それだけで日村は戦慄した。
彼女の前で正気を保つのは相当な精神力を要する。
気を緩めただけであっさり狂気に飲まれてしまうからだ。
なぜ彼女を呼び出したのか。
答えは簡単だ。試運転である。
ただそこにいるだけで周囲に影響を及ぼす彼女には、まだこの世界での戦闘を経験させていなかった。そろそろ試合前の微調整みたいに軽い運動をさせておきたかったんだ。だからちょうど良いと言った。
「*****」
「そうそう、あいつを倒すんだ」
アルテナの視線が日村へ向いた。
全身に悪寒を感じた彼は反射的に風の刃を射つ。
ぱぁん。
刃は不可視の壁によって弾かれ霧散した。
彼女が何かしたわけではない。ただ肉体の周囲に留めている魔力が濃すぎて破れないだけだ。彼女を害するなら属性現象ではなく魔法で攻撃しなければならない。つっても彼には理解できないだろうが。
くぱぁ、ぎょろり。
アルテナの額に禍々しいもう一つの目が開いた。
視線は日村の精神に直接攻撃を加え粉々に破壊する。
「あは、あははは! あびゅぅううう、ばぶばぶ!」
「あっさり壊れちゃったか」
「****?」
「あ、うん。ご苦労様」
ご褒美としてアルテナに板チョコを渡す。
こっちにきて判明したことだが、どうやらチョコがお気に入りらしい。
板チョコを受け取った彼女は地面に開いた大口の中へ沈んでいった。
さて、とどめを刺すか。
「日村ぁあああああああああ!!」
「え?」
校舎から飛び出してきた日向が日村の心臓を穿つ。
がくんと両膝を折った彼は、吐血してから仰向けに倒れた。
「ふー、ふー、仇は取ったわよ。副会長」
「日向・・・・・・」
「何も言わないで」
ぎゅぅうと血が出るほど拳を握りしめた彼女は、きびすを返し後者の方へと向かった。
◇
日村戦は学校の人間の意識を大きく変えることとなった。
鈴木を失った日向はあれ以来塞ぎ込み誰とも口を利こうとしない。勝元を中心とした防衛組もデビルクロスとの全面戦争に向けて着々と準備を進めていた。
俺としてはまぁこれで良かったのかなと感じている。
どちらにしろいつかは日向も勝元も覚悟しなければならなかったのだ。
腹が据わったのは前進と捉えていいのではないか。
しかし、仮にも俺は異世界を救った勇者だ。
デビルクロスの連中をぶっ殺してこい、なんて彼らの背中を押すなんてできるはずもなく、一応だけどお世話にもなっている身分でもある。寝食させて貰っている分くらいは礼をしなければならない。
「これはなんなの?」
「付与魔法だよ。こうして詠唱をしながら特殊な文字を刻むと、物体に持続可能な特殊な効果を付与できるんだ。ちなみに今刻んでいるのは『強度上昇』の付与だ」
高機動車の車体にナイフでがりがりと魔法文字を刻む。
これでこいつはより頑丈な車となった。
付与士じゃないから基礎的な付与魔法しか学んでこなかったけど、たぶんないよりはましだろう。よくよく考えてみると地球の機械に付与を施すのなんて初めてだ。それなりに機能するとは思うけど想定外の不備が出てくる可能性はかなりある。
文字を刻んだ車を中条は不思議そうに撫でていた。
「ん~、それで魔法の腕は成長したのか」
俺は立ち上がって背伸びする。
ジャケットを着込んだカジュアルな格好の中条は自信ありげに微笑んだ。
「教えて貰った初級の水魔法は習得できたわ。宮田君も土魔法と支援魔法は完璧ね。この前なんか勝元さんとのスリーマンセルで最下層まで到達したのよ」
「すごい成長じゃないか。どれどれ」
中条のレベルは7に上がっていた。
水の攻撃魔法も習得できたなら本格的に魔法使いとして戦うことができそうだ。
すでに勝元も宮田もレベルは7に達していたから、これでこの学校は俺がいなくとも三人でなんとか守っていけるだろう。
それに屋上や校庭では畑も作られ始めている。
柳坂高校は避難所ではなく大勢が暮らす家になっていた。
ダンジョンを活用したレベル上げも少しずつだが成果をあげはじめ、魔物とまともにやりあえる人間も増えつつある。
ただ、すぐにここを出ようって話じゃない。
日向の様子も気掛かりだしなんだかんだ居心地が良くて気に入っているのだ。
もう一週間くらいいても問題ない気はしている。
「で、生き残った向こうの連中は?」
「とりあえず土仕事をさせながら様子を見ているわ。日村が死んだことで戦意を失ったようにも見えるけど、好き放題してきた連中の仲間だから油断はできないわね」
「殺せば良いのに」
「そうはいかないのよ。降伏した相手を殺せば私達へ疑心が生まれる。統制がとれなくなるのよ。できればこのまま取り込んで味方にしたいわ。デビルクロスの件が片付いても戦力増強は必須だもの」
「俺達に銃口を向けた人間とは思えない発言だな」
「うっ、あれは本気じゃなかったのよ。脅しだから」
脅しね。まぁ今となってはどうでも良いことだけど。
だいたい俺には銃なんて効かないし。
「浩平さん、勝元さんを連れてきました」
「ありがとう」
スーさんを抱えた夕花が勝元を中庭へと案内する。
中条と同様に勝元も迷彩服を脱ぎ私服に剣を帯びていた。
『根性』と書かれたTシャツにジーパンとセンスはひどいものだが。
あの日から三人は迷彩服を脱いだ。
彼らなりに職への区切りを付けたのだ。
これからは自衛官ではなく個人としてこの場所に協力して行く、そんな覚悟の表れであると感じた。自分達の家族も心配だろうに、あえて残ろうだなんてとことんお人好しな奴らだ。
だけど、そういう馬鹿は嫌いじゃない。
俺は高機動車のボンネットを軽く叩く。
「これからデビルクロスの本拠地へ攻め込む」
「なんだって?」
会話の最中だが、夕花とスーさんはいそいそと車の荷台へ乗り込んでいた。
「当事者であるあんた達が始末するのが筋なんだろうけど、俺達も目を付けられているみたいだし、ちまちま相手するのも面倒だからいっそ一気にぶっ潰してこようかなと」
「ああ、そんなことを日村が言っていたな。しかし、我々だけでどうにかできる相手ではないぞ。向こうは三百近い配下を抱えた大きな組織だ」
「違う違う。俺達だけね。あんた達にはこいつで送って貰うだけだから」
「「はぁぁあああああっ!?」」
勝元と中条の声が揃う。
仲いいね君達。もしかしてデキてんの?
「佐藤君、貴方正気なの!? 三百よ、三百!」
「でも大部分はLv1だろ。こっちには魔法があるし最強のスーさんだっている」
「私もいますよ!」
「そう、夕花もいる」
つーか、近場なら話さずに特急で突っ込んでいた。
影に聞いたところそこそこ距離があるそうなので勝元達に車を出して貰おうって話になったのだ。
「つくづく君は想像を超えてくるな」
「無免許で運転するぞ。いいんだな?」
「分かったよ。連れて行ってやる」
荷台に飛び乗ると、勝元と中条が運転席と助手席に乗り込んだ。
エンジンが掛かり車が動き出す。
さぁ、デビルクロス狩りに出発だ。
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