第19話 デビルクロス
高機動車が道路を時速40キロ程度で走行する。
道路上の障害物も上昇した強度によって苦もなく弾き飛ばし、小さな傷やヘコみのみで目立った外傷はなかった。
「こいつはすごい。性能自体も上がっている」
「燃費も僅かだけど良くなっている気がするわ。ねぇ、佐藤君。強度上昇の付与って機械の性能も向上させる効果があるのかしら?」
運転席と助手席にいる勝元と中条が、高機動車の変化に戸惑いを覚えているようであった。
だが、一番びっくりしているのは俺だ。
これはあくまで予想だけど、強度を上げたことによって機械全体の性能が向上したのではないだろうか。こっちで機械に付与魔法を使うのは初めてだし、どんな機械にどんな結果が現れるのかなんて俺にも分からない。
とりあえず嬉しい誤算とでも言っておこう。
「付与魔法って覚えれば誰でも使えたりするんですか?」
「センスがあれば。詠唱や魔法文字を覚えるのは実はそれほど難しいことじゃないんだ。魔力を込めながら文字を書く繊細な技術が習得の一番の壁と言ってもいいかな。文字の形や濃淡で効果の現れ方も変わるから短期間で習得はまず無理」
付与士は絵師や筆師のような芸術肌の人間が多い。
魔法文字の美しさや個性にこだわり、なおかつそのこだわりが効果に直結するのだ。故に優れた付与士の付与は、一目では達筆すぎて何を書いているのか分からないことが多い。
「付与魔法は文字を書くだけじゃないからな。俺がたまにやってるバフデバフも付与魔法の一部だから。文字を刻まないぶん一時的な効果に終始してるけど」
「じゃあタトゥーなんかで身体に直接刻んだりすると人にも同じ効果が?」
「無機物ほど顕著じゃないけど、文字が消えない限り効果は持続するよ」
「へぇ、付与魔法って面白いですね」
夕花は魔法に興味津々だ。
間違いなく彼女には弓と魔法の才能がある。俺としてはできればちゃんと弓や魔法を指導できる人間に預けてやりたいところけど・・・・・・俺以外に異世界から戻ってきた奴がいればな。
過去に何度か日本人を呼び出していたみたいだからいるにいるのだろうけど。何百年も前の話だしいくら時間に大きな差があっても生きちゃいないだろうなぁ。
とまぁたわいない雑談をしている内に目的地付近へと到着する。
◇
ビルの陰から大型商業施設を確認する。
入り口には狼らしき二頭の魔物が守護していて簡単には入れそうにない。
「あれが奴らの根城だ。来栖は王を気取って『城』と呼んでいるらしい」
「来栖ってのはこの状況を愉しんでいるみたいだな」
「ああ、それだけ自信がある証拠だ。あの古巻や日村を従えているくらいだ。自分達みたいな低レベル者には想像もできない力を持っていると考えて良さそうだ」
日村戦でしてやられてしまった経験から、勝元には以前のような余裕は消え失せていた。
ある意味正しく危機を感じ取っているようで逆に頼もしい印象を受ける。
「つーか爆薬とかであの建物ごと吹き飛ばすとかできなかったのか?」
「そんなものすでに魔物相手に使用してゼロだ」
「そうすか」
名案だと思ったんだけどな。
見たかったなぁ爆破。
設置完了、退避! どかーんってさ。
まぁ俺の魔法で吹き飛ばしてもいいけど遠距離攻撃は苦手だし?
本気出すと勝元達に出て行かないでくれって引き留められる可能性大だからなぁ。
あそこは嫌いじゃないけどこれからずっと暮らすってには不向きだ。
俺って、一人の時間を大切にするタイプなんだよね。
「ぽよぽよっ! ぽよよーんぽよよーん!」
「お、スーさんもやる気か」
足下のスーさんがぴょんぴょん跳ねる。
日村が意外にやれる奴だったから、歯ごたえのありそうなのが他にもいそうと期待しているんだろうな。
こうみえてスーさん、プニ肌がひりつくような強敵を常に求めているのだ。
「――!?」
「がうっ!!?」
どこからか風の矢が射たれ二頭の頭部に突き立つ。
叫ぶことも許されず二頭は地面に倒れた。
すっ。
電信柱の上で姿を現した夕花は、弓を背中に戻し飛び降りた。
難なく着地した彼女はこちらへ『片付けました』と手合図を送ってくる。
やっぱ強いな。
夕花の【認識阻害】は。
下位にあたる【透明化】は音と匂いを消すことはできないが、彼女のスキルは直接発した音も効果の範囲に含めてくれる。くしゃみなんかで居場所がバレる心配もない。超有能スキルだ。
「じゃあ行ってくるよ」
「自分達は近くの建物で待機している。何かあれば合図をくれ」
短く返事をしてから勝元達と別れた。
「おおお! 涼しい!?」
「冷房が効いてますね。まだここには電気が通っているのでしょうか」
「ぽよ~」
入って早々に俺は室温の低さに顔が緩んだ。
これだよこれ。この涼しさを求めていたんだ。
外は梅雨でジメジメしててむわっとしててさ、ここのところずっとエアコンが欲しいと願っていたんだ。
電気最高! エアコン最高!
学校なんてやめてここに引っ越ししようぜ。
「侵入者だ! 来栖様のところへ行かせるな!」
敵の配下が叫びどたどた増員が駆けつける。
いきなりバレてて草。
日村が戻ってこないから守りを固めたのかな。
さすがにもう順平の死体も見つかってるだろうし。
「私がやります。五月雨射ち!」
無駄のない動作で無数の矢を放つ。
六人ほどいた敵は抵抗すらできずばたばた倒れた。
命中精度を犠牲にし攻撃本数を増やしたってところかな。
多数相手には有効な攻撃手段ではある。
「とりあえず二手に分かれようか。来栖がどこにいるのか調べないと」
「屋上じゃないんですか?」
「なんで?」
「だってこういう場合ボスは一番上にいるものですよね」
「まさか。ゲームじゃないんだぞ。だいたい暑い屋上でなにしてんのさ。俺がボスなら確実に一番涼しくて豪華な部屋にいるね」
エスカレーター近くのマップに向かった夕花は何やら考え込んでいた。
「だと四階の家具コーナー? 貴金属売り場だと二階ですね」
「六階のレストランエリアも捨てがたい」
「ぽよぽよ」
「食材を見てみたいだって? こんなところで料理人の顔を出すなよ」
とりあえず一階からしらみつぶしに上がっていくしかないか。
地下もあるみたいだからそっちと一階は夕花とスーさんに任せようかな。
「俺は二階に行くよ。夕花とスーさんは先に地下を確認してから追って来てくれるかな」
「了解です。敵は皆殺しで良いですか?」
「あー、抵抗する意思がないのなら見逃してもいいかな。三百人全てを相手するのは骨が折れるし」
話がまとまり俺は単身で二階へ向かう。
「ノーレス、出てこい」
「及びでございましょうか。我が主」
影から姿を現したのはスケルトンに漆黒のローブを着せたような魔物。
名は『ノーレス』。種族はリッチである。
しかし、ただのリッチではない。かつて単身で大国と戦争をしその果てに滅ぼした元人間である。何の因果か今はこうして俺に忠義を尽くしてくれている。
眼窩に宿る赤い光は瞳のようにこちらを窺っていた。
「説明しなくとも状況は把握しているだろ。敵を潰す。手を貸せ」
「御意。主に逆らう不届きな輩は我が魔力で刈り尽くしましょうぞ。鮮血の宴がいまここに開催される。くはははは」
鮮血の宴ってなんだ。
すげぇ怖そうな響きなんだけど。
「いたぞ。こっちだ」
さっそく贄が来たらしい。
三人の武器を持った男達が向かってきていた。
ノーレスは静かに杖を標的に向けた。
「弾けろ」
ぱんっ、男の上半身が爆発したように弾けた。
二人は足を止め仲間がなぜ死んだのかわからず狼狽える。
なんてことはない。ノーレスは”高密度の魔力”を弾丸として放っているだけだ。
魔法使いにとって児戯にも等しい攻撃であっても、相手がLv1となれば立派な大砲となるのである。
「禁忌魔法『
死体から流れ出た血液が寄り集まり、球体となって宙に浮いた。
次の瞬間、球体から数百もの棘が飛び出し、二人を串刺しにしてしまう。
二人の死体から血液を吸収した球体は、ノーレスの手元へと移動する。
「敵が少なすぎるな。来栖はもっと上かな」
「我が輩が諜報をした際、ここを支配する面々は”びあがーでん”とやらに集まっておりました。待ち構えているとすればそこでは?」
あ、そういえばそんな報告を受けたな。
今さら忘れてたとは言い出せない。
「四六時中屋上で飲んでると思うか? いくらなんでも敵を侮りすぎだ」
「全くもって主の仰るとおり。我が浅慮を悔いております」
彼は深々と頭を下げる。
「三階に行くぞ。ついてこい」
「御意に」
俺とノーレスは停止したエスカレーターを上がる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます