第20話 滑塚英子

 

 夕花とスーさんは地下へと下りる。

 彼女の視界に入ったのは異様な光景だった。

 かつては食品が売られていたであろうフロアは薄暗くほんのりと紫色の明かりによって染まっていた。数え切れない棚が設置され、棚の上を三色のLEDライトが照らしている。


「食材を栽培しているのでしょうか?」

「ぽよ~?」


 彼女達に気がついていない配下達は今もなおマスクを付けて作業を行っていた。

 棚に並ぶ植物を夕花は珍しそうに観察する。


「こっちはレタスですね。なんでしょうかこの花は?」


 青い小さな花を付けた見慣れない植物。

 外見こそ可愛らしいが、食糧生産の場に不釣り合いな植物に彼女は妙な不気味さを感じた。


「それは魔人花っていう植物よ。いらっしゃ~い、招かれざるお客さん」

「ここの責任者ですね」


 滑塚英子はビキニにヒールとその肌を惜しげもなく晒す。

 大胆な格好に夕花は顔を赤くして目をそらした。


「あの、どうしてそんな格好を、恥ずかしくないんですか?」

「ぜーんぜん、むしろ視姦されて気持ちいいし? この方が全体の効率も上がるのよ。あとはそうね、ヤりやすいからかな。服を脱ぐ手間が省けるでしょ」

「ヤ、ヤる!? 何をやるのでしょうか!?」

「決まってるでしょ。SEXよ」


 夕花の顔がますます真っ赤に染まる。

 英子は舌なめずりをして「うぶなのね。貴女」と肉食獣のような笑みを浮かべた。


 滑塚英子は女もイケる口である。


 二人をじっと見つめるスーさんは沈黙していた。


「話の続きです。魔人花というのは?」

「不安と恐怖を忘れさせてくれるだけじゃなく、力も魔力も一時的に強化してくれるドーピング効果まで兼ね備えている最高の植物よ。ただちょっぴり依存性が高くて副作用があるのだけれど。栽培し始めたばかりだからまだ数が揃ってないのよね」

「まさか、麻薬・・・・・・?」

「怖がらないで。貴女が思ってるより悪い物じゃないから」


 広いフロアに並ぶ数え切れない棚。

 白い光に照らされ青い花はすくすくと成長していた。


 夕花から戸惑いは消え失せ殺気が漏れ出る。


「別行動をとって正解でした。浩平さんにこんな顔は見せられませんから」

「こんな場所でお姉さんとヤるつもりなの? 可愛い顔して大胆ね」


 英子は両腕を後ろに回し二丁の拳銃を抜いた。

 黒光りするそれを彼女はいやらしく舐める。


「大人のテクを体験させてあげる」

「気持ち悪いです」

「っつわ!? あっぶな! 合図もなく攻撃はやめなさいよ! 親からどんな教育受けてんのよ!」


 夕花の矢を間一髪で避けた英子はぶーぶー文句を垂れる。

 だが、二射目が来ると慌てて逃げ出した。


 矢は棚ごと花々を貫く。

 棚と棚の隙間から銃口を出して発砲する英子に対し、夕花は棚や作業員を壁にしつつ駆け抜ける。


「言っとくけどここを提案して作ったのは日村だから。私は代わりに管理してるだけ」

「何の疑問もなく引き受けている時点で同罪ですよ。もう少し遅ければ学校に麻薬をばらまかれて骨抜きにされるところでした」

「そこは否定するかな。考えなかったってのは嘘だけど、この花の一番のウリはドーピングだから。ウチら専用ってこと」

「ばらまくつもりはなくとも存在するだけで悪です」

「ま、確かにぃ? 否定できねぇ」


 弾丸は壁と天井で跳弾し、夕花の肩を直撃した。

 潰れた弾丸は床に落ち彼女の肩から血が滴る。


「レベルは10以上ってところかな。こんな武器でも骨を砕くくらいはできるのよ。至近距離なら射ち抜くことだってできる。レベルアップしたからって油断してると死ぬわよ。なによりここからはスキルの効果がのる」


 英子のスキル【貫通】によって弾丸は二倍の威力と化す。

 より速く宙を突き進む弾丸は、夕花の頬を鋭く擦り切り遙か後方の壁へとめり込んだ。

 夕花は血がしたたり落ちる頬に触れ冷や汗を流す。


「三秒以内に降伏するなら生かしてあげるわ。早く出てきなさい。お姉さんがたっぷり可愛がってあげるから」

「一つ質問をしても良いですか?」

「どうぞ。お姉さんはいやらしいけど優しいのよ」

「貴女、いつから敵が私だけと勘違いしてました?」

「へ?」


 棚の上からスーさんが飛び降りる。

 英子の顔面に張り付くと「ばびばぶ!?(なにこれ!?)」と呼吸ができずもがく。


「ぶはっ! 死ぬかと思った!」


 スーさんを引き剥がして大きく呼吸をする。

 その隣ですっと弓を構えた夕花がどこからともなく姿を現した。


「さようなら。エッチなお姉さん」

「ふぁ!? あんっ――!?」


 頭部を射貫かれた英子は絶命する。

 夕花は落ちている二丁のガバメントを拾い上げると「収納しておいてください」とスーさんへ飲み込ませた。


「それにしてもなんて卑猥な格好。もしかして浩平さんもこういうのが・・・・・・」

「ぽよぽよ」

「あ、ごめんなさい。じゃあお掃除しちゃいましょうか」

「ぽよー!」


 ずずずっ、フロアにあった全ての棚をスーさんが吸い込む。

 逃げ遅れた作業員も飲み込まれ、数分足らずで何もないがらんとした空間ができあがった。


「浩平さんに合流しないと」

「ぽよぽよ。ぽよよん」

「書店でレシピ本をゲットしてから? 寄り道は良くないと思いますよ。浩平さんはスーちゃんの御主人様でしょ。頑張れるところで頑張っておかないと捨てられちゃいますよ」

「ぽよーん」


 がーんとスーさんはショックを受ける。

 くすりと笑った夕花はスーさんを抱き上げ「終わった後ならなにも問題ないですから」と励ましながら地下を出た。



 ◆



 六階のレストラン街が片付き一息つく。

 散らばるのは三十を超える死体の山。

 ほとんどがレベル5、6で、所持する武器も拳銃や大型の刃物と今までとは少し違っていた。デビルクロスの精鋭部隊だったのだろう。そして、精鋭を置く理由は明白だ。ボスが近くにいる。


 つってもこの上はもう屋上だ。

 まじで二十四時間ずっとビアガーデン会場でビールを飲んでいたのか。

 来栖ってのはよほど頭がパーリーらしい。


「いかがいたしますか。強者と戦えるだけの十分な量は確保しておりますが」


 ノーレスの周囲には六つの血液でできた大きな球が浮いていた。

 表情が一切読めない髑髏の頭部をした彼は、右手に見事な杖が握り、左手には紅の剣を握りしめていた。


 左手を開くと、紅の剣は形を失い球体へと吸い込まれてゆく。


「ここまで来て引き返すなんてあり得ないだろ。俺はテイマーとして行くから戦闘はよろしく」

「心得ました」


 禍々しい姿とは裏腹に、彼のお辞儀は実に優雅で品がある。

 俺の影から散々こっちの人間を観察していたからだろう。日本人よりも日本人らしい所作に驚かされる。





「人がいるな」


 エスカレータ-上がって七階に行くと男が一人立っていた。

 そいつは屋上に出る出入り口を塞ぐようにして仁王立ちしている。


 二メートル以上ある身長に、鍛え抜かれた肉体は服をはち切れんばかりに押し上げている。

 厳つい顔にサングラスを付けいかにもな門番であった。


「ここは通さん」

「どうしても通りたいって言ったら?」

「倒して行け」


 男は拳を構える。


 か、かっこいい・・・・・・漢だ。

 ノーレスの姿を見てもびびらず堂々としている。

 よし、ここは俺も拳で。


「邪魔だ」

「ぎゃぁああああ!?」


 球体から三本の剣を射出し男を串刺しにした。

 俺は真顔のまま構えた拳を静かに下ろす。


「いかがいたしましたか主?」

「なんでもない」


 そうっすよね。

 魔物に漢かどうかなんて関係ないっすよね。

 俺が間違っておりました。


 扉を開けて屋根のない屋上へと出る。


「やぁ、いらっしゃい。よくぞここまで来たね」


 ビールジョッキを片手に笑顔で迎えたのは全裸のイケメンだった。

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