第21話 来栖セイヤ


 金色の長髪と健康的に焼けた小麦色の肌。

 白い歯と爽やかな笑顔で右手にビールが満ちるジョッキを握る。


 そして、そいつは一糸まとわぬ姿であった。


「いらっしゃい。歓迎するよ」

「あ、ああ」

「飲み物はビールで良いかな? それともハイボール派?」


 来栖らしき男は背を向け引き締まった尻を見せる。

 攻め込んできた敵にずいぶんと余裕の態度だ。絶対的自信がある証拠。

 ステータス魔法でレベルを確かめる。


 来栖セイヤ

 Lv21

 スキルは【流体操作】【自動対応】


 厄介な二つ持ちか。

 流体操作は魔法使いのスキル、言葉通り流動体の操作技巧を向上させる効果がある。自動対応も同様に魔法使いのスキルだ。流体操作と比べレア度の高いスキル。指定した行動を条件を付けて設定できる有能な能力だ。複雑な行動は組み込めないという欠点はあるものの意識外の攻撃にも対応できる点から最強の防御スキルの一つとして数えられている。


「あんたが来栖セイヤか?」

「そだよ。で、わざわざ訪問してくれた君の名は?」

「佐藤浩平」

「浩平君かぁ。ところでその格好暑くない?」

「適温調節の付与を施してあるから見た目ほど暑くないんだよ」

「ふーん? 付与?」


 とりあえず適当な椅子に座る。

 決してビールが飲みたいからではない。うん。

 どうやってレベルアップを知り魔力操作を覚えたのか訊きたかったからだ。


 ごとりと目の前に水滴の付いたジョッキが置かれる。


「そろそろパンツをはいてくれないか」

「え? あ、ごめん。ヤッた直後だったからうっかり」


 見た目通り頭の中もパーリーみたいだな。

 来栖はなぜか水着を履き、上は素肌に前開きのパーカーを着る。

 完全に海水浴に来たパリピだ。


 来栖は対面の席に座り俺と乾杯する。


「組織が壊滅寸前だってのにのんきだな」

「しょうがないよ。形あるものはいつか消える。君に喧嘩を売ってしまった僕達の失態であり結果だ。甘んじて受け入れるよ。それはそうと浩平君はどこかの区の人間なのかな?」

「いや、柳坂区だ。それを知って何かあるのか」

「そっかそっか。じゃあ余所者ってわけじゃないんだ。へー」


 俺はぐびっと冷えた生ビールを飲み干す。

 久々の味に頭の中で『たまんねぇぇえ』と吠えた。


 同じく飲み干した来栖はにっこり微笑む。


「僕と君で手を組まないか。この柳坂区を牛耳ってさらに他の区に攻め込むんだ。僕らで東京の王になるんだよ。名案じゃないか」

「一つ質問なんだが、他の区でも生き残りがいるのか?」

「沢山いるよ。人って案外しぶといんだよね。この辺りはから六区ほど活性化はしていないけど。ふーん、本当に”外”について何も知らないんだ」


 六区とか活性化とかちゃんと説明しろ。

 だがまぁしかし、かなりの数の人が生き延びているのは僥倖かな。

 夕花と日向の父親が生き残っている可能性も出てきたし、電気の通った住まいをゲットするチャンスもまだまだありそうだ。

 え? ここ? 確かにここに住むのも悪くはないけど広すぎてなんか落ち着かないのがなぁ。むしろ少し狭いくらいがベストなんだよなぁ。それに周囲には何もないから立地も最悪だしさ。せめて今も営業中の居酒屋くらいはないと。


「手を組むつもりはない。俺は平穏を愛する平和マンだからな」

「女子供でも平気で殺しそうな目をしてるのに?」

「・・・・・・・・・・・・」

「一目で分かったよ。君と僕は同類だ」


 テーブルが真っ二つに割れる。

 紅の切っ先が来栖の眼前に向けられた。


 後方で控えていたはずのノーレスが紅の剣を握り前に立っていた。


「許しがたき侮辱。楽に死ねると思うな小物」

「すごいね。言葉を話すモンスター? もしかして順平君と同じ戦闘スタイルなのかな? とても残念だ。交渉は決裂、僕は君と戦わなくてはならないみたいだ」

「勝つ自信があるみたいだな」

「あるさ。波に乗る僕は無敵なんだ」


 は? 波に乗る?

 まさかサーファーなのか??


 来栖は立てかけていたボードを手に取り不敵な笑みを浮かべる。


「この屋上にはプールがあってね。水を操る僕には独壇場なんだ」


 どこからともなく大量の水が引き寄せられ来栖の周囲で渦を巻く。

 環境を利用した属性魔法だ。

 すでにある物体を操作するだけなら必要魔力は少ない。加えて来栖には流体操作のスキルがあり通常では難しい操作も容易に行える。


「波乗りの始まりだ!」


 ざぶーん、とボードで水の上に乗り流れに乗って空へと上がる。

 移動する大量の水は、商業施設の真上で蛇のようにぐねぐね動きジェットコースターを創り出す。

 来栖はその背で水しぶきを上げながら高速移動し続けていた。


「なんと奇っ怪な術を。しかし、我が敵ではない」


 ノーレスの操作する球体から紅の剣が射出される。

 だが、剣は来栖に当たる直前に球状に発生した水壁によって弾かれてしまう。

 やはり防御を自動対応で固めていたか。


「先制は君にあげた。次は僕からの攻撃だ」

「む、お下がりください主よ」


 血液の球体が盾に変化し、放たれた無数の水の棘を弾く。


「この程度じゃ浩平君には攻撃にもならないか。だったらこれはどうかな」


 蛇のような水流が勢いを付けて突貫してくる。

 俺を守るノーレスごと圧力に押され壁際へと叩きつけられた。


 水の大蛇は再び空へ昇る。


「からの波乗り弾丸!」


 ざばぁ、と奴が空高くボードで舞い上がる。

 上がった飛沫は弾丸のごとく降り注ぐ。


 まるでマシンガンだ。

 床も設営されたビアガーデンの設備も粉々に砕ける。

 生ビールが、もったいない。


「学校の連中を連れてこなくて正解だったな。無駄に大量の犠牲者を出すところだった」

「ご判断を。お命じくだされば今すぐにでも」

「うーん、まぁいいか。次は攻撃しろ」

「御意」


 再び血で剣を作る。

 来栖はボードを操りながら前髪をかき上げた。


「またかい? 通じないって証明したばかりだろ」

「愚か。救いがたき愚か。これだけあからさまに魔力を放出してやっているというのに力の差が読めぬときた。魔力放出の量はすなわち総量の端。魔法を操る者として最低限の知である」


 紅の剣が射出される。

 しかし、先ほどとは段違いの速さだ。


「僕には効かな――なっ!?」


 自動で発動した水の壁を吹き飛ばし剣は来栖の肩に突き刺さる。

 彼は大量の水と共に屋上の床へ落下した。


「なぜ、僕の盾が」

「馬鹿だな。総量も出力も弱いあんたの自動防御で”格上の攻撃”を防げるわけないだろ。だけど手加減していたとはいえ防がれたのはちょっぴり驚いたけれど」


 水使いとして才能はあるよ。

 自動防御にちゃんと受け流しの効果まで組み込んでいたんだから。

 だけど肝心のスキルの使い方が微妙だった。俺だったら防御じゃなく攻撃に使ってただろうな。

 流体操作は水だけじゃなく気体や砂の操作技巧も向上する。

 たとえば大量の砂や釘を含んだ水をそこら中に置いておいて、あらかじめ一定の言動をとったものへ攻撃命令をだしておけば戦闘の最中でも不意打ちが可能となる。だけど一番ダメダメだったのは水属性だった点かな。

 流体操作は土属性でこそ光るスキル。空中サーフィンはなかなか面白い使い方だったけど攻防優れた戦闘かと問われれば否と返す。


「礼を、うぎぃ! 言わなくちゃね。わざわざ武器を与えてくれた」

「まだ闘志は折れぬか」


 来栖は肩に突き刺さった剣を引き抜き武器として握る。

 ノーレスは感心したように頷き、己もまた左手に紅の剣を握る。


「地に落ちた鳥に生きる術はなく水を失った魚に生きる世界はない。小物よ我が主へ頭を垂れよ。命乞いをしろ。嘆願しろ。ならば楽に逝かせてやろう」

「結局殺すんかーい、ってね。参ったな。僕はただ王様のように好き勝手生きたかっただけなんだけどなぁ。やっぱり我を通すにはこれが必要みたいだね」


 来栖はポケットから小瓶を取り出した。

 小瓶の中には青い液体が入っていて彼は全て口の中へ流し込んだ。


「なんだそれ? 魔力が、膨らんだ?」

「こいつは魔人薬といってね、日村君の提案で魔人花の成分を抽出して作ったドーピング薬さ。最高の快感が得られると同時に力も魔力も増大する。あは」


 来栖の筋肉が引き絞ったように僅かに膨張し陰影が濃くなる。

 放出する魔力量も二倍に増加し先ほどよりも密度が濃くなっていた。


 来栖の剣とノーレスの剣がぶつかり火花を散らす。


「再開だ! 骸骨野郎!」

「笑止。小山に一握りの土を積んだところで真の山には遠く及ばぬ」


 ノーレスは腕力のみで来栖を押し剥がす。


「信じられないな。魔人薬を使ってもまだ届かないのか。どうなっているんだい君達」


 距離を取った来栖は、水で作った無数の槍を放つ。

 ノーレスは紅の盾で壁を作りこれを防いだ。


 一瞬の隙を突き、肉薄したノーレスが来栖へ袈裟斬りする。


「げぼっ、たはは、勝てる気がしないな」


 両膝を折り床に大量の血を吐く。斬られた箇所から流れ出る血は血だまりとなっていた。

 おっと、殺してしまう前に聞き出しておかないと。


「もう一つ質問だ。それだけの魔力操作をどうやって身につけた。独学で手に入れたとは思えないな。レベルアップだってそうだ。相当早い段階で気づいていないと今のデビルクロスには至っていなかった」

「全て、藤森さんに教わったんだよ」

「藤森?」

「はぁ、はぁ、悪いけどこれ以上は、教えられない。僕はあの人に、恩があるからね。うぉおおおおお! さぁもう一勝負だ!」


 剣を杖代わりにして来栖は立ち上がる。

 すでに持ち上げるほどの力もないのか剣を引きずりながら彼は駆けだした。


 ぎゃりぃん。再び剣と剣がぶつかる。


 たやすくいなしたノーレスに対し、必死の形相で来栖は次の攻撃へと移る。

 何度も何度も何度も剣を振りそのたびに防がれる。水を用いた属性現象も傷を付けるに及ばず全てが無駄に散っていた。


 すでに奴の魔力は底をつきかけている。


 元々それほど魔力量は多くなった。

 環境を利用して低コストで水を操っていたとはいえ、常時使用し続けていればいずれ尽きるのは簡単に予想ができたのだ。属性現象は魔法と違い無駄な魔力消費も多い。


「底は見えた。我が主の前で骸と化せ」

「あ、がっ」


 我が従魔の剣が来栖の心臓を貫く。

 ごぼっと大量に口から血液を吐き出すとずるりと床に伏した。


「永遠の苦しみと呪いを――」

「そのまま死なせてやれ」

「御意」


 アンデッド化しようとしていたので止めた。

 俺からのせめてもの情けだ。


「これでよくわからん組織も壊滅だな。夕花達と合流したら食品エリアにでも寄ってみるか。美愛にお土産とか持って帰りたいし」

「ならばこのノーレスめにスルメを。できればゲソを」

「そういやスルメが好物だったよな。その身体で味とか感じるのか?」

「味覚だけなら。それと歯で感触を感じられるので」


 まじかよ。骨なのに味が分かるのか。

 だからってなんでスルメ。いやまぁ俺も好きだけど。

 帰ったら炙って一杯やってもいいな。よしスルメを探そう。


 足下の影にノーレスを沈めると、俺は階段に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る