第22話 姫川日向

 

 来栖を倒した後、俺達は学校へと帰還した。

 休む間もなく待っていたのは勝元達への報告である。


 人払いをした生徒会室で俺、夕花、勝元、中条が顔を合わせる。


「デビルクロスを壊滅させたというのは間違いないんだな?」

「ボスの来栖は殺した。幹部も全員死んだし当分はどうやっても活動しようがないよ」


 勝元がうなずき中条は安堵する。

 補足するように夕花が俺の言葉に続けた。


「地下の栽培中だった魔人花も全て処分したので、あの人達に何かできる力はもうないと思います」

「依存性の高いドーピング薬の原料だったな。そんなものまで作っていたとは」

「災害後に出現した未知の植物を使って密かに量産化をしようとしていたようです。あの人達は覚醒者専用と断言していましたがどちらにしろ危険物には変わりありませんし」


 夕花の判断は正しい。

 依存性が高い時点でそれはもう危ういのだ。

 量産化されたあげく周囲に無差別にばらまれたら依存という名の鎖に繋がれた奴隷となってしまう。覚醒者の能力を上昇させる効果も見過ごせないしな。ま、夕花が全て処分してくれたからもう終わった話ではある。


「これで当分の間は自分達の生活に専念できるわ。もう以前のような生活は取り戻せないかもしれないけど、それでも明日を信じて命を繋ぐことができる。佐藤君、夕花ちゃん、本当にありがとう」

「そうだな。自分からも礼を言わせてくれ」


 なんだよ気持ち悪いな。

 俺にとって邪魔だったから片付けただけだ。それ以上でもそれ以下でもない。

 まぁ感謝してくれるなら喜んで受け入れるけどさ。


「そだ、伝え忘れてたけど俺達さ、明日学校を出るから」

「なんだと!?」

「そんな話訊いてないわよ!?」


 勝元と中条が揃って立ち上がる。

 やっぱり仲いいよね。息もぴったりでさ。


「いま伝えた」

「急すぎる。それじゃあ禄に見送れないじゃないか」

「その方が都合が良いんだよ」


 明日の出発についてすでに夕花には教えてあった。

 夕花を介して日向にも伝えてあるが、あいつに関しては付いてくるかどうかはまだ不明だ。


 元々学校が落ち着いたら出て行こうと考えていた。

 今や彼らは大きな障害もなくなり独自で生きられるだけの力を手にしている。俺が留まる理由はもうなかった。


 それに来栖が言っていた『藤森』なる人物についても気になっている。


 魔法のまの字も知らない素人に魔力操作を教えられるほど知識があるなんて普通じゃない。どう考えたってそいつは異世界人もしくは異世界と関係した人物。藤森って謎の人物を見つけ出せばこの状況が何なのかも判明するかもしれない。


 再び腰を下ろした中条がため息を吐いてから口を開く。


「貴方達がそう決めたなら口を挟むべきじゃないわよね。ただ、あの子はどうするのかしら。連れていけるような精神状態じゃなさそうだけど」

「姉さんは・・・・・・本人が望むなら、置いて行きます。迷惑になってしまうかもですが」

「その点は気にしなくていいわ。誰が残ろうと歓迎するつもりよ。だけど貴女はそれでいいの? お姉さんなんでしょ?」

「もちろん残念ではあります。だけど双子でも私と姉さんは別々の人間、全く同じ道は歩けない。どこかで道を違えることだってあります」


 夕花の発言はまだ別れると決めたものではない。

 可能性の高い”もしも”を話している。

 二人の間にどのような感情があって今の関係になったのかは俺には定かではない。ただ、夕花にとって俺との旅は最優先のようだ。肉親を切り捨ててまでそのような選択をする理由はたぶん俺が命の恩人だからだろう。


 尽くしてくれるのは嬉しいけどそこまでされるとさすがに罪悪感がさ。


「俺はできれば連れて行きたいかな。父親に会わせるって依頼をこのまま中途半端に終わらせたくない。高収入で楽な職を紹介してくれるって約束だっただろ」

「そういえばそんな約束してましたね」

「結んだ取り引きは完遂するのが筋だ。どれだけあいつがむかつく女でも感情で利益を台無しにしはしない。俺はお前らの親父から謝礼を貰う権利があるんだ」

「でも都心部が今も無事かどうか」


 その辺りは実際に行ってみないとなんともな。

 個人的に日本の中枢がどうなっているのかも興味はある。


 俺は勝元に質問をする。


「都心部について何か聞いていないか。ブリーフィングだと作戦に関連した情報も与えられたりするものだろ」

「ふむ、これはまだ君には話してなかったな」


 彼も再び腰を下ろし腕を組んだ。


「我々が出動する少し前になるか、都心部に多数の人員と兵器が配置されたとの報告が入ってきた。目的は首都防衛。ただし詳細は不明だ。なにを敵としているのかすら我々には明かされなかった」

「それってつまり政府は今回のことを事前に把握してたってことですか?」

「あくまで可能性の話だ。憶測で話すべきではない。だが、もし魔物と交戦し結果、首都防衛が成功していたとするなら・・・・・・我々が考えているより生き延びている人は多いかもしれない」


 都心部は無事かもしれない、と。

 中枢からそこそこ距離があるとは言え、二十三区の一つである柳坂区がこんな状態なのに本当に無事なのかね。むしろ聞いたことで不安になってしまうような内容だ。


「実は知り合いにフリーのジャーナリストをしている『矢野忠やのただし』という情報屋がいてな。今は隣の『葛島つづらじま区』に自宅があるはずだ。そいつなら原因について何か掴んでいるかもしれない」


 勝元はメモを取り出しさらさらとペンを走らせる。

 その様子を窺いながら中条は「あの人苦手なのよね」とぼやいていた。


 メモを受け取ると俺と夕花は部屋を出た。



 ◇



 校舎の裏へ夕花と向かう。

 そこでは日向が地面に座り込んでぼーっと空を見上げていた。


「姉さん、浩平さんが来ましたよ」

「役立たずでどうしようもない私を笑いに来たの?」

「かもな」

「ふん」

「浩平さん!」

「悪い」


 日向は俺を睨んだ後、追い払う様子もなく黙り込んだ。

 売り言葉を吐けるくらいだ。まだ心は壊れていない。内心で少しだけ安心する。


 正直なところ俺からすれば鈴木が死んだくらいでと思わなくもないが、日向にとってはショッキングな出来事だったし、生徒会役員として友人として浅くない付き合いはあっただろう。自身の過ちで鈴木が死んだのは彼女を落ち込ませるには充分だ。


「私は私が信じる正しさで人を守れていると思っていた。何も失わず全て守れるものだと」


 俺と夕花は日向を挟むようにして腰を下ろす。

 彼女は続ける。


「だけど鈴木君が私を庇って死んだ時、間違いに気がついたわ。何も守れていなかった。むしろ守られていたのは私だった。彼を殺したのは私よ。私が殺したの」

「落ち着いて姉さん」

「今のままじゃダメなのよ。もっと強くならなくちゃまた親しい人が死んでしまう。だけどどうすればいいいのかわからない。どう生きれば失わずに済むのか。いつか夕花まで失ってしまう気がして怖いの」


 日向はいきなり俺の方へ視線を向ける。

 かと思えば両肩を掴み押し倒して馬乗りになった。


「姉さん!? 何を!?」

「取り引きよ浩平。あんたに私をあげる。その代わり私を導きなさい」


 な、なにをいっているんだこいつ!?

 頭がおかしくなったのか!


「悔しいけど私は私自身を変えられない。今のままだときっとまた最悪手を打つわ。だからあんたが調教しなさい。あんたは調教師になるの」


 や、やっぱり頭がおかしくなったか。

 ひぇぇ。


「私はもう私を知る誰かを失いたくない。手綱を握りなさい」

「え、えぇ・・・・・・無茶な」

「早く! 服従させるのよ!」


 いきなりそんなのを要求されても無理なものは無理だ。

 第一女性を足蹴にするようなのは苦手だ。


 しかし、このままだと収まりつかなさそうだし――。


 俺は日向に手を向ける。


「お前は今から俺の従魔だ。俺が要求するあらゆる命令に従え」

「そうよ、それでいいわ。私はあんたの命令に従い、あんたは私を導くの」

「ずるい姉さん!」


 気のせいか夕花がうらやましがるような声が聞こえた気がした。


 まぁ、人間相手に契約なんてできないし、仕方なくそれっぽいことを言っただけなんだが。


 日向は立ち上がると数歩下がって座り込んだ。

 俺も立ち上がり身体に付いた砂埃を手で払った。


「それはそうと鈴木は残念だったな」

「ええ、惜しい人材をなくしたわ。本当によくできた副会長だったもの」

「それだけ? 好意があったとかじゃないのか?」

「私が鈴木君を? そんなわけないでしょ。彼、私のタイプじゃないもの」


 鈴木を哀れむ気持ちが強くなった。

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