第23話 新たな旅路へ

 

 翌日の早朝。俺達は正門前で別れの挨拶を交わす。

 集まったのは勝元、中条、宮田、あとは山崎夫婦とその孫の美愛である。


「色々世話になった」

「世話になったのはこっちの方だ。君達が来てくれたおかげで我々は多くの物を得た。実家だと思っていつでも戻ってきてくれ。歓迎する」


 勝元と握手を交わした。

 いつでも戻れる場所があるのは非常にありがたい話だ。旅先での精神的ささえになる。もちろん日向と夕花にとってだ。俺は根無し草みたいなものなのであってもなくても気にはならない。


 日向が中条と生徒について会話をしていた。


「生徒達のレベルアップ頼んだわよ。それからできる限りで良いから勉強もさせてあげて。受験なんてもうないだろうけどそれでも学力は必要よ」

「承知しているわ。幸い教師が数人残ってくれてるからいくつかの授業は再開できるらしいの。他の科目は人材募集中」

「問題は山積みね。旅先で教員を見つけたらそれとなくここを教えておくわ」

「お願いするわ」


 夕花は山崎夫妻と会話をしていた。


「道中お気を付けて。それからこれを」

「ずいぶん重いですけど中には?」

「避難者達で作ったお弁当です。温かいご飯が食べられるようになったのも夕花さんや浩平さんが来てくださったからこそ。夫の命を救っていただいたご恩は決して忘れません。辛いことがあればいつでも戻ってきてください」

「我々だけでなく大勢の避難者が貴方方に感謝しております。再び元気な姿でお会いできる日が来ると信じております」

「ありがとうございます。お弁当大切にいただきますね」


 一方の俺は美愛と宮田と会話をしていた。


「出て行っちゃうの? せっかくお友達になれたのに」

「しょうがないっすよ。佐藤さんもスーさんも行かなきゃならない場所があるっすからね」

「そこに行ったら戻ってくるの? 来るんでしょ?」

「うーん、どうだろう。住み心地が良ければ定住するかもなぁ」

「ここにいて! 出て行かないで! うわーん!」

「あーあー、泣かしちゃだめっすよ。大人げないすね」


 美愛は宮田の足にしがみついた。

 少しからかっただけなんだけどな。

 詫びとしてとある品を取り出し彼女に渡す。


「なにこれ?」

「こいつは『密書ノート』といって二つで一つの文字をやりとりできるアイテムだ。片方が書いた文章をもう片方のノートに送ることができるメールみたいな物だな」

「これに言葉を書くとお返事くれるの?」

「そう」

「スーさんも?」

「ぽよ?」


 おっと、いきなり返事に困る質問を投げられたぞ。

 スーさん読むのは得意だけど書くのは苦手なんだよな。

 ただ、子供相手だし落書きみたいなのでもやりとりは成立しそうな感じはある。


 スーさんは美愛に『お返事する』の意を込めてぷるるんと身体を震わせた。


 会話を聞いていた勝元が割って入ってきた。


「おい、連絡手段があるなら自分に渡すべきじゃないのか」

「俺は美愛にあげたんだ。用事があるなら美愛を介してしてくれよ」

「み、美愛ちゃん。おじさんとお友達になろうか」

「ひぃ!?」

「はぁ・・・・・・勝元さん、顔が怖いですよ」


 中条の指摘に勝元は落ち込む。

 どうせ勝元に渡しても面倒ごとしか書かないしな。美愛との交換日記として消費するくらいがちょうど良い。

 ちなみに密書ノートはそこそこ高価な品だが貴重ってほどの物でもない。異世界では遠く離れた仲間や家族との連絡手段として普及しており、俺も仲間とのやりとりで度々使用していた。

 さすがに世界をまたぐと機能は停止してしまったが。


「そろそろ行くよ」

「もし都心部が無事だったら」

「救援を頼むよ。そんじゃあ行ってくる」


 人々に別れを告げ俺達は進み出した。



 ◇



「魔物でしょ逃げるんじゃないわよ!」


 炎を纏った槍が魔物を穿つ。

 日向の動きは以前よりもキレが増し貫通力が向上していた。

 日村戦で彼女の中の何かが変わったのだ。より攻撃的になり危険を顧みず修羅のごとく嬉々として飛び込む。もはやどちらが魔物かわからない状態であった。


 オーク共は命惜しさに蜘蛛の子を散らしたように散らばって逃げ出す。


「そのくらいにしておけよ。まだ先は長いんだ」

「敵は残らず排除すべきよ。じゃないと私達に害をもたらす」

「日向。俺の言うことに従えないのか?」


 彼女はビクッと身体を震わせ静かに槍を下ろす。

 あの日以来、日向は驚くほど俺の言葉に従順になった。態度もがらりと変わり身の回りの世話を焼くようになったのだ。


 夕花も姉の様子に満足しているのか特に不満を口にすることもなく、むしろ上機嫌で日々を過ごしていた。


「この辺りの魔物は全て逃げたようです」

「了解。降りてきて良いぞ」


 建物の屋根にいた夕花が飛び降りて地上に着地する。

 時刻はすでに11時過ぎ。そろそろ昼食にしてもいい時間だ。

 といってもすでにスーさんが調理を始めているのだが。


 とある雑居ビルに入ると二階へと上がる。

 デスクが並んだフロアでスーさんは黙々とおにぎりを作っていた。


「私はおかずを作りますね」

「じゃあ私は夕花を手伝うわ」

「俺は屋上で洗濯物を干してくるよ」


 各々役割を見つけ行動を開始する。

 俺は屋上へ上がり魔力で水の球を創る。その球の中へ洗濯物を投げ込み水を洗濯機のように回転させた。


 洗いが終わると脱水し天日干しする。


 天気が良いので洗濯物が風に揺れる光景はすがすがしさを感じた。





「そういえば私もスキルを得られたのよ」


 食事中に日向がそう漏らす。

 俺と夕花は食事の手を止めて意識を向ける。


「効果は? もう確認したんだろう?」

「一応ね。能力名は【臨界解放】よ」


 カウンター系のレアスキルじゃないか。

 効果はダメージを負うほどに攻撃、防御、敏捷が上昇する。ある一定までダメージが溜まると限界を超えてパワーアップするつよつよスキルだ。難点は受け身な点と能力的に即座に超パワーアップができないところだ。臨界点に達するまでに倒れる可能性も大いにある使いどころの難しい能力。


「使いこなすには一工夫必要なスキルだな」

「そうね。だけど心配しないで貴方の役に立てるよう必ず新しいスタイルを見つけるから」

「ずいぶん殊勝じゃないか。俺としちゃ嬉しい限りだけど」

「どうせ逆らってもあんたのスキルで強制的に従わせられるんでしょ」


 ん? もしかして本当に従魔にさせられたと勘違いしている?

 あれはそういう流れだったからそれっぽく伝えただけで実際はなんの契約もしてないんだけど。俺のテイマースキルは人間を従わせるなんてできないし。


 しかし、勘違いしてくれたのは好都合ではないだろうか。

 我が儘だった日向が大人しく従うようになったんだ。ようやく俺も少しは楽できそうではある。

 待てよ、これって日向と夕花の下着を俺が洗えるようになったのでは?

 夕花は元々嫌がっている様子はなかったし壁は日向だけだったんだ。短いようで長い道のりだったな。ようやく俺に楽園が訪れたのだ。


「後でお前らの衣類も洗っておくからな」

「命令?」

「違うけど」

「じゃあ拒否するわ。てかあんたが洗ってどうするの。さっきはなんとなく言いそびれたけど、本来は私の仕事でしょ。次からは私が全員の洗濯をやるから。あと調理は今まで通りプニ助と夕花にお願いね」


 なんでお前が指示を出してんだ。

 俺に洗わせろよ。ちくしょう夢にまで見た楽園が。

 使用済み下着を洗いたいんだよ。俺は。



 ◇



 その日の夕方。

 俺達はとうとう区と区の境界へ到達した。


 アスファルトを貫き未知の植物が芽を出し始めている道路を、三人と一匹でゆっくりだが確実に歩を進める。

 視線の先にはこれから入る『葛島区』の標識があった。


「来栖という方は他の区は人が沢山いると仰っていたんですよね?」

「そうだな。奴の言葉を信じるなら他の区には自由に行き来ができる力と手段があるということになる。じゃなきゃ来栖が外の状況を知っている理由が説明できない」

「来栖自身が外に行った可能性だってあるわよ」

「あいつは俺にこう言ったんだ。外から来たのかって。つまり以前にやってきた何者かがいたんだ。それが藤森かどうかはまだ判然としないけど」


 来栖が柳坂区は資源が乏しい的な発言をしていたのは記憶に新しい。

 他の区では来栖が欲するような何かが豊富にあるってことだ。あいつはその目で外を見てきてそう発言したのは間違いない。


 この先はさらに人間に用心するべきだろう。

 直感が柳坂区のようにはいかないと警告している。


「ぼーっと立ち止まってんじゃないわよ」

「浩平さん、早く」

「ぽよ~」


 先で待つ二人と一匹。

 やれやれ異世界から戻ったってのに相も変わらず冒険の日々だ。

 まぁ文句を言ってもしかたないか。面倒だけど行けるとこまで行くのが俺だ。せいぜいマイペースに頑張るさ。


 俺は次の冒険へと駆けだした。


【完】


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異世界帰りの最強テイマーはモンスターに支配された現実世界で自由に生きながら冒険することにします 徳川レモン @karaageremonn

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