第4話 アパートを捨てることにします
「はぁぁああっ!」
敏捷上昇のバフをかけた状態で、日向はオークの心臓を槍で穿つ。
屈強なオークは、内側から炎で焼かれながらその場で倒れた。
朱色の槍を握る日向は、長く美しい濡れ羽色の髪を風になびかせる。
その顔には自信が満ちていた。
涙目でスライムを追いかけていたとは思えないような変わりっぷり。
「レベルが10に達するとこうも変化するのね。正直まだ驚いてるわ。自分の身体じゃないみたい。私があの怪物共を倒すなんて」
「さすが姉さん。たった一人で五体を倒しきるなんて」
「まだまだよ。だって夕花の方が強いもの」
弓を握る夕花の近くでは十体のオークが死んでいた。
いずれも頭部を一撃で射貫かれ、中には頭部すら消し飛んでいるものも。
街中で堂々と会話をする二人はすでに一人前の戦士となっていた。
「これだけやれりゃそうそう死なないだろ。あとは自分達で強くなれるよな?」
一部始終を眺めていた俺は二人へ声をかける。
日向が選んだ戦闘スタイルは槍であった。
格闘技を習っていたということもあり、当初は戦闘用ガントレットを用いた近接戦が向いているおではないかと考えていたのだが、いくつかの武器を試したところ槍が最もはまり、かつ近距離と中距離のどちらも使えるスタイルが彼女の性格に合っていたのである。
そこに加え火の魔法もいくつか習得させた。夕花と違って魔力量も少なく操作も苦手で到底魔法使い向きとは言えないセンスではあったが、そのぶん物理に秀でており、特に一対一の戦闘においてはポテンシャルを最大限発揮する傾向にあるようだ。
さすが双子と評価すべきなのか、夕花と同じく彼女もまた才に恵まれていた。
ちなみに彼女の持つ槍は火の魔力を秘めた特殊な武器である。
名称は『火竜の槍』だ。
亜竜サラマンダーの鱗を加工して造られたドワーフの逸品である。火の魔力との親和性は抜群、熱耐性も高くマグマに落としても燃えない槍となっている。
「なんか引っかかる言い方ね。それどういう意味よ」
「姉さん落ち着いて。まずは浩平さんのお話しを聞きましょう」
姉をなだめる夕花はすでに何かを察しているようであった。
よく話をしているのでどこかで気づかれていたのかもしれない。
「とりあえず話をしたいから家に戻ろうか」
三人で帰路につく。
◇
「はぁぁあああっ!? ここを出て行く!?」
狭い部屋の中に日向の声が響く。
かと思えば今度は怒り始めた。
台所から戻ってきたスーさんが、それぞれの前にお茶を置く。
「ふざけないで。私達はどうなるのよ」
「ここに残りたいならどうぞ好きにしてくれ。必要な物があればできる限り置いてくつもりだから。食糧も一ヶ月くらいは余裕で保つと思うし」
溜め込んだ保存食を分け与えるのは痛手だが、不足したらまたどこかで作れば良い。それに『外』に大量に残っているであろう加工食品などのあてもある。俺はそこそこ人でなしだが、知り合った人間に死んでほしいと思うほど外道でもない。
「そうじゃない。私達を捨てるのかって聞いているのよ」
「は? 捨てる?」
おいおいおい、人聞きの悪いことを言うなよ。
面倒を見る義務も責任も本来はないんだぞ。散々世話になっておいてこれ以上まだ何かしろってか。
「中途半端に放り出すなんて無責任じゃない。夕花もそう思うでしょ」
「うん。私がいなくてもちゃんとやっていけるのかすごく心配。姉さんって家事全般が苦手でしょ? ご飯とか作れるのかな?」
「え?」
「え?」
「え?」
会話がかみ合ってなくて三人揃って疑問符を浮かべる。
なんか夕花が付いてくる流れになってないか?
あれれ? 一人で出て行くって伝えたよな?
ところでその後ろにあるパンパンに膨らんだリュックっていつからあったっけ?
「ほら、ここって住み心地が良いとは言えないだろ。狭いしガスも電気もないしさ。景観も下の下、頑丈さで言ってもほぼ最低だ。前々から新しい住居を見つけて引っ越そうかなって考えていたんだ」
「どうして言ってくれなかったのよ。勝手すぎじゃない」
「知るかよ。お前らが勝手に居着いたんだろうが」
よーく思い出せ。怪我が治ったら出て行く雰囲気だっただろ。
こっちもそのつもりで面倒見てやっていたんだ。それがちゃっかりタダ飯ぐらいになりやがって。
せめて俺の下着ぐらい洗え。否、洗わせろよ。性的興奮させろ。
「私はね、貴方に恩を返したいの。いま離れられると困るのよ」
「お、おお・・・・・・」
意外な言葉に冷静となる。
「あの時、本当にもうだめかと思ったわ。ここで二人とも死ぬかもって。だけど浩平が現れて私も夕花も救ってくれた。すごく感謝しているの。だからどうしたら恩を返せるか考え続けてた。なのに消えるってどういうことよ」
「姉さん――」
「止めないで。浩平、貴方こうなる前に仕事をクビになったって言ってたわね。だったら紹介してあげる。私達のパパは大企業の重役なの。パパに頼めばどんな職だって思いのままよ。恩返しとしては十分すぎるんじゃないかしら」
仕事・・・・・・うーん、保険はかけておくべきなのかなぁ。
実は意外に範囲が狭く日本の大部分が無事だったなんてのもありえなくはない。そうじゃなくても案外、政府が時間をかけてなんとかしてしまうかもだし。無職は金銭的にも精神的に辛い。もしもを想定して頼れそうな先を作っておくのは妥当な判断ではある。
すかさず夕花が補足を入れた。
「実は私達、父を探し都心部に向かうつもりだったんです。その、いやらしい話なのですが、重役である父と合流できれば安全な場所に避難させてもらえるかもと考えて」
「パパはついでよ。私達の目的は無事であろう都心部に避難すること。考えてもみなさい、東京はこの国の首都よ。そう簡単に落ちやしない。パパに会えれば色々都合付けてあげるから。どーんと私達に付いてきなさい」
都心部。本当に無事なのかなぁ。
都内になるここ『柳坂区』がこんな惨状なのに、何事もなく元の状態を保っているとは考えづらいけど。自衛隊が出動して魔物の侵攻をギリギリで留めているとか? どうだろう?
しかし、向かう先としては悪い選択じゃない。
都心部なら生き残っている人も多そうだし、求める物も情報も手に入れられるかもしれない。この状況をどうにかできるとは思えないが、せめて原因くらいは突き止めておかないとさらに良くないことが起きる可能性だってなくはない。
日向はついてこいとかほざいているが、どっちかてーと向かう先がたまたま一緒だったって感じかな。保険の件もあるしここは認めざるを得ないな。
「俺の負けだ。早く準備しろ」
「ふふ、あんたきっと私に感謝するわよ」
「私はもうできてますので」
「え?」
「え?」
スーさんを膝の上で撫でる夕花はニコニコしていた。
◇
大部分の荷物はマジックボックに収め、抱える荷物は最小限にする。
家のドアを閉めると施錠はせず鍵はポストへ投げ入れた。
「ねぇ、かっこ悪くないかしら。あと熱が籠もって暑いし」
「よく似合ってますよ。ゲームに出てくる剣士みたいで私は好きです」
日向も夕花も制服の上から、防具を装備しフード付き外套を羽織っていた。
俺はいつも通りスウェット姿にフード付き外套である。二人はともかく俺はレベルが高いので当分はまともな装備をしなくとも対応できる自信があった。
階段を下り道に出る。
「俺とスーさんで前後を警戒する。お前らは左右に意識を向けろ。一応フォローはするが、気を抜くなよ。それからこのパーティーは俺がリーダーだからな」
「そこは私でしょ。あれこれ指図されるの嫌なんだけど」
「私は賛成です。浩平さんは私達の知らないことも沢山ご存じですし、何よりたった一人で生き延びてきた経験豊富な方です。浩平さんの判断に間違いはありませんから」
「ぽよぽよ~」
「スーさんも賛成らしい。三対一で俺に決定だな」
「ずるいわよ。この丸いのを数に入れるなんて」
歩き出した俺の後ろから、二人の少女が賑やかに付いてきていた。
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