第5話 外の世界
アパートを出発から三十分。
旅に出て早くも後悔し始めていた。
戦闘からの戦闘と切れ目なく魔物と遭遇するからである。
未だに俺が暮らしていた町内を抜け出せていないのだから大概だ。異世界でもここまで遭遇率は高くなかった気がする。餌が豊富だったからなのか想定より繁殖速度が速いのか理由は定かではない。
「次、来るぞ」
「はいっ!」
「こっちにも手を回して。数が多すぎる」
「ぽよぉ」
俺と日向が前衛として敵を狩る。
夕花とスーさんは後衛のサポートとして常に動いていた。
「グギャアアアア!」
「ウォオオオ」
「ブギィイイイイイイイ」
ゴブリンとオークに混じってゾンビやスケルトンも襲ってくる。
ドラマや映画のように噛まれてもゾンビ化などしない。
が、気分としてはやはり接触は避けたいところ。身体の中にどんな菌を繁殖させているのか分からないんだよな。とにかく怖い。
「風よ我が命に従い敵を射つ矢となれ」
夕花が一息で詠唱を終えると、何もなかった右手に三本の風の矢が出現する。
矢を弓につがえた彼女は、車の陰から三体の敵を同時に射貫く。
「うっとうしいわね! キモいのよあんたたち!」
火の魔力が込められた『火竜の槍』で敵を貫く。
戦闘センスがずば抜けているのか、日向は流れるように的確に急所を突き、一撃必殺で死体の山を生産し続けていた。
おまけに双子だからなのか連携も文句の付けようがないくらい良い。これでまだ冒険者ギルドに登録したての初心者レベルというのだから恐ろしい。
東京都心部に到着するまでにどれほどに成長しているのやら。
あらかたの魔物を片付けたところで一息つく。
「レベルが12になったわ。不思議、あれほど恐ろしかった怪物共が弱く見えるなんて。非現実的だけどレベルアップが有効であるのは疑いようがないわね」
「私は14になりました。浩平さんは?」
「変わりないな。もっと強い敵じゃないと上がらないかな。な、スーさん」
「ぽよ~」
何気なく言った言葉に対し、日向が眉間に皺を寄せた。
「まるで自分を最強みたいに言うのね。そろそろ教えなさいよあんたのレベル」
「あれ? 言ってなかったけ?」
「言ってないわよ。スライムでレベル上げするときだって『俺よりも自分のレベルを気にしろ』とかなんとか偉そうにどやってたじゃない」
「あー、ソウデシタネ」
なんだかんだ文句を言いつつ指示に従ってくれてたから、あえて教える必要がなかったんだよな。なんとなく二人が気にしているのは知ってはいたけど。
「90だ」
「はぁ!? きゅううじゅうううううう!?」
「どれほどの敵を倒せばそんな数字に。さすがに私もびっくりしました」
こればかりは異世界に召喚された人間の特権ってやつだな。
世界の壁を越えた者――つまり召喚された者には二つの特性が付与される。
それが『獲得経験値の増加』と『成長速度の向上』である。
これらは常時自動発動し異世界での成長を大いに助けてくれた。
あと地球人はレア度の高い強力なスキルに覚醒しやすいってのもあるみたいだ。俺以外の召喚された人間を見る機会もなかったからその辺りは不明瞭だけどな。
「ここらで休憩しようか。戦い通しだったし」
「そうね。体力はまだあるけど精神的にしんどいわ」
日向は疲れたように嘆息する。
「ぽよ、ぽよっ!」
「あっちにコンビニがあるみたいです。欲しい飲み物がなあるならとってきますよ」
「スライムの言ってること分かるの!?」
「表情とか見てるとなんとなく・・・・・・?」
「表情? スライムにそんなものあるの? 嘘でしょ。私を騙そうとしているのよね。やめてってば、お姉ちゃんをからかわないで」
夕花は日向に対しニコッと微笑みで応じた。
これはあれだ、まじのやつだ。
すげぇな。俺ですらスーさんの表情を読むなんてことできないのに。
テイマーとしての特性上、なんとなく伝わってくるってだけで、人のように表情筋の変化を読んでいるわけじゃない。
スーさんがやけに夕花になついているのも納得だ。
「浩平さんはどうしますか」
「俺は缶コーヒーを一つ。ブラックで頼む」
「私は水でいいわ」
夕花は「待っててください」とスーさんとコンビニへと走る。
気が利く彼女のことだ。飲み物だけでなく長期保存ができるカップ麺やレトルト食品なども集めてくるに違いない。大量の保存食を作って旅立ちはしたけど、想定外の非常時も想定して、当面は店にある食品で食いつなぐべきかな。
この状況がいつまでも続くのか誰にも分からないのだから。
「この辺りも圏外みたいですね」
「私達がどれだけスマホに依存してたのか思い知らされるわ。使用できれば何が起きてて誰が無事で誰がいなくなったのか一瞬で把握できるのに」
コンビニ前で三人揃って休憩。
二人はスマホが使用できない件について、未だに気にしているようだ。
六年もの長い間、環境にスマホを取り上げられていた俺にとって今さらである。ただ、引っかかるのはスマホだけでなくラジオすらも使用不可になっていることだ。電波自体が何かによって阻害されている可能性は否めない。
こうも見事に連絡手段を絶たれると意図的な何かを感じざるを得ないな。
ブラックコーヒーを一気に半分まで飲む。
効くぅううう! カフェインまじ最高!!
カフェイン中毒者としてはこの先のコーヒー豆の確保は切実。以前のようないくらでも手に入る環境はもうない。マジックボックスなら時間を止められるし、今から後々に備えて大量に集めておくか?
「そだ、この先のことを伝えておかないと。スーさん地図」
「ぽよんんん、ぽっ!」
スーさんが口からぺっと折りたたまれた地図を吐き出す。
地図を開き現在地を確認した。
「安全を優先して夜は襲撃されない頑丈な建物で寝る。それから途中で水と食糧、日用品なんかも確保しておきたい。できれば薬とかもほしいな。手持ちの薬はそんなにないし万能ってわけじゃないからさ」
「文句はないわ。ところで生存者を発見した場合はどうするつもりなの?」
「どうする・・・・・・とは?」
一瞬、彼女の言葉が理解できなかった。
同様に夕花もスーさんもきょとんとした様子であった。
「助けるかどうかよ。これだけの力があるならきっと魔物から必死に逃げている人たちだって救えると思うの。助けを求めている人たちを放ってはおけないわ」
「んー、個人的には良い考えとは言えないかな」
「どうして!?」
助けること自体は反対していない。
人助けはどちらかと言えば好きな方だ。
ただ、助けられる人数には限界がある。それだけじゃない、どこまで助けるのかにだって限度を定めていないと泥沼に引きずり込まれかねない。出会う人々が必ずしも善人とも限らないしな。
時と場合によって見捨てる勇気は必要だ。
「私は姉さんと浩平さんさえ無事なら他の人には興味はありませんよ?」
「夕花、あんた本気で言っているの?」
「姉さんこそ現状をよく理解してください。もう以前の常識は通用しないんです。何だって起こりえるんですよ。私達は魔物だけじゃなく人間にも警戒しなければならないんです」
夕花は淡々と返答する。
日向は納得できないのかみるみる表情が険しくなった。
まずいな。このままだと喧嘩になってしまう。
できればギスギスした空気で旅はしたくないんだよな。
「じゃあこうしよう。できる限り助ける。できないと判断すれば先へ進む。俺達は万能じゃないし、誰でも救えるってわけじゃない。とにかくその時になったら話し合おう」
「・・・・・・そうね。それでいいわ」
なんとか了承してくれた日向に、俺は内心で胸をなで下ろす。
彼女の言いたいことは分かるし気持ちも理解できる。当たり前を口にしているのだ。しかし、夕花が言うように以前の常識はすでに壊れている。それはすなわち人も敵になりえる、である。
果たして日向はその点に気がついているのだろうか。
「ひぎゃ、だれか、たすけ」
「ガウッ! ガウウウウッ!」
「ガルルル!」
突然、人の悲鳴が耳に届いた。
さらに複数の犬のような吠える声も。
声のする方へ走ると、そこでは首輪を付けた二匹の黒色の犬が男を襲っていた。
「やめなさい! 待っててすぐに助けるから!」
「バカ、下がれ」
「ひゃ!?」
咄嗟に日向の外套を掴み足を止めさせる。
見えない位置から日向の喉を狙って、もう一匹の犬が飛び出した。
攻撃を躱された犬は、その場で姿勢を低くし唸り声をあげる。
間一髪ってところか。あぶねぇ。
「姉さん気をつけて。浩平さんが気づいてくれてなかったら死んでたかもしれない」
「ご、ごめんなさい! つい勢いで飛び出しちゃったわ!」
「ぽよ! ぽよよっ!」
「だから悪かったって! あーもう、スライムのくせにママみたいだわ!」
よく見ればすぐ近くでもう一人少年がいるのに気がつく。
そいつはニヤニヤしながら俺達を眺めていた。
「今日はついてるな。経験値になりたそうな奴らが三人も現れやがった」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます