第6話 覚醒者

 

 そいつは外見こそ大人しそうなまだ十五、六ほどの少年だった。

 細身に目元は前髪で隠され社交的な印象は受けない。犬に襲われていた男性は五十代ほどで足を負傷しているのか動けない様子であった。


「冴えないおっさんに女二人か。あんまり経験値は美味そうじゃないな。せっかく出会ったんだ。お前達相手してやれよ」

「グルゥ」


 少年の声に三頭の犬が反応する。

 通常の犬より二回りほど大きい犬系の魔物ブラックハウンドだ。どの個体も首輪をしている点から少年の支配下にあるのは明白だ。


 嫌な予感が当たったな。

 さっそくレベルアップで力を手に入れた人間と遭遇してしまった。

 しかも俺と同じモンスターテイマーときている。


「なんなのあんた、いきなり魔物をけしかけてくるなんて! 危うく死ぬところだったじゃない! いたずらじゃ済まされないわよ!」

「馬鹿だな。決まっているだろ。本気で殺すつもりだったんだよ」

「なっ!?」


 人から殺意を向けられたのは初めてだったのか日向は言葉を失った。

 俺の真横に来た夕花が声を落として質問してきた。


「浩平さんと同じ力を持った人でしょうか」

「魔物が大人しく従っているところを見るとたぶん同じテイマーだな。覚醒するスキルによって条件や差はあるが、この感じだと下位か同等ってところか。妹として日向が突っ走らないように警戒しておけ」


 夕花はこくりと頷く。

 すでに俺も彼女も戦闘態勢だ。


 できれば二人にはここで対人戦を経験させておきたい。そして、しっかり理解させるのだ。敵は魔物だけではないと。覚悟がなければこの先、生き抜くことはできない。


「やれ」

「ウ゛ォン!」


 三匹のブラックハウンドが一斉に飛びかかってくる。

 俺は一匹を瞬時に両断、二匹目もスーさんが体当たりで壁へ叩きつけた。


「なんなのこいつ! ふざけないで!」

「姉さん!」


 日向は素早く槍を繰り出しブラックハウンドを一突きで殺す。

 動揺はしているがなんとか戦えている。及第点かな。


 手持ちの駒を失った少年は、あからさまに不機嫌となり舌打ちをした。


「なんだよ。お前らもかよ。しかも俺と同じモンスターを操る能力。けど、使っているのがスライムならたいしたことはないか」

「覚醒者・・・・・・? なにを言っているの?」

「そんなことも知らないのか。情弱すぎるでしょ。あとさ、俺の手持ちがこれだけと思わない方が良いよ」

「まだどこかにいるの!?」


 日向は冷や汗を流しながらキョロキョロ視線を彷徨わせた。

 俺はステータス魔法で少年を確認する。


 名前は『中田順平なかたじゅんぺい

 Lv16

 属性は土

 スキルは【獣使役・犬】


 思ったよりレベルは高い。

 スキルの方は”犬系の魔物”にのみ効果を発揮する、範囲が限定されるレア度の低い能力だ。だからといって決して弱いわけじゃない。効果範囲が狭い代わりに使役の条件はかなり緩いし、使役によって得られる能力上昇も馬鹿にできない。


 ちなみにではあるが、ステータス魔法はレベル・名前・属性・スキルまでしか視ることはできないので、これ以上の情報を求めるなら上位の鑑定魔法を使用するしかない。


 順平は日向の反応を愉しみながら会話を続けた。


「これからの世界は殺すか殺されるか。全てを奪うか奪われるかだ。何も失いたくなければ抵抗してみろよ。どうせ無理だろうけどさ」

「そんな!?」


 建物の陰からぞろぞろとブラックハウンドが現れた。

 その数およそ十。


 いずれもLv8と高めだ。

 特に一回りほど大きな個体はボスなのかレベルが13であった。


 群れは牙をむき出しにし、今にも飛びかかりそうな雰囲気で唸り声を響かせた。


「さぁ二回戦だ。何分耐えられるかな。ひゃははは!」

「もう終わりました」


 刹那に夕花は無数の矢を放つ。

 全ての矢はブラックハウンドの頭部に命中、一拍おいて次々に倒れた。


「――は?」


 突然、全ての持ち駒を失った順平は顔面が蒼白になる。

 なぜか日向も恐怖に震えていた。


「そろそろ我慢の限界です。姉さんだけでなく浩平さんにまで敵意を向けるなんて。目的も事情もどうだっていい。今すぐ死んでください。いえ、私がこの手で殺します」

「ひぃ!?」


 夕花の冷たい殺気にぶるりと身体を震わせた彼は、背を向けて逃げ出した。


 あれだけ余裕こいてこれかよ。

 うんまぁ、雑魚だってのは最初から分かってたことなんだけどね。喧嘩を売る相手は選んだ方が良いよ。たぶんもうその機会はないと思うけど。


「っつ、逃げ足が速い。大人しく殺されてください」

「ひいいいいいっ! なんだよ、なんなんだよあの女! 俺のモンスター達があんなにあっさり、おかしいだろ! ヤバい、あいつはヤバい!」


 追撃を避ける為か、順平は左右へふらふらしながら逃げ続ける。

 放たれた矢は肝心の彼に当たらず、塀を砕き、アスファルトをえぐっていた。


 こりゃ当たらねぇな。


「もういい。無駄射ちするな」

「浩平さんが言うなら。ですが次は必ずります」

「落ち着いてちょうだい。さすがに殺すのは不味いわよ」


 殺意溢れる夕花を前に日向はオロオロしていた。


 遠く小さくなって行く順平は内心で胸をなで下ろしている頃だろう。

 あいにくこのまま逃がすつもりはない。俺は命を狙ってきた相手をそのままにするほどお人好しじゃないんだ。

 小さな声で足下に指示を出す。


「悪いが片付けてきてくれないか」

「御意」


 俺の影がにゅうっと延びて、ぷちんと千切れたかと思えば、小さな丸になって猛スピードで順也の逃げた方向へと移動を始める。

 に任せておけば上手く始末してくれるだろう。


 日向は倒れている男性の元へ駆け寄った。


「大丈夫? 意識はある?」

「あ、ああ、うぐっ。足をやられて。これじゃあ歩くことも」

「ねぇ、あんたがよく使うマジックなんとかって魔法、包帯とか入れてないかしら。彼の手当てをしたいの」


 あ? あったかな?

 えーと、あったあった。救急箱。


 救急箱を日向に渡す。

 夕花とスーさんは魔物の襲撃に備えて周囲の警戒にあたっていた。




「どうもありがとう。危うく殺されるところだった」


 五十代と思われる男性の名は『山崎茂則やまざきしげのり』。

 仲間と主に食料探しをしていたところはぐれてしまい、運悪く先ほどの少年と遭遇し、いちゃもんを付けられたあげく命を奪われそうになったのだとか。


 顔つきや雰囲気からなんとなく人柄が良さそうな印象を受ける。だからこそ腰に差したバールのようなものが、やけに目立っていた。


 彼は俺に肩を借りながら足を引きずるように歩く。


「嫌な世界になったもんだ。変な化け物がうろついて、生き残った人たちも物資を求めて奪い合っている。おまけに先ほどの少年のような不思議な力を持つ連中もちらほら現れて。はは、不満を聞かせて申し訳ないね。明るい話でもしたいのだけれど、どうにもね」


 苦笑する茂則に日向が反応する。


「ねぇ、覚醒者ってなんなの?」

「妙な力を持つ連中をこの辺りじゃそう呼んでるんだ。手から炎を出したり、風を起こしたり、化け物を従えたりしてね。彼らの庇護下に入る者も少なくない」


 俺達は互いに視線を交わす。

 言葉にするまでもない。そいつらはレベルを上げた者達だ。

 しかもそれなりの数の人間が力を身につけたとみて間違いない。


 人々に自衛手段ができるのは喜ばしい話ではある。

 先ほどのように人に向けられなければ、だが。


 夕花がこそって耳打ちした。


「どこからか視られています」

「よく気づいたな。けど問題ない。方角も距離も俺が把握している」

「すごい。私にはまったく掴めないのに」


 むしろ夕花の方がすごいよ。

 短期間で視線や気配を読めるようになるなんてさ。

 俺でも厳しい環境に身を置いた上で数年かかったのだが。

 もう優秀を通り越して天才か。将来が怖いよ。


 遙か遠方でキラッと鏡のような何かが光る。

 スコープのような物で覗かれているのだろう。

 敵意はないようなので今はあえて気づいていないフリをする。


「そうだ、ぜひ私達の避難所に来てほしい。君達と家族を会わせたいんだ。少しばかりだがお礼もできると思う。場所はこの先の柳坂高校なんだが――」

「「ええっ!? 柳坂高校!?」」


 声をそろえる日向と夕花。

 うんうん、初めて二人が双子だと実感したよ。


 足下にいるスーさんが「ぽよよ?」と不思議そうにしていた。

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