第3話 ステータスと経験値稼ぎ


 本日も快晴。

 照りつける陽を麦わら帽子で遮りながら菜園で作業する。


 正確にはここは俺の畑ではない。


 元々は管理する者がいなくなり放置されていた菜園だ。

 このまま枯らすのはもったいないと感じた俺は世話を始め、今ではこうして生った野菜を毎日少しずついただいていたりする。


 実ったキュウリをちぎり、それからナスビにオクラも摘み取る。

 作業が終わると首にかけたタオルで汗を拭き取り帰宅。


「ただいま~」

「お帰りなさい浩平さん」

「これ、今日採れた食材だから」

「ありがとうございます。スーちゃんと始めますからゆっくりしていてください」


 Tシャツにハーフパンツ姿の夕花が笑顔で迎えてくれる。


 彼女は手早くエプロンを身につけると、スーさんと一緒に昼食作りを始めた。

 まるで我が家のように台所に立つのだから不思議である。


 ちなみに彼女の服は俺の物だ。

 制服はすでに洗濯し終わっているのに夕花は一向に着ようとしない。


 リビングに行くと日向が制服姿でむすっとしていた。


「なんか夫婦みたいでむかつくわね。さりげなく下の名前で呼んじゃってるし」

「姉が何もしないから気を遣っているんだろ」

「はぁ? 私だって世話になってる分くらいは協力してるわよ」

「洗濯だけな。しかも自分達のだけ」

「やってるわよ。夕花が着たあんたの服だけど。てかキモいのよ。自分の下着を私みたいな可愛い女の子に洗わせようって魂胆が見え見えなの。変態」


 お前こそ何言ってんだよ。穀潰しなんだからせめて俺の性的興奮に協力しろよ。

 しかし、あからさまに言うと倍に言い返してくるのでここは大人しく飲み込んでおく。


 腹が立つのは本当に顔が良い点だ。

 顔もスタイルもハイスペックかつ貴族令嬢のような気品というかオーラがあり、自然と人を従わせる魔力――魅力的な意味で――があったりする。


「文句があるなら出て行って貰っていいんだぞ」

「私達に死ねっていうの。ふざけないで」

「ふざけてんのはそっちだろ。ここは俺の家。お前は居候だ。立場が違うっつーの。世話して貰いたければ態度を改めてだな」

「すみません。姉さんが我が儘で」


 テーブルに食事を運んできた夕花が申し訳なさそうにする。


 姉と違い妹は良くできた子だ。率先して家事を引き受けるだけでなく、常に自分に何ができるのかを考えて動き続けている。頭も柔軟でスーさんへの拒否反応も全くなかった。


「どうしてこんな奴に謝るのよ。ねぇ、無視しないで夕花」

「ぽよ」

「ひぃ!? 来ないで!」


 片や日向は未だにスーさんにびびりまくっている。

 魔物を恐怖の対象として刻んでしまったのは仕方ないにしても、ここに来て数日が経過しているのだ。そろそろ慣れてほしくはある。


 目玉焼き、ナスの味噌汁、オクラのおひたしが運ばれそれぞれが席に着く。

 夕花はいつものように俺の斜め前に座った。


「いただきます」

「私もいただくわね」

「どうぞ」


 相変わらず夕花の作る味噌汁は美味い。

 スーさんもなかなかだが夕花もひけをとらない。


 俺は無心に白米を掻き込む。


「落ち着きのない食べ方よね。もう少し静かに食べたら?」

「逆に日向は静かすぎて幽霊みたいだけどな」

「は?」

「あ?」


 日向とにらみ合う。


 もうちょい妹を見習えよ。双子のくせにぜんぜん似てねぇな。

 どう育ったらここまで真逆になるんだ。


「私は浩平さんの食べ方好きかな。男らしくて」

「なんで!? こいつの味方をするの!?」

「姉さんこそそろそろ態度を改めて。浩平さんがいなきゃ私達、あそこで本当に死んでたんだから。命の恩人なのよ?」

「うっ」


 夕花の圧に日向は急速にしぼんでゆく。

 姉を黙らせた夕花は俺の方に視線を向けた。


「今日も保存食を作られるんですよね。じゃあ一緒にレベル上げをさせて貰ってもかまいませんか。そろそろ鳥肉も欲しかったところですから」

「大丈夫だよ。いつもの場所で弓を用意しておいてくれ」


 日向が手を止めて眉間に皺を寄せる。


「弓とか鳥肉とか何の話?」

「お姉ちゃんにはまだ言ってなかったですね。私、いま浩平さんに鍛えて貰っているんです。やればやるほど目に見えてレベルが上がってくから楽しくて」


「・・・・・・妹に戦わせているの?」


 テーブルに、ばしっと箸を置いた日向がキッと俺を睨む。


 やべっ。これは怒られる流れだ。

 何度もお願いされて断り切れなかったんだよ。お姉ちゃんを守りたいとか俺の力になりたいとか、涙目でお願いされてさ。


「だったら私にも教えなさいよ」


 その声音は意外なほど静かで真剣であった。


 まぁこの際一人も二人も変わらないか。

 このままずっと家に籠もられてても迷惑だしさ。


 すでに夕花がそこそこ育ってるから、俺から事細かく伝える必要もなさそうだし。戦える奴が増えれば、それだけ食卓に上がるおかずも増えるしさ。強くなった結果出て行ってくれるならそれはそれでありがたい。



 ◇



 日向と夕花が制服姿でアパート前の駐車場に集合する。

 一方の俺はスエットに手には団扇を持っていた。指導を行いながら燻製を作る為である。


「で、何から始めればいいわけ?」

「属性と魔力量を調べるのが一般的だけど、そもそもレベルが足りてないからまずは経験値稼ぎをして貰おうかな。目標はLv5だ」


 レベルが5まで上がれば目に見えて身体能力や魔力量が上昇する。

 能力が上がればそれだけ生存率も高くなるって話だ。ただ、ここでの目的はあくまで戦闘訓練を行う為の下地作りである。


 さて、日向が相手する敵はというと――。


 駐車場内を気ままに跳ねる無数の丸い物体だ。

 低レベルでそこら中にいる魔物と言えば・・・・・・そうスライムである。ちなみに間違って攻撃されないようスーさんは家でお留守番中だ。


「まさかあれを倒せって言うの? 本気?」

「冗談言うかよ。スライムは中心にある核石を壊せば死ぬ。要領を掴めれば今日中にLv3くらいにはなれるんじゃないか」

「ねぇ、さっきから経験値とかレベルとか言っているけどなんなのそれ。まさか貴方、現実をゲームや漫画と混同するような輩だったの? 参ったわ、もう少し現実的な人間だと思ってたんだけど。頼む相手を間違えたわね」


 ああ? こちとら異世界帰りなんすけど?

 何が何と混同してるって? めちゃくちゃ現実的な話をしてんすけど。


 ぴきってきたところで夕花が慌ててフォローを入れる。


「姉さん、ステータスと言ってみて」

「はぁ?」

「必要なことなの。私を信じて」

「ステータス――ってふえぇぇえええええっ!?」


 日向の目の前に半透明のウィンドウが開く。


 そこに記されているのは彼女の情報だ。レベル・名前・性別・種族・属性・スキルが主に記されている。あと人によっては称号とかあったりする。ほんと稀だけど。


 日向のステータスは以下である。


 Lv:1

 名称:姫川日向

 性別:女

 種族:人間

 属性:火

 スキル:〔未覚醒〕


「な、ななな、なんなのよ、これ!?」

「よく聞いて姉さん。魔物と戦うにはそこにあるレベルを上げる必要があるの。レベルが上がれば力も体力も上昇する。この世界で生き抜く大切な知識を浩平さんは教えてくれているの」


 動揺する日向とは対照的に、夕花は『ね、浩平さん!』と目を輝かせて振り返る。

 俺は戸惑いを覚えつつ頷く。


 最近気がついたのだが夕花は俺の発言を全肯定するんだよなぁ。恩を感じているからなのか分からないが、やけに献身的だし、妙に距離が近くて時々変な視線も感じる。


 まぁ害はないし可愛いからいいんだけどさ。


「な、なるほどね。ひとまず理解したわ。Lv1の私が安全に経験値を得るには、弱いスライムが最適なのね。あまりに現実味のない現実だけど、こうして目の前にあるのだから信じるしかなさそうね。頭が痛くなってきたわ」


 やっと話が通じた。

 そうそう、そういうことだ。


 俺は用意していたナイフを日向に渡す。


「こんなので戦えっていうの。夕花は立派な弓を持ってるじゃない」

「スライム相手に剣も弓も必要ないから。つか、戦闘スタイルも定まっていない状態でナイフ以上の武器を要求するな。言っておくが夕花も最初はナイフだけだったからな?」

「スタートラインは同じなのね。だったら我慢するわ」


 駐車場のど真ん中に腐肉を置く。

 しばらくすると臭いにつられてスライム共がわらわら集まりだした。


「待ちなさいってば! 水信玄餅みたいな見た目してるくせにすばしっこい!」


 ナイフを片手にスライムを追いかける日向。

 反撃として顔面に体当たりされていた。


 そんな光景を眺めつつ、俺は日課の燻製肉を作り続けている。


 肉を燻すと必ず現れるのが飛行型の魔物共だ。近くの建物の屋根にとまりじっと様子を窺う。

 俺が離れたところを狙って肉を強奪するつもりなのだ。そこで活躍するのが護衛兼鳥肉調達係の夕花である。


 彼女に与えた【風精の弓】は風の魔力を秘めた高位の魔法武器。

 弦を引くだけで風の矢が出現するエルフ製の武器だ。


 加えて彼女は風属性と言うこともあって弓と非常に親和性が高く、さらに弓道部でエースと評されるほどの腕前。魔力操作も繊細でセンスが高く、少し教えただけで弓を用いずとも風の矢を作るまでに至ってしまった。控えめに言っても非常に優秀。弓士としても魔法使いとしても将来有望だ。


 そんな彼女の現在のレベルは6である。


「今晩は唐揚げです」


 放った矢が鶏によく似た魔物の頭部を射貫く。

 たぶんコカトリスの亜種だろう。サイズは一メートル強ってところだ。


「どうでしたか今の。上手く射ててましたか?」

「弓じゃあもう夕花に勝てないかな」

「私、もっともっと強くなって浩平さんを守れるようになりますからね」


 振り返った夕花は、弓を抱えながら恥ずかしそうに呟いた。

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