第12話 食糧調達班(3)

 

 古巻の手にこれまでとは比較にならない炎が発生した。

 その様子に勝元が慌て出す。


「古巻は炎で十人余りを焼き殺した男なんだぞ。君とて無事では済まない」

「逃げたいなら逃げなさい。私一人でも戦うわ。人を殺してなんとも思わない外道なんかに背を向けるなんてできない」

「しかし!」


 俺は勝元を手で制止した。

 日向の身を案じて逃げようと提案してくれるのはありがたい。だが、どちらにしろもう遅い。古巻は日向を含め俺達を決して許さないだろう。だったらここで消しておく方が好都合だ。


 ただ、さっきから日向の言葉が全部俺に刺さっているのだが。

 お前はとことん俺に迷惑をかけなきゃ済まない性分なのか。おい。


 夕花がこっそり質問する。


「姉さんは勝てそうですか?」

「どうだろう。ステータスを見てみる」


 古巻和人のステータスは、と。

 Lv18

 属性は火

 スキルは【延焼拡大】


 レア度低めの魔法使い向きのスキルだったか。

 燃焼範囲を拡大させ辺りを火の海にする危険なスキルだ。

 短時間で自身の有利なフィールドにできる効果もあり、火魔法を扱う魔法使いなら間違いなくあって損はない。


 一方の日向はスキルは未覚醒。

 身体能力を上昇させる付与魔法と戦闘で役立ちそうな魔法をいくつか、のみだ。

 属性は同じ火。Lv12とそこそこ差はあるものの絶望的ってほどじゃない。

 日向の戦い方次第ってところか。


「五分五分ってところかな。勝ち目はある」


 燃焼拡大持ちとはいえ古巻の魔法は魔法になる手前の段階、無駄が多く拡散しまくってる洗練されていないただの属性現象にすぎない。正確には魔法ですらない。反対に未熟ながら呪文も魔力操作も一通り学んだ日向にはちゃんとした魔法がある。


 この差はかなりでかい。


「覚醒した俺の力をしかと拝め。延焼拡大!」

「なにこれ!?」


 古巻が真下に炎を落としただけで、ガソリンに引火したように一気に燃え広がる。

 炎は周囲の建物にも火を付け、さらに真っ赤な絨毯のごとくアスファルトを覆い隠し、日向の両足を飲むように炎は範囲を広げ続ける。


「焼けろ焼けろ。俺の炎の前じゃあどんな相手だって灰になるのさ」

「残念。私も火属性なのよね」

「なんだと?」


 火の中でも涼しげな顔をする日向に、古巻は戸惑いを覚えているようであった。


 持ち主の耐熱を向上させ火の魔力を強化する火竜の槍の効果である。

 耐熱は決して無敵ではないものの、一定の温度までならダメージゼロにしてくれる優れものだ。


 そんなすごい武器をどうしてやったのかって?

 いやいやあげてないよ。レンタルだから。本人にも最初に伝えたし。

 いずれきちんと使用料は払って貰う予定である。しかし、どんな形で払って貰おうかな。迷うなぁ。


 ちなみに夕花の風精の弓も同様に貸し与えているものだが、素直で良い子だから無条件で使用を許可している。本人はなぜか払いたそうにしてたけど。


 日向の槍を炎が包み込む。


 魔力が膨れ上がったかと思えば、彼女は槍を真下に突き刺し、爆発に似た炎を発生させた。足下にあった古巻の炎は吹き飛ばされ、中心では外套をはためかせながら不敵な笑みを浮かべる日向がいた。


「火魔法バーストプロテクトよ」

「なんだとっ!? 俺の炎が!?」

「火属性に火属性を使っても効果薄よ。あんたポ○モンくらいやったことあるでしょ。属性の相性くらい勉強しておきなさい」

「だが、俺にはまだこいつがっ!」


 右手に持った拳銃を構えようと古巻は動く。

 だが、もう遅い。日向はしなやかな脚ですでに駆けていた。


 一息で間合いを詰めた日向は槍をスイングして古巻の横っ面に叩きつける。空中を三回ほど回転した彼は盛大にバウンドして白目を剥いた。


「これじゃあさっきの鉈使いの方が強かったじゃない」


 先に速度上昇のバフをかけていたのが功を奏したようだ。

 あとは、古巻に運がなかった。あれだけ綺麗に入ってしまうとレベルが上でもダメージはデカい。気絶もするさ。


「古巻を倒したのか・・・・・・信じられない」

「私にかかればこんな奴どうってことないわよ」


 勝元は信じられないものを見たように冷や汗を流していた。

 そして、勝利を収めた日向はご機嫌な様子で、腰に手を置きふんぞり返っていた。


 めきめき、ずしゃああ。


 溶けた店の看板が落下し破壊音を響かせる。

 皮膚を焦がすほどの熱風は変わらず吹き荒れていた。


「ど、どうしよう! このままだと大火事になるわ! どうにかして浩平、あんたならできるでしょ! お願い」

「俺は猫型ロボットじゃないんだけどな」


 炎は未だ広がり続けていた。

 建物の壁面を焦がし看板はどろりと溶けて行く。


 さすがの夕花も不安そうな面持ちであった。


「どうにかできますか?」

「大丈夫」


 俺は辺りから水という水を集め大きな球体を創る。

 球から火元に向けて水流を発射。


 消火は完了し日向と夕花は安堵した。





「こいつらどうするつもり? できれば殺すのは反対なんだけど」

「うむ、自分もそこまでするつもりはない。しかし、連れて帰るにしても置き場所がない。放置しても復讐にやってこないとも限らないからな。なんとも悩ましい」


 目の前には縄で縛られた古巻と腕を失った男がいる。

 どちらも気絶しており動き出す気配はなかった。


 殺さない方向で進めている二人に反し、調達班の面々は殺すべきで一致していた。


「勝元さん、あんた甘すぎるよ。こいつらは俺達の仲間を何人も殺したんだぞ。さっきだって一人殺されたんだ」

「このまま逃がすなんてどうかしてる。絶対に復讐に来るぞ」

「息の根を止めるべきです。やりましょう」

「殺そう。勝元さんができないなら俺達が代わりに」


 これが多数決ならばすでに答えは出ていた。

 しかし、決定権を握る勝元はこれを拒否する。


「我々は獣ではない理性ある人間だ。安易に殺しに頼ってはいけない。心配せずとも今回の件で向こうも簡単には手出しできないと理解するはずだ。それまでに守りを固め、各々が対抗できるよう鍛えるしかない」

「そうっすよ。皆おちついてほしいっす。勝元さんの言うとおり僕らは踏みとどまるべきなんすよ。安易な選択は後悔を生むっす。もしここで殺して、皆さんは家族に友人になんて説明するつもりなんすか」


 勝元と宮田の説得は、なんとかギリギリのところで全員を踏みとどまらせた。

 きっと単純な言葉だけでは抑えられなかっただろう。日向が古巻を倒したからこそ言葉は強い説得力を持ち、彼らは納得したのだ。


「この二人はこの場に置いて行く。運が良ければ逃げ延びるだろう」

「本当に連れて行かなくて良いの? 情報とか聞き出せそうなもんだけど」

「先ほども言ったが置き場所がない。ここまでの経路も知られたくないからな。我々が地下を使っているのはまだ秘密にしておきたい」

「そう、ならしかたがないわね」


 俺達は学校への帰還を開始した。



 ◇



 かつかつ、下水道のはしごを下りながら俺は「あっ」と声を出した。

 真下にいる夕花が不思議そうに首をかしげる。


「悪いんだけど忘れ物があったんだ。勝元に取りに行ってくるって伝えておいてくれ」

「分かりました。でも早く戻ってきてくださいね」


 再びはしごを上がり地上に出る。

 軽い足取りで先ほどの場所へ向かうとすでに古巻は目を覚ましていた。


「なんだこの、てめぇ縄をほどけ」

「眠ったままなら幸せだったのにな」

「あん? 殺す度胸もないくせに俺に偉そうな口を利くなよ」

「あのさ、俺をあいつらと同じにしないでもらえるかな」


 剣を抜いて切っ先を口の中に突っ込んでやる。

 ぎょっとした古巻は青い顔をして狼狽えだした。


「一つ聞きたいことがある。ずいぶん魔力の扱いに慣れてるようだったけど、誰かに教えて貰ったのか。それとも独学なのか」

「ふぁふぇふぁふぃ!」

「あ、ごめん、喋れないよな」


 剣を引き抜く。


「リ、リーダーに教えて貰ったんだよ。スキルの使い方も全て」

「誰なのそいつ。そういやお前ら組織(?)で動いてたんだっけ?」

「知らねぇのか? 来栖セイヤだよ。【デビルクロス】をまとめる有名人じゃねぇか」

「聞いたことないなぁ。あ、待った」


 影がようやく俺の元に戻ってきた。

 俺は古巻を放置して影からの報告を受けることにする。


「ずいぶん時間がかかったな」

「後を追っている内に妙な連中と接触し始めたので様子を窺っておりました。主の敵になるやもとしばし泳がせ情報を集めていたのです。標的はすでに始末しております故ご安心を」

「もしかしてデビルクロスって組織か?」

「ご推察の通り」


 おやおや、順平君は古巻とお友達だったのか。

 情報は影から聞けそうだし、こうなると本当に不要だな。


「俺を助けたら仲間にしてやる。だから助け――」

「ごめん。基本、敵は殺す主義なんで」


 俺は古巻ともう一人を一閃して斬り殺す。

 剣に付いた血を払い鞘に収めた。


 さ、帰ろ。


 夕花達の後を追って俺は足取り軽く下水道へと向かった。

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