第9話 幼女とくさやと俺

 

 勝元との対面後、俺達は避難者が暮らす体育館へと向かった。


 扉を開ければ老若男女が身を寄せ合う光景があった。

 布団なんて物はなく薄い敷物が敷かれた上で、薄い毛布を身体にかけて寝泊まりしているようであった。ここだけでも百人強はいるだろう。


 先の見えぬ不安からか覇気がなく、動く気力すらなさそうな者が大半を占めている。


「息が詰まりそうですね。私達も浩平さんに出会わなければ彼らと同じ顔をしながら生活をしていたのでしょうか」

「っつ! ちょっと私、災害時用の倉庫を覗いてくるわ!」

「あ、姉さん」


 日向はここにきて積極的に動き始めていた。

 生徒会長だから、だけではない。正義感のようなものに突き動かされているような印象だ。


「姉さんは自分にできないことは他人任せですけど、できることは徹底的に抱え込む性格なんです。自画自賛が時々鼻につきますけど、根はすごく真面目で優しいんです」

「あと生意気なところとかな」

「ですね。あ、山崎さんがいますよ」


 近くを見回すと見覚えのある顔があった。

 向こうもこちらに気がついたらしく立ち上がろうとするが、痛みから叶わず勢いよく座り込んだ。


 二人で彼の元へ歩み寄る。


「先ほどはどうも。この通り命に別状ないので安静にすればまた動けるみたいです」

「夫を助けて下った方々ですね。本当にありがとうございました。街ではぐれたと聞いて生きた心地がしませんでした。家族がこうして再び顔を合わせられたのはあなた方のおかげです」


 山崎の奥さんだろう、物腰柔らかな中年女性は立ち上がって深々と頭を下げる。


 すぐ近くには五才ほどの少女がおもちゃで遊んでいた。

 二人の子供にしては幼すぎる。

 かといって三人以外がこの場で過ごしている雰囲気もない。


「この子は『山崎美愛やまざきみあ』息子夫婦の子供です。私達に残された最後の希望でしょうか。こうして生きてられるのも美愛がいてくれるから。まだ死ねない。生きてこの子の晴れ姿を見るんだって。失礼、恥ずかしい話をしてしましました」

「こんなことがなければ二人とも生きていたのに・・・・・・ううっ」

「ばあば、また泣いてるの?」

「ごめんね。ごめんね美愛ちゃん」


 美愛と呼ばれた子供は大きな目に愛らしい顔をしており、長い髪をツインテールにしていた。微笑みを浮かべ祖母の頭を「よしよし、だいじょーぶだいじょーぶ」と何度も撫でる。


 これじゃあどっちが大人だか分からないな。

 しかし、誰にも泣く彼女を責めるなんてできない。


「久子、あれを」

「そうですね。私ったら人前で。すみません」


 奥さんは荷物からビニール袋を取り出す。

 口は厳重に縛られ大量の何かが入っているようであった。


「これは?」

「お若い方には好まれないかもですが、干物の詰め合わせです。ここじゃ配給もありますし、自分達で火を使う機会も少ないので今の今までとっておいたんです。たいしたものじゃありませんがどうぞ。助けていただいたお礼です」

「いつか必ずこのご恩はお返しいたします。今は少ないですがこれで我慢していただければ。きっといつか必ず」


 俺は袋を受け取り口を開く。

 む、この強烈な臭いは。まさか。


 口をキツく閉めて笑顔になった。


「これだけで十分だよ。喜んで受け取らせて貰う」

「重ね重ねお願いして申し訳ないのですが、この子と少しの間だけでも遊んでやってもらえないでしょうか。私がこうなって妻もかかりきりで、ここには同年代の相手もいませんし、皆忙しくて満足に相手をしてもらえないようで」


 先ほど会った高校生達を思い出す。

 いずれも忙しそうに作業をしており子供の相手などできそうな雰囲気ではなかった。暇な大人も目が死んでいて相手をできる状態じゃない。


 唯一頼めそうなのは突然やってきて役目も仕事もない俺達くらい。


「そのくらいなら。美愛ちゃん、お姉ちゃん達と遊びましょうか」

「うん。じいじ、ばあば、後でね」


 美愛はぱたぱた走り夕花の手を握る。

 かと思えば俺の顔をじーっと見つめ始めた。


「お兄ちゃん、モテないでしょ」

「ふぐっ」


 いきなりのボディブロー。

 このガキなんてことを言いやがる。

 事実だとしても言って良いことと悪いことが。


「浩平さんはモテなくていいんですよ。私がいますから」

「お兄ちゃんとお姉ちゃんは恋人同士なの?」

「ふぁ!? それはまだ――」

「お姉ちゃん可愛い! 顔が赤くなってる!」


 顔を押さえて恥ずかしがる夕花を、美愛は満面の笑みでからかっていた。


 ほう、まだとは聞き捨てならん。

 夕花が俺のことをどう思っているのか聞き出す良い機会。

 良いぞもっとやれ美愛。


「で、何して遊ぶの?」

「ふっ、お前は夕花とボール遊びでもしていろ。俺はこいつで一杯やる」


 片手にぶら下げたビニール袋を美愛の鼻先に近づける。

 彼女は漏れ出る臭いに目を丸くさせ鼻を押さえた。


 ふははは、お子様には分からんだろうなぁ。こいつの良さは。



 ◇



 校庭の隅で七輪を置き火をおこす。

 ほどよく炭が熱したところで網を置いてビニール袋の口を開いた。


 こんなところでお目にかかれるなんて、山崎のおっさんを助けた甲斐があったってもんだ。くはあ、この臭い癖になる。


 網の上に置いたのはくさやだ。

 袋の中には他にも金目の開きなど多くの干物が入っていた。

 普通に考えて非常時に持ち出す食材ではない。偶然荷物に紛れたか何かと間違えて鞄に入れてしまったか。どちらにしろ些細なことだ。大事なのは俺が干物で一杯やれるかどうか。


「くさい、くさいくさいくさい! どうしてこんなの焼くの!?」

「うるさいな。嫌なら向こうに行けばいいだろ」

「浩平さんの行動に興味があるんですよ。七輪も珍しいですし」

「干物は遊びじゃねぇんだよ。真剣勝負なんだ」

「おー、お兄ちゃんって変人だ」


 誰が変人だ。つーか、どこでそんな言葉覚えた。

 素敵なお兄さんを変人呼ばわりするような子供は碌な大人にならないんだぞ。


「ぽよ」


 リュックがもぞもぞ動く。

 スーさんを思い出した夕花はリュックを開きスーさんを外に出した。


「ぽよ~」

「すっかり忘れてました。ごめんなさいスーちゃん」

「ぽよよ、ぽよぽよ」


 スーさんはぷるぷる身体を震わせ『いいよ、気にしてないよ』と反応する。

 カッと目を輝かせ歓喜に震えたのは美愛だった。


「なにこれ! 丸くて可愛い!」

「ぽよ?」

「ぷにぷにしてて気持ちいい! ねぇねぇ、この子美愛にちょうだい!」

「ダメだ。スーさんは俺の相棒だから」

「へぇ、スーさんって名前なんだ。一緒にかけっこしよう」


 美愛とスーさんは校庭を端から端へと駆ける。

 体力が有り余ってて抑えきれないって感じだな。そりゃあいい年の山崎夫婦が持て余すわけだ。怪我をして奥さんは看病しなくちゃいけないしさ。


「ここだけだと嘘みたいですね」

「ん? ああ、平和だな。外じゃ魔物が徘徊しているってのに」

「こういうと姉さんが怒りますけど、私はこうなって良かったと感じてます。だって浩平さんと出会えたから」

「確かに聞かせられないな。あのさ、夕花は俺を救世主か何かと勘違いしてないか? 俺は世界を救う気も大勢を助ける気もないんだが」


 彼女は何がおかしいのかクスクス笑う。

 かと思えばうっとりした表情で俺を見つめる。


「ちゃんと承知してますよ。浩平さんがそういう人だって。私は世界がどうなろうと興味はありませんから。ただ浩平さんに全てを捧げ、浩平さんを傍で支え続けたいだけ。この命は浩平さんのものなんです」

「恥ずかしげもなくさらりと。俺は神様か何かか」

「そうかもしれません。あの日、浩平さんは私の光になったんです」


 お、重い。なんて重いんだ。

 俺はとんでもない子を助けてしまったのかもしれないな。

 日向と夕花、双子なのにどこまでも似ていない。


「浩平さん」

「ん」

「くっせえな。なんだこの臭い」


 ふらりとやってきたのは勝元だ。

 武器は腰の拳銃とナイフだけで手ぶらである。


 俺を見るなり彼は呆れた表情になった。


「この状況でくさやを焼くかね。頭の中どうなっているんだ」

「ビールならあるぞ」

「もらおう」


 見た目に似合わず話の分かる奴だ。

 プルタブを開け、割り箸で干物をつつきはじめる。


「用もなく会いに来たんじゃないんだろ?」

「察しが良いな。環境改善の件で頼みがある。嬢ちゃんも聞いてくれ」

「分かりました。同席します」


 席を離れようとした夕花を彼は引き留めた。


「明日の早朝、選出したメンバーで食糧調達に出かける。そこで同行して貰いたい。ここじゃ君達は新参者だ。大勢の人間がどの程度役に立つのかを知りたがっている」

「どうにか実力を測りたい、って感じだな。依存されるのは困るけど多少なりとも頼りにされるのは悪い話じゃない。こっちも完全に物資が補給できたわけじゃないから、もう少しだけ滞在させて貰いたいところだし」


 食糧に関してはそこそこあるが、それ以外は不安が多いのが現状だ。

 寝袋とか、薬類とか、トイレットペーパーなどの消耗品も確保しておきたい。

 もう一つ言えば替えのスエットも欲しいかな。


 それに肝心の覚醒者についても情報を得なければな。


「あとな、あの青いのは体育館――住居に入れないなら隠さなくていいぞ」

「スーちゃんのことですか?」

「危険な行動をとるなら処分するつもりだが、人の言葉も分かるようだし君達がしっかり管理するなら自分から説明しておいてやる。うまいな、これ」


 校庭を走る美愛とスーさんを眺めながら、勝元は割り箸でくさやの身を口に入れる。


 なんとなくあり得ない特別扱いをされているのは理解できた。

 それだけ期待されているってことなんだろうけど。逆に言えばなりふり構ってられないほど追い詰められている証拠でもある。


「何やってんのよあんた達! 臭いがこっちまで来てるじゃない!」


 ぶち切れの日向が猛スピードでこちらへ疾走していた。

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