異世界帰りの最強テイマーはモンスターに支配された現実世界で自由に生きながら冒険することにします
徳川レモン
第1話 変容した現実世界
王都より数キロほど離れた森の中。
俺はさよならの前の挨拶としてロミンシアに声をかける。
「色々世話になったな」
「助けられたのはこちら。過酷な仕事を押しつけた我々を、貴方は見捨てることなく救ってくれた。重ねて礼を言う。本当にありがとう。
幼い少女の外見をした大魔法使いは僅かに微笑む。
俺を召喚したあの頃より幾分老けた気がする。
肉体的加齢ではない。ロミンシアは時の秘術により肉体年齢を止めているからだ。ただ、そう見えてしまうくらい俺達の旅は過酷だったってことだ。
魔王討伐の旅――人類圏を脅かす強大な存在を倒すべく、当時ただの会社員であった俺は異世界に召喚され勇者となった。
そして、六年の歳月をかけて三人の仲間と共に魔王を討ち滅ぼしたのである。
おかげで俺ももう二十九歳。こちらに来た時はまだ二十三のフレッシュな会社員だったはずが、気がつけば三十手前のおっさんと呼ばれても不思議じゃない歳になっていた。気持ちの上では二十三どころか未だにゲームしたい盛りの高校生くらいなのだが。年月とはなんとも残酷だ。
「もう一度聞くけど、本当に向こうでは一ヶ月しか経ってないんだよな?」
「こちらと向こうでは時間の流れが違う。安心して」
淡々と返す半眼に無表情な彼女は、最後でも変わらずマイペースだ。
「ところで二人は?」
「ギルは別れは済ませたって一人で酒場で飲んでる。フィオナはふてくされて自室にこもってる。最後なのに。馬鹿な子」
「日本へ戻るのは俺の都合だからな。育ての親みたいなもんだし、二度と会えないなんて伝えられたらそりゃあ怒りもするさ。押しつけて悪いけど後のフォロー頼んだ」
「かまわない。そのくらいは喜んで引き受ける」
ロミンシアがいよいよ本当の別れを告げる。
彼女が杖を地面に突くと魔法陣が鈍くゆっくりと点滅する。
俺は指示に従い魔法陣の中心へ移動した。
日本へ帰還するには魔王の有する貴重なアイテムと膨大な魔力が必要であった。故に送還を条件に魔王の討伐を引き受けたのだが、実際はアイテムと魔力を手に入れても容易なことではなかった。準備に十年かかるような大魔法であったのだ。
だが、天才の異名を持つ彼女は、その知識と技術と発想力を持って十年をたった半年に縮めることに成功した。こうして帰還できるのも彼女の努力の賜物。
見た目はロリっ子だがすげぇ人物なのだ。
「光は満ちる、螺旋の階段と千の門を経て、天と地の狭間よりも遠く、彼方よりいでしこの者を導きの手によって在るべき世界へ戻したまへ。ワールドゲート!」
風が渦を巻くように土を舞い上げ、魔法陣から天を貫く光の柱が出現した。
ふわりと足が浮き上がり身体は上昇して行く。
「達者でな」
「さようなら。勇者浩平」
大魔法使いは見上げながら手を振る。
その姿は小さくなり、視界が真っ白になると同時に消えた。
◇
かちゃかちゃ。ボタン音が部屋に響く。
画面の中では近未来的な装備をしたキャラクターが、巨大な敵と戦闘を繰り広げていた。
各キャラクターへ指示を出す。敵のヒットポイントゲージはすでに八割切っており、そろそろ残していた手札を切るべきか思案していた。
こいつを倒せば残るはラスボスのみ。
戦闘後は貯めに貯めた貴重な回復アイテムをぶち込んで全力で挑む。
ぱっ、と突然画面が消えた。ゲーム機の電源も落ちる。
「ああああああああああっ!? なんでぇえええええっ!? うそだろ! 嘘だと言ってくれ! セーブしてないんだぞ!?」
コントローラーを放り出し電源を何度も押した。
なんで。どうして。壊れたのか。それともブレーカーが落ちたとか。
この辺りで停電するなんて話はなかったはずだ。あああ、くそっ。ラスボス手前で落ちるなんてあり得ないだろ。
「まいったな。本当に壊れたのか」
全てを諦めたところでカーテンの隙間から差し込む陽光に気がつく。
三日間ぶっ通しでゲームをしてたので、もはや今が朝か昼か何時何分なのかすら不明だ。とりあえず夜ではないことだけは確か。
時計を見ると七時四十八分と表示されていた。
防音対策として付けていたヘッドセットを外し耳を澄ませる。
いつもなら小学生のはしゃぐ声が聞こえるのだが今日はやけに静かだ。車やバイクの通り過ぎる音も聞こえない。
まぁいいや。朝飯を食おう。
どうせ仕事に行く必要もないんだ。
立ち上がってリビングへと向かう。
買っておいた食パンを袋から一枚抜き取りトースターへセット。だが、なぜか電源が入らない。だったらと食パンを手にのせ火魔法で軽くあぶった。
「おかしいな。ガスも止まってる? ちゃんと払ったと思うけど」
コンロにフライパンを置いて火を付けようとしたが、何度やっても点火しない。首をかしげつつフライパンに卵の中身を落とし同様に火魔法で目玉焼きを作った。
ざくっ。黙々と目玉焼きをのせた食パンをかじる。
思い出すのは三ヶ月前。俺は無事に日本へと帰還した。
ロミンシアの言っていたとおりこちらでは一ヶ月しか経過しておらず、安心すると同時に不在の後始末に奔走することとなった。
結論から言えば、会社はクビになった。
まぁ一ヶ月も無断欠勤してしまったのだ。多大な貢献をしていたわけでもない不良社員など切られて当たり前。ただ、幸いにも僅かばかり貯蓄をしていたので、なんとか生活できている状況だ。
パンを食べ終え思考を今に戻す。
とりあえず電気の件は大家さんに聞いてみようか。そだ、スマホで調べ――寝室に置いてきたんだった。取りに行くの面倒だなぁ。
「てか、やっぱ静かすぎやしないか。この時間に人の声が聞こえないとか今までなかっただろ。よっこらせっと」
重い腰を上げると、カーテンを開けて窓から外を覗いた。
「・・・・・・え?」
街の至る所から黒い煙が立ち昇っていた。
それだけではない。無数の巨大な樹が建物を破壊し枝葉を広げているではないか。上空には牙の生えた鳥らしき生き物が群れとなって飛翔している。
スウェット姿のままドアを開けて外へ飛び出した。
「なんだこりゅああああああっ!?」
アパートの二階から見る景色は先ほど見たものとほぼ同じであった。
階段を駆け下り一階へ。裸足のまま道路に出ると悲惨な光景が視界に入った。
破壊された車、崩れた塀、放り出された荷物、残された無数の血痕。
ばさっ。真上をワイバーンらしき生物が通り過ぎる。さらに後を追うように赤い鱗に覆われた巨大な影が通過した。それはワイバーンに噛みつき骨ごと肉をかみ砕いた。
「レッドドラゴン、だと? どうして日本に?」
いや、俺の知るレッドドラゴンとは形状が異なっている。
ワイバーンもそうだ。限りなく近いが別種のように思われる。
「ブフゥウウウ! ブギイィイイイ!」
「こんどはオークのお出ましかよ」
薄茶色い肌のオークらしき魔物が俺を見つけ鳴いた。
その手には一時停止の標識が握られ、斧代わりに使用したのか血が付着していた。
先ほどの鳴き声は仲間を呼ぶものだったのだろう。
ぞろぞろと現れ頭数を増やす。その数、およそ三十。
「いいぜ相手してやる。こっちもむしゃくしゃしてたんだ」
マジックボックスから愛剣を取り出す。
一瞬で距離を詰め最初の一体を力任せにぶった切った。
一分もかからず全てを斬り殺した俺は嘆息する。
「まじでどうなってんだよ。ぜんぜん状況が飲み込めないんだが」
ワイバーンにドラゴンにオーク。何なんだよ一体。
てか、寝てないから頭が働かない。
よし、とりあえず帰って寝よう。考えるのはそのあとだ。
俺は剣を鞘に収めアパートへと戻った。
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