何事も一番乗りしたいのはゲーマー……というより人間の性

 AoUにおけるデスペナルティーは主に二つらしい。


 一つ目はモンスターとの戦闘で敗北によるデス、もしくは落下やその他事故的な理由での環境デス。経験値と所持金が割合(計算方法は非公開らしい)で没収されるだけ。


 二つ目は他プレイヤーからのキルによるデス(味方からの誤射フレンドリーファイヤを除く)。いわゆるプレイヤーキルPKだ。デス時に見つけていた所持金、特殊な保険がかけられていない所有物、それら全てを容赦なく奪われるらしい。俺が行った事前調査にて低評価レビューから得た知識だ。何とも殺人者PKに甘いゲームのようにも感じるが、一応は初心者狩りを防止したりエンジョイ勢を守る調整――フレンドリーファイヤを含む他プレイアーへの攻撃が無効のエリアの実装等――もされているようだ。オンラインゲー初心者の身としては、その調整が心の拠り所だ。


 で、だ。俺は森のワンコウッズハウンドに頭をカプリコされて初デスを迎えたわけだが……まあ所持金は元々少ないしレベルアップもしたばかりだから被害は少ないだろう。


あのスキルイラプションスターターは要練習だな」


 というわけで再び森へ。森に棲むモンスター達をバッサバッサと切り倒し進む。事故がなければ危ういことすらない。


 途中、ウッズハウンドとブラックホーネストに同時に襲われている初心者を見かけ少し悩んだが、助太刀には入らない。レベル42のプレイヤーが急に割り込んできたらそれこそゲームの楽しみを奪ってしまうというものだ。正直なところ、それは間違いなく俺の本音だ。コミュ障による人見知りを発動してしまったとかそういうわけではない。今の自分、赤髪をカチューシャでかき上げた陽キャ風アバターならコミュニケーションにそこまで苦手意識を持つことはないのだろう。自分でも意外な発見だ。


 仮想性現実乖離について軽く思いを馳せながらようやくそれらしい遺跡を見つけた。


 現実世界リアルで言うところのロマネスク建築風の建物だ。森の中に佇む遺跡というだけあって、ツタが伝い一部崩落も見られる。全体の建築面積はそこそこ大きいのだろうが、崩落や建築物をぶち抜いて育った樹木のせいで、探索できるのは一部に限られてしまいそうだ。


 近づくと<旧代の遺跡>という表示とともにESへと突入する。同時にミッション通知。


『大妖精の祈祷室で旅の指針を決める』


 遺跡の探索ミッションというわけだ。どこからか聞こえてくる鳥のさえずりや虫の鳴き声に浴びながら、俺は正門から『遺跡』の中にお邪魔することにした。


 キリスト教における修道院や教会のような場所だったのだろうか。


「なんだこれ……」


 遺跡に入ってすぐの玄関ホールには、キャラクリでお世話になった妖精ミスィリアを描いたと思われる肖像画がでかでかと飾られている。近づき手を触れると説明文。


『旧代において世界を導き、今もなお世界を庇護する大妖精の肖像』


 その肖像画の下には様々な供物が置かれている。当時のものというよりかは、現代においてミスィリアを信仰する人々が捧げているものなのだろう。そこには貨幣も混ざって置かれている。


「……これは拾うためのものなのか……?」


 少しだけ躊躇したが、結局拾うとチャリンという効果音SEと共に懐へ消えた。


 ……なんか罪悪感。絵の中のミスィリアも心なしか残念そうな顔をしている。そんな目で見ないでくれ。


 さらに奥へ。探索を進めると資料室のような場所を見つけた。埃っぽく室内は荒れているが、何と本一冊一冊をちゃんと読むことができる。あれだ、ゲーム考察系動画とかを投稿している人にとっては原点かつ聖地のようなところなのだろう。


 俺は単純にアイテムとか目先の物欲優先だ。何かないかと部屋に入ってみると、切り出した石で作られたテーブルのうえに、これみよがしに一冊の本が置かれていた。


 革の装丁。恐らく創作された文字だろう。見たことのない古代文字のようなシンボルでタイトルが書かれていたが、これが何と読める。


『世界を蝕む六種のごう


 はて、何のことだろうか。著者はミスィリアとなっている。興味をそそられてページを捲ってみると、まずまえがきがあった。


 軽く読んでみるとなるほど。


「七つの大罪的なやつね」


 みんな大好き創作物人気要素の一つだ。AoUにおいては大妖精ミスィリアが定めた『六業ろくごう』というものが存在するらしい。


 曰く。弱者を嬲り搾取する『暴虐』、生命の循環を乱す『乱獲』、互助なくして集うだけの『烏合』、人を欺く『欺瞞』、心から光を失う『落魄』、信念のない信心を抱く『盲目』。それらを禁ずるのがミスィリアの教えのようだ。


 その先のページは、ミスィリアの体験から書かれた各種の業について、それぞれ長々とまとめてあるようだ。


旧代の遺跡ここで得られる情報ってことは、ストーリーにも絡んでくるんだろうな」


 しっかりと覚えておこう。


 他の書物もミスィリアがまとめた旧代の情報や、年鑑のようなものだった。言ってしまえばこのゲームにおける聖書だ。


「こういうのは考察勢に任せておいて、先行くか」


 後でネタバレにならない程度に考察系動画を見てみよう、と。そんなことを思いながら部屋を出る。ちなみにこの部屋の書物はアイテムとして持っていくことはできないらしい。『世界を蝕む六種の業』を持ち出そうと試みたが、退室と同時にスッと消えてしまった。残念。


 先に進むと、屋根の崩壊で先に進めない廊下にあたった。その一歩手前の右手側には中庭に繋がる扉。崩落した廊下の代わりに中庭を通るということのようだ。


 現地人による注意書きだろう、『この先建物の崩壊によりミスィリア様の加護なし。モンスター出没。注意』と壁に書かれている。


「てことはこの先が祈祷室とやらだな」


 メタ的な推理だが、クエストの進行としてはモンスターとの戦闘を乗り越えてミッション達成、といった感じだろう。


 俺はずかずかと中庭へと足を踏み入れた。すると予想通りモンスター遭遇エンカウントのポップ。


【ハイハウンド 戦闘開始】


 初めて見た名前だ。そしてその姿も……。


 広さ3,000平米ほどの中庭、雑草や倒木で荒れ放題のそこには一匹の巨大な灰色の犬が居た。大きさはウッズハウンドの4倍程。たてがみのような毛を雄々しく携えている。


「デカいな。ボスキャラか?」


 グルルと唸る口元からは鋭利な牙が覗き、そこから涎が滴っている。それが一滴、ぽとりと落ちた瞬間。


「うおッ、とォ!」


 ハイハウンドは見た目からは想像できない速度で飛びかかってきた。すんでのところでのけぞり回避できたが、ウッズハウンドと違って大勢を立て直す暇は与えてくれないようだ。振り向くと同時に、俺の視界はハイハウンドの巨大な口に覆われた。


「いや怖っ――――」


 みなまで言わせてくれず、ハイハウンドは容赦なく俺の右肩に噛みついた。痛みは無いが、独特の不快感が肩甲骨からじわりと広がった。ダメージは……たしか視界の色で程度がわかるはずだ。大きな被ダメはない。


 だったら。


「悪いが、離れてくれ!」


 腰から<始まりの短剣>を引き抜くとハイハウンドへ斬りつける。ほとんど身体が密着しているような状態だ、完全に振り切ることはできなかったがまともにヒットさせることには成功した。


 たまらずハイハウンドは口を離して距離を取る。


「おおっ、ワンパンじゃない!」


 やはりボス級モンスターだ。灰色の大犬は再び地を這うようにして向かってくる。ウッズハウンドとは行動パターンが違う。そこを見れば厄介だが……。


「それだけだな……!」


 身を翻すのは<アボイドステップ>の効果による動き。回避と同時にハイハウンドへと向き直る。ハイハウンドに体勢を立て直す隙は与えない。今度はこちらが先手を取る番だ。


「これだけ試せてなかったからな」


 右手の短剣を構えると雑草塗れの地面を蹴る。野太い唸り声と共にハイハウンドはこちらへ向き直るが時は既に遅い。間合いに入った。


「<リップスラッシュ>!」


 感覚は<アクセルアタック>に似ている。短剣の振りが始まると、その剣先がなぞった軌道から鮮烈な赤い斬撃が迸る。


 一瞬だった。


 パァン、と。およそ何かを斬ったような音ではなく、物体同士の衝突によって何かが弾けたかのような音が鳴り響いた。


「…………そんな気はしてた」


 ハイハウンドは真っ赤なポリゴンとなって破裂爆散していた。後に残ったのは達成感の無さとドロップアイテム。


『<灰犬の大牙>

 鉄を砕き、鋼を喰いちぎる為の鋭い牙。

 加工をして武器・防具の強化に用いることができる。』


 拾い上げるとインベントリへ。


 ……先へ進んで適正レベル帯に行くまでの我慢だ。それまで無双ものを楽しむつもりでいこう。それも悪くない。


 そう自分に言い聞かせて中庭を抜けると一つの扉の前に出た。おそらくここが。


「祈祷室か」


 50帖はあるだろうか。そこそこ広い空間は白い大理石のような材で周り一面が作られていた。中心にはミスィリアが祈祷を行っていたであろう台。そこまで歩を進めると、台を挟んで向こう側からは現れた。


「開拓者がまた一人。喜ばしいことです」


 記憶と頭身はまるで違うが、それはキャラクリでお世話になったミスィリアその人であった。


「ミスィリア」


 ロールプレイ的には「様」をつけるべきだったろうか。しかし目の前の彼女はそんなこと気にせず「私は大妖精ミスィリアが後世の為に残した分身体です」と微笑んだ。


「ここに来たということは、貴方も『■』を探して旅立つのですね」


 その言葉に俺は首を傾げる。明らかに聞き取れない単語があった。無理やりに理解しようとすると……。


「ゆう……なるほど、Uか」


「今この世界は蝕まれています。その闇をはらっていけば、いずれ『■』はその手の中に収まることでしょう」


 蝕む、最近どこかで聞いたような表現だ。


「東に進めば『最果ての海』が、西に進めば『終の大地』が、南に進めば『不帰の宙』が貴方を待っています。どこを目指しますか?」


 …………ん? もしかしてこれ、どこを選ぶかによってストーリーが分岐するのか? こんな序盤で?


 湧いて出た俺の中の疑問をミスィリアは見透かしたように答える。


「人の数だけ物語はあります。どこを目指しても、いずれその物語の結末には『■』が待っているでしょう」


 やはりこれは選択肢だ。どこを選ぶかによってメインストーリーは変わる。……おそらくこの先でもストーリーは分岐していくのだろう。それこそ人の数だけ。


 なるほど、どうりで薄目でちらっと見た攻略Wikiが膨大な項目で埋め尽くされているわけだ。


「ちなみに北は?」


 イェンカのおかげで何となく答えはわかるが、それでも聞いておく。


「『始祖の谷』を越えることは今の貴方にはできません」


「今の、ね」


 楽しみなことを言ってくれるじゃないか。まあイェンカの言葉を信じるならば、未だ誰も始祖の谷を越えることができた人間はいないのだが。


 選択へと戻る。と言っても俺にとっては一択だ。


 たしか『ノークス渓谷イェンカの故郷』は西の果てにあると言っていた気がする。


「俺は西に進むよ」


 そういった瞬間、ミスィリアは微笑んだまま消えていく。


「祈っております。あなたの旅に祝福があらんことを」


 一際光が強く輝いたと思うと、ミスィリアの姿は完全に消え去り、代わりに目の前の台にはアイテムが置いてあった。


『<西の羅針盤>

 大妖精ミスィリアの祈りが込められた羅針盤。

 不思議なことに西しか指さない。』


「つまり壊れたコンパス……?」


 え、不良品つかまされたんですけど……。なんて冗談を脳内で吐きながらそれをインベントリへと収める。いずれ意味が生まれるアイテムだろう。大切にしなければ。


「さて、次のミッションは、と」


 そう言うと、呼応するかのようにクエスト通知。


『メインクエスト 西の旅路』


『西の都<オキディス>へと向かう』


 それを見て「とりあえずイニティアに戻るか」と祈禱室を後にしようとすると、ミスィリアが現れる前と比べて部屋が変わっている点に気づいた。


「……落書き?」


 それは、真っ白な部屋の壁や床へ血のような暗い赤色で書かれた五つの単語。資料室で見たミスィリアの文字にそっくりだ。


 先ほどまでミスィリアがいた方向に向かって右手側の床に『狂信の王』の文字。


 そのさらに向こう、右手側の壁に『群れの王』の文字。


 左手側の天井付近の壁には『虚空の王』の文字。


 真正面、先ほどまでミスィリアが立っていた位置の床には『外連の王』の文字。


 見回して背後、入退室用の扉に『捕食の王』の文字。


 これは……。


「メインストーリー絡みか、それとも……」


 そしてふと足元を見ると、焦げ付いたような跡。かがんで近づき見てみると、うっすらと赤い文字で何かが書かれていたような痕跡が見えた。


「それとも…………あれだ。最近のMMOで人気のやつか」


 ユニークボス。一度倒したら二度とスポーンすることのない、そんな超レアモンスターの存在。


「やっぱりAoUにもあるか」


 オフラインに籠りきりで蚊帳の外だった頃は「そんなに必死に倒したくなるもんかねぇ」なんて斜に構えてしまっていたが……。いざ目の前にその存在を突き付けられると、なるほどゲーマー魂に火がつくのも分かる。


 足元の消えた赤文字、おそらく一度一番乗りされた証を撫でると。


「俺もやっぱ一番乗りしてみたいわ」


 超人気ゲーAoUの前人未到要素を目の前に、自らの心が躍っているのがよく分かった。

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