武器とか防具を選ぶ時間って超楽しい

 旧代の遺跡でのミッションを終えたところで、しばらく遺跡内をうろついてからイニティアへと帰還した。たまたまストレートで目的の祈祷室まで行けてしまったおかげで出来ていなかった探索だが、落ち着いて隅から隅まで回ってみても大したものは見つからなかった。


 売却専用と思われる『錆びた食器』シリーズ。これまた錆びた『修道者の短剣』、イニティアで売っていた物と比べると能力値はかなり低い。そして――――


「…………あの宝箱だけ悔やまれる」


 あまりの勿体なさに思わず口をついて出てしまったのは、『祭壇』と名のついた部屋にあった白と金の装飾の宝箱。これを開けずして何を持ち帰ろうか、と宝箱に近づいたところでそのギミックは発動した。


『心卑しき探索者、開けるべからず』


 空中に光のインクで書かれたミスィリアの文字、宝箱をからに巻き付く眩い光の鎖。どれだけがんばって開けようとしてもロックは固く、ついぞ中身を拝むことは叶わなかった。


「…………供え物の金とったからかなぁ」


 イニティアへ帰る道中トボトボと歩きながら、絵画の中のミスィリアが残念そうな顔をしていたのは幻覚では無かったのかもしれないと肩を落とす。


「はっ! もしかしたら金を戻したら開けられたり……!?」


 思いつくも、もう一度森に戻る気力は残っていない。また気が向いたら試してみよう。


 宿へ戻るとイェンカが目を覚ましていた。


「おかえり。収穫はあった?」


 あくびを噛み殺しながら問う彼女に向き合う形で、俺はベッドへ腰掛ける。


「旅の進路が決まったぞ。とりあえず西を目指す」


 聞くとイェンカはうれしいような気まずいような、旅路決定の理由を見抜いた表情。


「なんか……悪いね。私のわがままに付き合ってもらっちゃって」


「気にすんなって。むしろそれが無かったら決め手にかけて悩んでたろうし、ちょうど良かったよ」


 困り眉で「ありがとう」と言うイェンカに対し、それよりも相談しておきたいことがある。


「今日の夜な、ちょっと知り合いと会うことになったんだけど、お前はどうする?」


 人目につく形で外に出るのはマズいのかもしれないが、パーティーを組んだNPC、それも化け物ゴブリンに追われている身の少女を単身行動させておくのは如何なものか。オフラインゲーでの経験からすると、野放しにした仲間NPCはたまに事故死するか好感度が急降下して裏切るか、いずれにしても俺の心を抉った経験がイェンカを一人にしておくのは良くないと言っている。


「うーん……その人は良い人?」


 ……わからないんだが。まさか話すのが二年ぶりとは言えまい。


「多分……」


「良い人か聞かれてそんな答え方することある?」


 えぇ……、とイェンカは呆れ顔。


「じゃあ正体隠して少し遠くから観察するからさ、それで私が判断するよ」


 正体を明かしても大丈夫かどうか。たしかにイェンカ=AIにその判断を下してもらうのはある意味賢明かもしれない。


「まあ、会って何するのかよくわからないからなぁ……。とりあえず任せるわ。もしあれなら宿ここに戻っててもらってもいいからさ」


「あいあい」


 砕けた相槌を聞きながらふと思う。


「あの不審者スタイルって結構バレないもんなん?」


 フードを被ってイブニンググローブを着用した素肌絶対見せないスタイル。恐らくイェンカは今までも人の目があるところではその格好で行動していたのだろう。


「そだね、今までバレたことは無いよ。まさか街の人間も目の前にゴブリンハーフがいるとは思わないだろうね」


「なるほどなぁ」


 つまりちょっとなら。イェンカと一緒に街を歩いても大丈夫ということだ。


「……なあ、お前が嫌ならいいんだけど街の案内してもらえないか?」


 人目につく形で外に出るのはマズいのかもしれないが(以下同文)。それにこんな宿を知っているくらいだ、道具屋等々良いところを知っているのではないだろうか。もしそうなら是非教えてほしい。


「別にいいよ。私もここに引きこもったままはやだしね。代わりにご飯おごってね」


「こ、交渉成立」


 まさかNPCに飯をおごる日が来るとは思わなかった……。まじで自由度高いな、このゲームのAI。


 タダ飯が食えるとウッキウキのイェンカはフードを目深に被りイブニンググローブで腕を覆い隠した。


「じゃ、行こっか」





 始まりの街、王都イニティア。北側に高く大きく構えられた城塞と、そこを見上げるように広がる城下町で構成されたとてつもなく広い街だ。城下町は大きく分けると宿屋区域、商店区域、居住区域、その他区域で分けられているとのことだ。商店区域は活気に溢れており、そこを行きかう人々は現在その半分以上がプレイヤーという比率になっているらしい。確かにすれ違う人間の殆どがネーム表示を掲げている。


 賑やかな街並みをはぐれないように移動していると、イェンカはひょいと大きな通りを外れて裏路地へと入った。


「この先の道具屋が買取価格の査定が優しいんだ。宿で見せてくれた食器とかはここで売るといいよ」


 そう言って指さしたのは『カパネラ商店』という古びた店。店内は落ち着いた雰囲気閑古鳥が鳴いていた。カウンターに店主であろうNPCの老男性おじいちゃんが佇んでいる。


 恐らく初心者の為に用意された金策用アイテムだったのだろう、旧代の遺跡で手に入れたアイテムを売り払うとそこそこの金額になった。安い武器や防具なら買えそうだ。


 ここで初めて思い出したが、ゴーゼンから奪った丸い何か、あれもインベントリに放り込んでいたのだ。取り出してみるとそれは金属のメダル。


『<古都ハルバラのメダル>

 悠久の願いを遺して滅びた古の都。

 ハルバラの民はただ祈る。』


 念のため買取額を訊いてみると。


「んん万GLゴル!? いや売っ、売らない売らない!!」


 これ一つ売ればどれだけ装備が充実するだろうか。それでも手放さないのはそれ以上の価値があったと分かった時に「あの時売らなければ」と後悔するのが嫌で嫌で仕方ないからだ。


 メダルを後生大事にインベントリへしまうと、イェンカを連れて急いで外へ出た。


「イェンカは『古都ハルバラのメダル』が何なのかは……?」


 裏路地を歩きながら訊くと「ごめん」と答える。


「価値があるのはわかるんだけど、人間の歴史にはそこまで詳しくなくて……」


 しょうがない。違う方法で調べよう。……ネットの知識に頼るのは最終手段だ。


「次はどうしようか。ランタンムシの翅とかを売るなら服飾店かインテリア系のお店に行った方がいいと思うけど」


「……とりあえずこの素材(?)は売らなくていいや。武器と防具を見てみたい」


「じゃあオススメはこっちだよ」


 裏路地を抜けて、再び大通りへと戻ると今度はそのまま大衆が利用しそうな店舗へ赴いた。『アイル&ビレッジ by 雲丹黒』という看板が目に入る。


 中に入ってみて驚いた。ここはNPCではなく人間、恐らく生産職から派生した商人系のプレイを楽しむ『雲丹黒』というプレイヤーが営む店であった。


「いらっしゃい」


 ソフトモヒカンのイケおじ風アバター、雲丹黒はサラッと俺の全身を見るとニカリと笑った。


「始めたてだな。旧代の遺跡で換金アイテムは集められたか?」


 アバター相応の口調で雲丹黒は問いかけてきた。なるほど、先ほどの商店での俺の推理は正しかったようだ。


「はい、もう金に換えちゃいました」


 うんうん、と。雲丹黒はスムーズに取引が進むことを喜ぶ。


「うちは駆け出しプレイヤー相手に色々装備のアドバイスをするのがウリでね。旅立ちに最適な装備を整えてやろう」


 なんだか少し怪しげに聞こえるが、イェンカが連れてきてくれたということは運営からの信頼度も高いプレイヤーショップだと考えていいだろう。


「遺跡のアイテムを売ったなら所持金は5,000GLくらいか?」


「んーと、7,000くらいです」


 良い店で売ったな、と。言いながら彼の目は再び俺の装備を見る。


「近接職か。目指す戦闘スタイルはあるかい? 特に決まってなければ、まず買うべきは防具より武器。今と同じ短剣でいた方が良い」


「と言うと?」


「防具による防御力アップにかまけると防御と回避を怠るプレイングになりがちだからだ。ぶっちゃけ次の街くらいまではそんなに強いモンスターも出ないからな。防御・回避を基本とした立ち回りを徹底するべきだ。そして短剣は取り回しが楽だからな。まあ、結局みんな長剣を買いたがるんだがなー」


 意外としっかりとアドバイスをしてくれる。これはたしかにイェンカAoUのAIも薦めるわけだ。


「そういうことをしっかり考えたわけじゃないんだけど、とりあえず回避中心のヒットアンドアウェイみたいなスタイルを目指そうかなって思ってるんすよね」


 似非パルクールのことだ。ゴーゼン相手にも意外と粘れたことから、この動きには可能性を感じている。


「そうなるとなおさら武器優先だな」


「そうっすよね。今の短剣これよりもう一回り小さなナイフでもいいかなって思ってるっす」


「ああー、いきなり攻めるなあ。武器のサイズが変わると慣れるまで大変だから、最初の方はそこだけ気を付けて戦闘をするようにした方がいいな」


 雲丹黒は何やらカウンターの裏側から羊皮紙を束ねたカタログのような物を取り出した。


「ピンからキリまでだ。7,000GLぜんぶっぱしちゃうか?」


 悪い顔……というより楽しい顔だな。雲丹黒おじさんはニヤニヤと笑う。「しちまいましょう」と言いかけて、おっと。


「この街で美味しいもの食べるとしたらいくらくらいかかりますか?」


 彼は唐突な質問に不思議そうな顔をしながらも応えてくれる。


「1,000GLもあればご馳走食べれるんじゃないか? あの洋食の名店、なんて言ったっけか……ここにもバーチャル出店してるけどそこでさ」


「じゃあ予算は6,500GLで」


「え、なんで!?」


 反射的に声をあげたイェンカの方を俺たちは見ると、フードを被った不審者はいそいそと店の隅へと逃げていく。


「…………じゃあその予算でいくと、この辺りか。……ああそうだ、今持ってる<旅立ちの短剣>を売却すればもうちょっと予算増やせるな」


 雲丹黒は、初心者が行うべきなのであろう金策を教えてくれたが、残念ながらそれはノーだ。


「これはまだメイン武器として使うんで大丈夫っす」


「へ、なんで?」


 双剣使いでも目指すなら最初はお勧めしない、とそう言う雲丹黒を「ちゃいますよー」と軽くいなしてカタログを見る。


 まさか適正レベル帯に行くまでのハンデとして担ぐのだとは言えない。


 にしても、嗚呼。この様々な武器の説明を見ながら吟味物色する時間は何と楽しいのだろうか。


 結局、待ち疲れたイェンカに脛を蹴られるまでカタログに噛り付いていたのであった。





 宿屋にて。


 現実世界リアルで言うところのダマスカス鋼のような刀身、その波打つ模様を眺めてウヒヒと笑う。


 <ベーシックナイフ>。雲丹黒の強い勧めで購入したこの武器は<旅立ちの短剣>より攻撃力が高いだけのただのナイフだ。ただ、AoUでは武器の強化として素材合成が可能らしく、どんな系統にも強化をしやすいベーシック武器シリーズは初心者が最初に持つべき武器、らしい。


 イェンカはジト目でそれを見ながら『グランテミートパイ(500GL)』に噛り付く。


 時刻は大体17時。待ち合わせは19時だが、それまでにしておきたいことがそこそこある。AoUゲーム内ではなく現実あっちで。シャワーを浴びて早めの夕飯を食べておき、あとは少し仮眠もとりたい。完全に生活リズムがめちゃくちゃになりつつあるが、まあ土日はそういうもんだ。そうそう、そういうもんそういうもん。……決して自分に言い聞かせているわけではない。


「じゃあ、イェンカ。ちょっとだけ準備のために離れるけど、知り合いとは19時にミスィリア像の前で待ち合わせだから、それまで宿屋ここで待っててくれ」


「あーいあい、わかったよ」


 ログアウトについてはNPCAIはごく自然に受け入れるようにプログラムされているようだ。変な言い訳を考えなくて済む。


「そんじゃ、またあとでな」


 二口目、大きくかぶりつくイェンカに手を振ると俺は目を覚ましたログアウト





 時刻は19時を過ぎている。場所は王都イニティア、ミスィリア像前。人目につかないようにひっそりと。


「……アタシ達で王冠種エクストラを倒すしかないでしょ」


 そう言う彼女を前にして。俺は『神田ちさと』を前にして、ただただ口元を引くつかせることしかできなかった。


 ――――時は遡る。

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