『センリ』

 神田ちさととの待ち合わせ場所に着いたのは18時45分頃のことだった。あらかじめイェンカに場所を聞いておいて正解だった。


 ミスィリアの銅像を中心にガス灯、樹木、ベンチ、そして小さく浅い噴水、規則的に配置されている公園。明らかにプレイヤーの交流用に作られていそうなこの場所は現実世界リアルにおけるハチ公前と同じ扱いなのだろう。待ち人と思われるプレイヤー達がこぞって集っている。


 誰も座っていないベンチ、その端と中心の間に座る。


「そういえばプレイヤーネームPN教え合ってないな……」


 ポツリと気づいて呟いてしまった。


 あれ、これ待ち合わせするの無理なのでは……。


 公園内に立てられた時計によると約束の時間まで10分を切った。神田が常識的な人間ならばそろそろ到着していてもおかしくない。


 公園内を見回すと、一人で待っているプレイヤーは結構多い。しかし、見た目を自身の性別に合わせていると仮定して、女性アバターに絞って探すとそんなに多くはない。


 初心者であろう、俺と同じような防具を身に着けたブロンド髪女性。秘術職を選んだのか黒いマントを羽織った魔女っ子。何を追求したらそうなるのかわからないバンギャ風の格好の女の子。フードを目深に被ったイェンカ。背中にゴツい弓を背負ったピンク髪の天使風装備の恐らくやり込みプレイヤー。


 とりあえず初心者装備は外してもいいと思うが……、あの中に神田がいたとしても判別がつかない。


 ……たしか、アバターの頭上に周囲に向けてメッセージを十秒程表示する機能があったはずだ。それを使うか。


「……リアルネーム出すのはご法度だし……これしかないか」


 俺の頭上にポンッ、と。『みたらし団子モカ』の文字が浮かんだ。


 昼に神田から押し付けられた激甘汁。これなら彼女に伝わるだろう。ちらりと周囲を見回すと「まじか」という表情でこちらを見る『センリ』というプレイヤーが一人。


「なーにその見た目アバター。めっちゃ陽キャじゃん」


 語尾に"w"でもついていそうな口調で近づいてきたのはバンギャ風。


 ……よりにもよってこれか……。一言で表せばボブヘアーの女の子……なのだが……。彼女は一言で表すべきでない、そんな情報量の爆弾となって俺の前に現れた。


「お昼ぶりー。アタシだよー」


 向かって左側の顔が顎まで伸びた黒い前髪で隠れており、向かって右側の髪は真っ白だ。数本のヘアピンで無理やりかき分けるようにして開けられた隙間からは青い瞳が覗いている。黒い方の髪には白いアクセサリーがいくつか飾られている。×バツの形が二つ、その下に十字架風の意匠。


「……なにそれって、それはこっちのセリフなんだが……」


 首から下も異彩を放つ。小さな錠前がつけられたチョーカーが目を引いた後はさらにその下、右肩を露出した衣服がファンタジー感を完全に打ち消す。赤いハートが閉じ込められたあばら骨、そんなロックなデザインが施された黒いシャツ。それは太ももまでの丈があり、その下からは黒いストッキングのような物を身に着けた脚が伸びる。……ちなみに右肩を出しているが故に露出されている右の鎖骨、その下には×バツが二つ並ぶ形でボディステッチがあしらわれている。


 じらいけいバンギャふう じょせいプレイヤー があらわれた。


「情報量が多い……!!!」


 ようやく脳が視覚情報をかみ砕いたところで神田、改めセンリが目頭を押さえる俺の顔を覗き込んだ。


「えーと、リンドウくん……でオッケー?」


 #rindouPNの読み方の確認のようだ。


「合ってるよ。そっちはそのままセンリ、さん?」


「そそ。呼び捨てでいいよー」


 センリが座るスペースを空ける為に、俺は「そっちも呼び捨てでいいよ」と言いながらベンチの端に寄った。


「や、アタシのこれはキャラ付けみたいなものだし、これからもくん付けでいくね」


「さいですか。……で、何から話せば……何から話せばいいんだ!?」


 元から会話には困るだろうと思っていたが、アバターのパンチ力のせいでことさらに何を話せばいいのかわからなくなってしまった。


「あ、この格好? 趣味っていうか、してみたいなーって思ったからしてるだけ。バンドとか流行ってるのしか聞いてないし」


 語尾がwっているのは彼女の癖なのだろう。


「その服は……防具?」


「一応ねー。<魔女の休日Ⅲ>にオリジナルデザインしたんだ。アタシ、サポート特化の秘術職だからさ、あんまり防御力追求してないんよね」


 補助魔法職サポーターかぁ……見当もつかなかったよぉ……。


「てかリンドウくんこそ、なんでそんなヤンチャな見た目してんの」


 今度は"w"が三つついていた。


「……なんとなく」


 夜中のコンビニで遠巻きに見た陽キャ集団に引っ張られたなんて口が裂けても言えない。


「ま、いっか。アバターそれ、カッコいいよ」


 特有の間の詰め方に不覚にもドキリとしてしまう。決してカン違いはしないように気を付けて。


「でで、どう? どこまで進んだ?」


 ここでようやく主題。センリの問いにどう答えるか悩んで、俺は駆け引きとかそういうのが得意ではないことに思い至る。まあセンリこいつ相手にならいいか。


「先に言っとくと、"色々あってな"」


 メニュー画面を開くとセンリへと向けた。


「? 見して見してー」


 表示されているのはレベルとメインクエスト。『クエスト』の項目を開かなければ『ユニーククエスト 或る少女の用心棒』は表示されない。


 果たして地雷系バンギャ風センリの反応は。


「…………」


 固まっていた。


「おーい」


 隠れていない方の目の前で手を振ると、センリはぶつぶつとつぶやく。


「クエスト的には遺跡終わった直後……たしかそうだよね? ん? 42?」


 ふと左目の視線がメニュー内の俺の名前、その上の称号に移った。


「<光甲虫の乱獲者>? ランタンムシ狩りまくるやつ……。え、ランタンムシあれでレベリングしたの!?」


 いや違いますそれはゴーゼンから逃げまくった時のオマケみたいなものです。


「だから…………色々あって」


 それ以外言いようが無い。不自然にセンリから視線を逃がす俺を、彼女は逃がさないようで。


「何か特別なのに遭遇したっしょ?」


 じろりと青い瞳がこちらを向いたのがわかる。じりじりと近づいて来るセンリから必死で顔を逸らしていると、急にそれは止まりため息をついた。


「まあ、他人ひとのユニークを詮索するのはマナー良いプレイとは言えないし……。アタシはあんまり深くは訊かないけどさぁ」


 左目と口の端だけが覗く見ようによっては異質な顔が遠ざかった。俺はホッと一息。


 これは俺なりに考えた一つの試験でもあった。即ち『神田ちさと』という人間が信用に値する良い人間かどうか、それを俺なりに見極めるための試験。今後、センリとはどの程度の付き合いをしていくのか現時点ではわからないが、これからどうなるにしてもイェンカの扱いを慎重に決めるための判断材料が欲しかった。


そういうのとか珍しいクエストや情報を狙ってる輩もいるから気をつけんと駄目だからね?」


 わかっている。重々承知だからこそメニュー画面を見せたのだ。


「『赤ラム』なんかに見つかったら最悪だからね? マジで気をつけなよ?」


「あからむ?」


 訊き慣れない言葉だ。プレイヤー名か、それとも……。


「ああーそっか、始めたてだとクランとかも知らんよね。『赤いラム酒を飲む会』っていうクランのこと」


 言いながらピキリと、センリは目元をしかめた。


PKプレイヤーキラークラン。プレイヤーを殺すことだけ考えてるイカレ集団」


「そういうのもいるのか……」


 恐ろしい話だ。


「まあここからしばらくはPKとフレンドリーファイア無効の地帯が続くから安心かな。でもパーティーに入り込んで食事に毒盛ってPKした奴とかいるらしいから気を付けるようにね」


 そしてセンリは自分の目を指さす。……今気づいたがパステルブルーのネイルまでしてやがる。


「PKプレイヤーはアバターの白目が赤くなる仕様だからそこも注目するように。両目隠してたりフルフェイスの防具つけてたら、まずはPKかどうかを疑った方がいいよん」


 それを聞いていた俺がセンリの右目(があるであろう位置)を見ているのに気づいたのだろう、彼女は「赤くなるのは両目!」と形だけ頬を膨らませた。


「冗談だって。悪い悪い」


 ははは、と笑う自分に、俺は何だか違和感を覚えていた。武器防具やの雲丹黒と話しているときもそうだったが、やはりコミュニケーションが滑らかに行えている。森でも思ったが、やはりこの見た目アバターは俺に自信を与えてくれているようだ。サンキュー陽キャ。


 センリというプレイヤー神田ちさとという人間は初心者のことをしっかりと考えてくれる良心のある人物であるということがわかったが、一応念のためにもう一つの試験を仕掛けてみよう。近くも遠くもない場所にいるイェンカにちらりと目配せを行うと、インベントリからある物を取り出した。


「そういえば、これは何だかわかるか?」


「んー、なになに? アイテムー?」


 ぎゅうと握り込んで、それをセンリの前へ掲げた。彼女の助言通りに、他プレイヤーからはよく見えないようにもう片方の手で隠しながら。


 果たしてそれを見たセンリは、青い瞳を要するその目を見開いた。


「は、ハルバラ……!?」


 それは数舜の硬直。すぐにセンリは「早くしまって」と小声で俺を𠮟りつけた。


 予想外にシリアスな反応に、俺は「お、おお」と従った。彼女は再びぶつぶつモードに入る。


「『古都ハルバラのメダル』って……あのハルバラ? メダルってあの祭壇の……? …………え、『』がいるかもしれないところの……!?」


 センリが小さく呟く言葉を聞きながら、俺は置き去りになりつつもをひしひしと感じ取っていた。


 何か大きいうねりが始まろうとしていた。

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