王の名を冠する者達

 センリが落ち着きを取り戻すまで数分。深呼吸、そして彼女は「どこから話せばいいか……」と眉間をぐりぐりと指で圧した。


「リンドウくんは『Exエクストラボス』って聞いたことある?」


 訊ねておいて答えは予想できていたのだろう。「いや」と言ったところで「だよね」と手早く頷く。


「いわゆるユニークモンスター、中でも一回限りしか討伐できないユニークボスのこと。AoUではユニークボス関連のクエストを『Exクエスト』って表現されるから、『Exボス』とか単に『エクストラ』って呼ばれてるんよ。ゲーム内でのNPCとか書物から手に入る情報では『王冠種』って呼び方もされてる」


「王冠……?」


「旧代の遺跡で『なんとかの王』って文字見てない?」


 ハッと思い出すのは旧代の遺跡。ミスィリアの祈祷室でユニークボスの存在を確信した瞬間のことだ。


「『王』を冠する種族の特異点……だったかな。どこかの物知りNPCがそう言ってたらしいよ」


 記憶をほじる。確か遺跡の祈祷室には、足元にあった消し跡を含めると全部で六つあったはずだ。


「全部で六体?」


「って言われてる。そのうち一体は討伐済み」


 やはりあの焼け焦げたような跡はそういうことだったか。


「討伐されたのは『吸生の王』。フェアネルウッズっていう種族の樹木系モンスター。たしか名前はラーボルト」


 種族って言ってもその一体しかいないんだけどね、とセンリは言う。


「樹木系? 人面樹みたいな?」


 ユニークボスと聞いて身構えていたら意外とニッチなモンスターが選出されていたようだ。


「人面ではないけど、まあ多分想像してるのと大きな違いは無いと思うわ。討伐戦の様子が録画されててネットにアップされててね、アタシもそれ見たんだけどラーボルトの見た目えぐ過ぎて笑ったもん」


 曰く。屋久島の縄文杉程の大きさ。幾つかあるうろからは巨大な目玉が覗いている。枝になる果物は落ちると破裂して毒の果汁を撒き散らす。専用のマップに根を張り巡らせていて地中からの攻撃に用いる。本体、頭上の枝、地面の根、ラーボルトの身体には養分となった無数の人間の死骸が巻き込まれている。


「こいつの設定作ったやつ頭おかしいと思うんだけど、ラーボルトの生息地って『旅立ちの森』なんよね」


「初心者用マップじゃん……」


 初心に立ち返った結果Exクエストに遭遇するとかならいいが。


「旅立ちの森にはレベル制限、それも低い方の制限がかかったレベリング用の狩場隠しエリアがあってね。さらにそこから入れる『見捨てられた庭園』っていう隠しマップがあるんよ」


「……初心者しか入れないじゃん」


「その通り。そこで隠しマップに迷い込んだ初心者たちは、わけもわからず地面から伸びてきたラーボルトの根に殺される、と」


 それはエクストラ特別なクエストとして成立しているのだろうか。


「初心者しか入れない所にいるって、それ手も足も出ないだろ」


「それがね、ちゃんと違うルートもあったの。サービス開始から半年くらい……言うても隠しマップ、それも隠し狩場だから情報があまり出回らなくて、『見捨てられた庭園』の存在は半ば都市伝説みたいに語られてきたんだけどね。攻略ガチ勢クランの『開拓者達フロントライン』が本気で探索した結果、ついにExクエスト『別離の庭に囚われて』が発生したの」


 なんだかセンリの熱が上がってきた気がする。ふんすと鼻息を荒めにして熱弁する彼女はやはりゲーマーだ。


「ラーボルトは当たり前にLv100+だし、戦闘開始直後に毒の実を落としまくる範囲攻撃してくるわ、ボスステージにいるだけで体力HP魔力MPもスタミナもガンガン吸い取られるわでめっちゃムズかったらしくてね。結局、『開拓者達フロントライン』とあとクランがいくつか合同で討伐作戦に乗り出して、クエスト発生から3か月かかってようやくクリアされた、と。まあその討伐戦のせいでクランが二つ潰れたんだけどね」


 だから情報量が多すぎるだよなぁ……。というか濃度が高いというか何というか。


 中でも一番衝撃が大きかったのは。


「クランが潰れるって」


「ビビるでしょ」


 ニヤリとセンリはwう。若干呆れのような感情も入っている。


「このゲームって運営の認可が下りると収益発生するでしょ? 知らない? するんだよ。で、大きなクランではそれなりのリアルマネーも動くんだけど、ラーボルト戦で大量のアイテムと装備が喪失したり、ラーボルトに延々と吸生された結果トラウマになったプレイヤーが脱退したりで、クラン運営がままならなくなっちゃったとこがあってね」


 それで中規模クランが二つ潰れた、と。「ちなみに『開拓者達フロントライン』も当時ちょっと苦しくなったんだって」と、センリはそう言う。


 ここまで長々と聞いてきた『王冠種エクストラ』について。


 ……で。


「そのExボスがこれ……あれに何の関係があるんだ?」


 インベントリから『古都ハルバラのメダル』を取り出しかけて、センリの視線にそれを止められた。


 そもそもの話はあのメダルについてだ。いきなりExボスについての講釈が始まった理由は……うんまあ何となくわかるが……。


「旧代の遺跡の祈祷室にあった赤い文字。あれね、Exボスの大体の居場所が記してあるんじゃないかって噂なんよ」


 言われて確かに。


「消された文字は足元だった、ってことは吸生の王ラーボルトの位置と『旅立ちの森』がリンクしてるってことか」


 それぞれの『王』の文字は、旧代の遺跡を中心にマークされているという考察。


「そそ。でね、さらに詳しくマッピングしてみると大体の方角も割り出せて、それぞれの方角の怪しいマップとかダンジョンにExボスがいるんじゃないかって目がつけられるのが現状」


 ここまで来れば例のメダルと『王冠種エクストラ』の関連が大体想像できるようになる。


「リンドウくんがさっき見せてくれたアイテムの名前は『古都ハルバラのメダル』。もうわかるっしょ? ここから西にあるハルバラっていう遺跡がね、『狂信の王』のいる可能性高めな場所なんよ」


 急に思い出したように小声になるセンリに引っ張られて、俺も周囲をこそこそ確認しながら彼女の話を聞く。ちらりと目に入ったイェンカは、フードに隠れて表情を確認できない。


「ハルバラの奥にある祭壇にね、何か丸いものをはめ込めるようになってるところがあるんだけどどれだけ探索をしてもそのアイテムが見つかってないんだって」


 トン、と。パステルブルーの爪でセンリは俺の胸当てチェストプレートを軽く突いた。「それかも」と囁くその声は期待に笑う。ドキリと俺の心臓が高鳴ったのは何に対してだろうか。


「ま、まったく見当違いの可能性もあるだろ」


 手の甲でセンリの腕を除けるが、彼女はひらひらと俺をおちょくるようにその手を胸当てチェストプレートへと舞い戻らせる。


「ドンピシャの可能性もあるじゃん」


 その目は誘惑。俺の心、いや魂を揺さぶる。青い瞳が思考を吸い込もうと迫る。


「相手は一回しか討伐できない超強敵。もちろんリンドウくんのレベリングとかもあるし、すぐにとは言わないから。……ね?」


 時刻は19時を大きく回った。時は進み続ける。


「アタシ達で王冠種エクストラを倒すしかないでしょ」


 そう言う彼女を前にして。俺はただただ口元を引くつかせることしかできなかった。





@@@@@お知らせ@@@@@

第一章「Age of U へようこそ」終了です。ここまで読んでいただいて感謝感激です。

もし楽しんでいただけていたら♡か★で応援いただけたら幸いです!

今後もAoUを何卒よろしくお願いします。


あと、近況ノートに登場人物のキャラビジュアルを投稿しました。

ぜひご確認ください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る