狂信の章『遥かな祈りは誰が為に』

パーティー結成

「リンドウ、いいよ。信用しよう」


 沈黙を切り破ったのは目深のフードの奥から発せられた声であった。ミスィリア像の影に位置するベンチ、そこに座る俺とセンリの前に小さな人影が立っている。


「イェンカ、ちょっとややこしくなるから今はまだ――」


「この子が例の”色々”ってこと?」


「…………」


 時すでに遅し。センリはずばりイェンカというNPCの特別感を嗅ぎ分けていた。


 たしかに判断は任せると言ったが……。俺はちょっと待ったをかけようとするが、それに先制してイェンカは言う。


「いいんだよ、リンドウ。これは私にも利がある話だから」


 その声からフードの奥の闇の中でニヤリと笑う顔が想像できた。


「古都ハルバラはここから西にあるからさ、進路的には問題ないじゃん? それにこのひと、相当な秘術の使い手だね。一緒にいれたら頼もしいと私は踏むよ」


 今度はセンリが置いてけぼりになる番だ。「?」という表情で俺とイェンカへ交互に視線を送る。


「うんうん、アタシ100+カンストだからね。頼もしいぞー?」


 さらっと廃人宣言……いやまあリリースから一年経ってるしそこまでではないか。だとしても相当やり込んでいる宣言をさらっとしやがる。


「…………」


 それでも、いや、だからこそ。イェンカの存在、そしてユニーククエストの情報の持つ力はしっかりと理解しているだろう。先ほど密かにセンリへ課した試験の結果を見ても、彼女は悪い人間ではないことはわかっているが……。


 未だ煮え切らない俺に対して、イェンカは少し腰を落として俺の顔を見つめた。フードの奥で赤い瞳が微かな月光を浴びている。


「リンドウさ、さっき誘われてた時、すごくワクワクした目をしてたよ?」


 ドキリ、と少しの気恥ずかしさ。そしてAI、否、イェンカへの驚きをもって俺はゴブリンハーフへ視線を返した。


 ご明察。センリの話を聞きながら、そして詰め寄られながら。あの時、俺は正直ワクワクが止まらなかった。


 現実世界リアルと違って、オンラインでもゲーム内なら自信をもって生きられるなんて思い始めていたが……。この世界で得られる感覚はあまりに生々しく、そして実際の人間とも交流できてしまう。そのせいか現実世界リアルでの生き方と同じ堅苦しさをAoUここに持ち込んでしまっていたようだ。


 これはゲーム。


「どうせならリンドウの楽しい旅をしようよ」


 イェンカの言う通り、楽しまなければ意味が無い。


「あーーー、わかったよ。その通り、俺もやりたいよ」


 イェンカへ向かって言う。


「当初の計画は変わらないぞ。西へ向かって進んで、その途中でちょっと寄り道だ」


「あいあいさ!」


 そしてセンリへ向かう。


「お前の話に乗る。……そうするうえで俺は一つ重要な情報を開示しなきゃいけないが、信用してもいいんだな?」


 この先同行するとなると、イェンカ関連の話は隠しとおせなくなる。それに関しては――――


「信用? あ、じゃあパーティー……いや、いっそのことクラン作っちゃおっか」


 ……なんでこいつと話してると話題が急激に飛躍するんだろう…………。





 場所を移してお世話になっている『マムシの巣』。


 おれは じんせいで はじめて おんなのひとを ほてるへ つれこんだ。


 イェンカは例外だ。


「ここでなら人目も気にならないだろ」


 店主NPCに変な目で見られながら三人で入室。テーブルに備え付けられた椅子二つに俺とセンリが、未だフード姿のイェンカはベッドにちょこんと座った。


「クランの話はまた今度でもいいから考えておいてねー」


 とりあえずセンリとはパーティーを組むという話で合意した。やたらクランを作りたがるのはユニーク(複数)を抱えているであろう俺を逃がさない為だろうか。そんな勘繰りは意にも介さないようで、センリはパーティー結成の準備を淡々と進める。


「リーダーはリンドウくんにしよ。パーティー組んだら脱退条件だけ先に設定してね、速攻合意しちゃうから。条件は『双方同意』にして『無期限』とか設定すれば、アタシが勝手に情報だけ持ち逃げすることはできないよん」


 これらの提案は素直に誠意の現れとして受け取ることにする。諸々の設定が終わり、晴れて俺、イェンカ、センリの三人パーティーが結成された。わーい、両手に花だー。


「それじゃあ……イェンカ、いいか?」


 センリがパーティー情報を確認するのと同時に、「もうフードはいいぞ」と目配せをする。白い頭髪がランプの光を浴びるのと、センリが「うぇっ?」という奇声を発したのはほぼ同時のことであった。


「ご、ゴブリンハーフ……?」


「私はイェンカ。よろしくね」


 二人の邂逅を前に、俺は恐る恐るセンリの左目を見る…………良かった、¥マークにはなっていない。


「イェンカちゃん……えっ、ゴブリンハーフ!?」


 センリがベッドへと視線を振り回すと、そこにいるのは薄緑色の肌、白い髪、尖った耳、赤い瞳、ゴブリンハーフ。


「初めて見た……えっ、かわいー!」


 耳触るのって失礼ー? なんて言いながらイェンカへ迫るセンリを見ながら解説を始める。


「イェンカとは旅立ちの森で出会ったんだよ」


 追いかけっこのこと、強奪者ゴーゼンのこと、『古都ハルバラのメダル』を手に入れた経緯、今発生しているユニーククエスト『或る少女の用心棒』のこと、西の果てとやらにある『ノークス渓谷』に行かなければいけないこと。


 虚無顔のイェンカをひたすら寵愛しながら話を聞いていたセンリは、呆れ気味に笑って「リンドウくんてMMO初めて?」と唐突に核心を突いた。


「へっ? や、まぁ……」


「だと思った。さすがに自分の持ってる秘密を軽く公開しすぎ」


 要約して「お人好し」と言っているかのような、そんなセンリの表情に悪意は無い。「話したのがアタシで良かったね」と例の如く語尾を笑わせる。


「ゴーゼンなんて個体のモンスター初めて聞いたし、そもそもLv100+のエネミーもExボス以外にいないと思ってた。ユニーククエストもそんな名前の知らないし、ノークス渓谷とかどこやねんーって感じだしね」


 もうちょっと情報をぼかして共有するよ普通、と。センリはイェンカをかかえる形でぎゅーと抱きしめた。


「たすけてりんどー」


 SOSを発する声をスルーしたのは軽く落ち込んだからだ。


 ……さすがに駆け引きできなさ過ぎて自分が情けなくなる。


「まあ、今後その辺はアタシに任せなー? アタシの役目に情報管理も加えとくからさ」


 青い瞳が打算の色を写しているように見える。やはりクランで俺を囲い込むのが最終目的のようだ。


「アタシはリンドウくんの情報で潤うから、リンドウくんもアタシの知識と力添えで潤おうね?」


 ようやく見た目と言動が一致したような、そんなセリフを彼女は吐くのであった。


「……それはまあ追々考えるよ」


「絶対オトすから」


 ネタとしてか、地雷っぽい発言。センリは自分のセリフに堪えきれずに吹き出した。


「なんてね。……さて、次の本題に入ろっか」


 Exボスの具体的な情報について。


「なんだっけ、狂信だかなんだか」


「うん、『狂信の王』……恐らく古都ハルバラに潜む王冠種エクストラ。種族はリッチだろーね」


 おっと意外だ。


「種族まで割れてんのか?」


 その通り、と。センリは大げさに頷いて見せる。ランプの光に照らされて、大きな影がぐわんぐわんと揺れた。


「考察だけどね、十中八九当たってると思う。旧代の遺跡で資料室って行った?」


 はて、どうだったか。逡巡し、思い至る。


「七つの大罪みたいなの書いてある本のあった部屋か」


六業ろくごうね。六って数字、何かピンとこない?」


 そりゃもうピンピンだ。赤い文字プラス消された跡の数。


「Exボスの数だな」


「そのとーり。あの本全部読んだ?」


 すぐさま首を横に振る。広辞苑くらいの厚さあったぞあの本。


「まえがきだけ。六業それぞれの内容とかミスィリアの体験談が書いてあるのはちょっと見たけど」


「その内容が大事なんよ。イェンカちゃん、ミスィリア様が定めた六業、全部言える?」


 センリは自らが抱えるイェンカへ視線とセリフを落とす。虚無顔継続のイェンカは無気力気味に口を開く。


「えーと、たしか……『暴虐』と『乱獲』……『烏合』……『欺瞞』……」


 ん-と、と首を傾げるイェンカに助け船。


「『落魄』と『盲目』だ」


「おお、よく覚えてんね。ちょっと引いた」


「なんでだよ……」


 冗談地味たやり取りを挟みつつも、センリの講義は進む。


「けっこう前に、それぞれの業とExボスは対応してるんじゃないかって説が出てね。『暴虐』って本にどんな書かれ方してたか覚えてる?」


 少しだけ記憶をほじくって、自信は無いが答える。


「弱い者いじめするな、とか搾取するな、みたいな」


「大体あってる。……初心者標的にして生命力とか吸いまくってた『吸生の王ラーボルト』のこと言ってるみたいじゃん?」


 言われてみればそう思えない事もない。「うん、まあ……」と頷く。


「で、言葉の意味とか消去法とかで組み合わせると『乱獲』と『捕食の王』、『烏合』と『群れの王』、『欺瞞』と『外連の王』、『落魄』と『虚空の王』、『盲目』と『狂信の王』ってなるわけよ」


 そこであの本、と。センリはまたもや大げさに指を立てる。


「六業について書かれたあの本、例えば『暴虐』のことが書かれた文章中に、霊樹クラ柳を全て枯らした樹木系モンスターの異常個体を、ミスィリア様が特別な空間に隔離したっていう記載があるんよね。つまりそれが『吸生の王ラーボルト』」


 めっちゃ早口のセンリは止まらない。


「同じ手法で特定されたExボスの種族はあと三体。『落魄』『虚空の王』がドラゴン系統、『欺瞞』『外連の王』がなんとミミック…………そして『盲目』『狂信の王』は死の司祭リッチの異常個体」


 それがアタシたちの挑む相手、と。さも当然の如くイェンカの頭頂部を撫でる形で手を置く。ゴブリン少女はもはや諦めた表情。


「リッチってことはアンデット系統だよな? 装備とかアイテムをアンデット特攻で固めるのは必須か。……そういうのあるんだよな?」


「もちろん。だけどね、そういうのも大事だけど、もっと基本的なことも重要じゃん?」


 ……重々承知だ。センリの言葉を思い返すと、Exボスは当たり前のようにLv100+カンストだと言う。


「レベリングかぁ……。まだ最初の街にいるのになぁ……」


「何言ってんの。イニティアにいるからこそだって」


「……?」


 困惑する俺に対してセンリは得意げに言う。


「どーせ旧代の遺跡のお金拾っちゃってるでしょ? そのせいで宝箱開けられなかったでしょ?」


 それが正解、と。センリはフフフンと笑うのであった。

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