多分これが一番早いらしい(中級編)

 やってきたのは旅立ちの森、旧代の遺跡。玄関ホールでミスィリアの絵画を見ると「めっちゃ悲しそー」とセンリはケラケラと楽しそうに言う。


「リンドウ、ネコババしたんだ……。よりにもよってミスィリア様の供え物から……」


 NPCの反応が一番リアルなリアクションなのだろう。イェンカのドン引きした声に当時の罪悪感を思い出させられる。


「まーそれが正解なんよ。お金戻せば『祭壇』の宝箱は開けられるようになってそこそこのアイテムをゲットできるけど、そんなん全然美味しくない」


 曰く、施錠された状態の宝箱が現存している場合に限って使える中級者向けのレベリング方法があるらしい。


 祭壇に到着。等間隔に並んだ円柱に囲まれた円形の部屋、入口から向かって奥側には厳つい騎士の像が立っている。その中心にまさに祭壇と思われる台が鎮座、そこには白と金の装飾の宝箱が手つかずのまま置いてある。無理やり開けようとして『心卑しき探索者、開けるべからず』のテロップが浮かぶだけ。……なのだが。


「これを武器なり魔法なりで攻撃してこじ開けようとするとあるギミックが発動するんだよね」


 そう言ってセンリは懐から長さ30cm程の何かを取り出した。「ハイレア武器<第三ノ腕>。かっこいいっしょ」と振るのは襤褸切ぼろきれが巻き付いた木乃伊ミイラのような腕が青い石を握り込んだ形の杖。無言で「趣味悪いなぁ」と見ていると、センリは宝箱に向かってその悪趣味ワンドを振った。


「<アクアショットⅡアクアショット>」


 パァンッ、という音と共に宝箱にソフトボール大の水塊がぶつかり、箱は派手に転がった。するとミシリと異音。


「ん?」


 俺とイェンカの視線が部屋の奥へと滑った。音の発生源は厳つい騎士像。パラパラと石膏のような物が剥がれ落ち、その下から白金の鎧が顔を出した。


【修道騎士ロアの執念(Lv99) 戦闘開始】


「はぁ!?」


 いきなり現れた通知、そこに書かれたレベル表記を見て驚愕していると、修道騎士とやらは手に持っていた大剣を振り上げて突進してきた。


「気を抜かない! こっち来て!」


 センリは祭壇この部屋の入り口付近で手を振っている。


「イェンカ、行くぞ!」


 ゴブリンハーフの小さな手をとって走り出すと、振り下ろされた大剣が耳をつんざく音を上げて白い床に突き刺さった。


「なんなんだアレ!」


 行動間隔も短い。鎧騎士は早くも床から大剣を引き抜くと、その刀身にオレンジ色の光を滾らせながら近づいて来る。明らかに何かのスキルだ。殺意が高すぎる。


「説明はあと! ほらこっちまで来て……よし、<付与:ハイジャンパーハイジャンパー>。あそこへ飛び乗って!」


 センリが指さしたのは祭壇入口扉の上にあるテラス風の装飾。足場として使えるようで、センリのサポート魔法のおかげか飛躍的に上昇したジャンプ力でそこへ飛び乗った。直後、俺たちが立っていた場所からオレンジ色の火柱が噴き上がる。


「よーしよし、これで……」


 センリが何やら呟きながら『修道騎士ロアの執念』を指さす。パステルブルーの爪のその先では、大きな鎧騎士が大剣を担ぎなおし、そして……。


「タゲが外れる。成功っ」


 Lv99の殺意の塊はターゲット探すかのように室内をランダムに歩き始めた。ガシャンガシャンという恐ろしい足音が木霊する中、「ふぅ」と俺たちは一息をつく。


「……安置か」


「あんち?」


 イェンカが「何それ?」と首を傾げる。回答に少し困ったが、騎士を指さして「弱い者いじめするための場所」と答えた。


「強い者じゃん」とイェンカは再び首を傾げるが答えを求めているようでは無かったので、それを放置して俺はセンリへと問う。


「説明プリーズだ」


「はいはい。あれは『修道騎士ロアの執念』っていうエネミー。ミスィリア様の財宝を守ってるみたいな設定だったかな。一定のダメージ以下の攻撃は全部無効化する初心者キラー」


 こいつもか。ラーボルトといいこいつといい初心者に厳しいな、おい。


「そんなLv99エネミーとの戦闘エリアに安置が、ねぇ……」


 どんな偶然が重なったのかわからないが、今俺たちが立っている場所は修道騎士の索敵範囲からは逃れている、と。


「始めたてのレベルや装備だと絶対に倒せないから、お金を絵の下に戻して宝箱を開けるのが普通なんよね。アタシもそうしたし。でもそうするとあいつは二度とスポーンしないんだわー」


 ロックされた宝箱を攻撃して無理やりこじ開けようとするのが戦闘開始の条件フラグだからだろう。


「だからこいつを安置使って倒せるのは、攻略Wikiとか見て中盤まで宝箱を温存した人か、リンドウくんみたいな稀有な存在。そしてそういう人をリーダーに据えたパーティーを組んだ人」


 これがアタシの欲しかった初心者特典その一、と。センリは人差し指を立てる。


 ガシャンガシャンと鳴り続ける金属音、それを目で追うイェンカ。俺は一つ首を傾げる。


「てかレベリングするんだよな? あれ一回倒すだけでそんな経験値貰えるのか?」


 ゴーゼンから逃げ切った時のように? だがあれはLv2からの上がり幅だ。プレイ中盤のレベル帯からそんな美味しい経験値が受け取れるのだろうか。


「それがね、あれを倒せるのは一回だけではないのだよ」


「おっ?」


 立てた人差し指をぐにぐにぐにぐにと曲げて伸ばしてセンリは笑む。


「とりあえず倒しちゃおうか」


 悪趣味な<第三ノ腕>を取り出すと、顔を半分隠した秘術師サポーターはそれをこちらへ向けた。


「<付与:ハイアタッカーⅡハイアタッカー>、<付与:ハイアクセラハイアクセラ>。そんじゃあ攻撃したらこの下に戻ってきてね。跳躍力強化ハイジャンパーかけるから。基本的にはその繰り返しで」


 ほらGO、と。センリに背中を叩かれて俺は飛び降りた。


「おわっ、と」


 着地したのは修道騎士の背後。音ではこちらに気が付かないらしい。今日買ったばかりの<ベーシックナイフ>を右手に握ると、素早く地面を蹴った。センリの補助魔法サポートのおかげかえらく体が軽い。


「<リップスラッシュ>!」


 赤い軌道が『修道騎士ロアの執念』の腰に直撃する。斬撃が横一文字に閃いた。どこから出しているのか、騎士は鎧の奥から唸り声のような音が響き、重心を見失いながらこちらを振り向こうとしている。


「で、戻る! センリ、とりあえずハイジャンパーアレはいらない!」


「えっ、だいじょぶ!?」


 その理由は<エアステップⅡ>の発動。三段ジャンプと単純な握力が活きて、俺は安置へと無事に戻ることができた。


「なにそれエアステップ……?」


「Ⅱな」


「二段ジャンプの先があったなんて……。てかリップスラッシュも40レベル台で習得できるものなんだ……」


 むしろそれ以外に殆ど持っていないんだが、これが。


「おうよ。これが40回分の多様化を犠牲にして得たものだ」


 自分で言っていて少し悲しいが、何かに特化するのも悪くない。ほら、騎士の動きも心なしか鈍い気がする。


「てか、意外と良いダメージ入ってんね」


 センリも感心してくれているようだ。


「強化魔法の持続時間はどれくらい?」


「60秒。そろそろ終わるからクールタイム待った方がいいね」


「てかセンリがここからちまちま攻撃すればいいじゃねえの?」


「アタシの攻撃魔法そんなに強くないし、自分には補助魔法の効果そんな強くかかんないし。そもそもリンドウくんが攻撃しないとレベルアップした時のステータスアップが平凡になっちゃうし。アタシは別に経験値だけ貰えればいいからさ」


「あーなるほど」


 そんなこんなでセンリの補助魔法のクールタイムが終わりそうになった頃。


「ね、センリ。魔術書かランタン系の装備って持ってない?」


 イェンカがセンリを見上げてそう問うた。「へ?」と急な質問にセンリは驚くも。


「えーと、どうだったかな。ちょっと待ってね」


 メニューを開いてインベントリの確認を始めた。


「えーと、たしかメント共同墓所で手に入れたのをそのままにしてた気が……あっ」


 センリは「あったあった」とをずるりと引きずり出した。


「けっこう先のマップのエリアでゲットしたやつ。<罪人の証明>、ノーマルアイテムだけど」


 干からびた頭部(皮のみ?)が三つ、それぞれの長い頭髪を束にしたまたもや悪趣味な道具だ。カラカラの頭部の目と口からは仄かに火が揺れるような明かりが漏れている。


「……それが"ランタン系"……?」


「そうそう、秘術職のプレイヤーとかが使う道具。……だけどなんでこんな――」


「ちょっとの間貸してもらっていい!?」


 イェンカが目を輝かせ、センリが「別に構わないけど」と言って<罪人の証明>を手渡す。


「え、イェンカちゃんってもしかして」


 その瞬間、干からびた頭部から漏れる光が一瞬だけカッと強く迸った。


「<バインドアンカー>」


 イェンカがスキルを唱え迸った光が騎士を照らすと、鎧に古代文字で書かれた文章のような物が。ぎしり、と。修道騎士はその動きを止める。否、止められた。


「15秒くらいは止められるから、その間攻撃しまくっていいよ」


 一瞬の間を置いて。いち早くセンリが状況に適応して俺へ強化魔法バフをかける。一歩遅れて俺も飛び降り、攻撃スキルを交えてひたすらにナイフを振った。


 制限時間。修道騎士を拘束していた古代文字群が薄まるのを見て、俺は再び<エアステップⅡ>を使って安置へとよじ登る。


「い、イェンカ……お前は」


「そうだよ。私は呪術が使えるんだ。ほら、"そこそこ"って言ったじゃん」


 それを聞きながら、俺はこっそりとメニュー画面を操作する。


「すごーい、イェンカちゃん。頼もしー」


 そういえば何故か確認をしていなかった。パーティー情報を開いてイェンカのステータスと見る……と……。


 イェンカ 種族:ゴブリンハーフ Lv64


 ああ、さいですか。


「装備もお金も無くなっちゃって、ゴーゼンの時はリンドウに頼りきりになっちゃったけど……。この先は装備もゲットできるように頑張るからね」


 グッ、と親指を立てた下で干からびた頭部が三つカラカラと揺れる。


「頼もしい限りです」


 俺は敬礼付きでイェンカを讃えたのであった。


 そこからは早かった。「あれ、もうそろそろ倒せるんじゃない?」と言うセンリの言葉通り、ヒットアンドアウェイをさらに2回繰り返すと修道騎士は膝をついた。その時点ではまだ討伐とは至らなかったが。


「<付与:ハイアタッカーⅡハイアタッカー>、<付与:ハイアクセラハイアクセラ>」


「<バインドアンカー>、<ウェザリング>」


「<リップスラッシュ>!」


 ダメ押しのもう1回で『修道騎士ロアの執念』は倒れ去った。後に残ったのは鎧の崩れ去る音と、宝箱に巻き付いていた光の鎖が弾け散った後の粒子の残影。


 アイテムはドロップしなかったが、経験値が入りレベルがLv42からLv45へ上がる。スキル<アーマーピアサー>も習得した。防具貫通系の攻撃か、それとも自己強化系スキルか、あとで確認をしよう。


「宝箱は開けちゃダメだからね!」


 センリはそう言って、いよいよレベリングの本髄について説明を始めた。


「今の状態になると、宝箱は開けられるけどそうしたらもうはスポーンしなくなるからね? 代わりに遺跡の外に出てまた中に入ると、ミスィリア様に供えられたGLお金が復活してるんよ。それをまたパクって――――」


 イェンカのドン引き視線を見ないようにしてセンリは続ける。


「――――またこの部屋に来たら宝箱が封印された状態に戻ってるから、それを攻撃すれば」


 無限に『修道騎士ロアの執念』を狩り続けられる、と。旧代の遺跡に入るとESに移行するし、そもそも狩場というわけではないから他プレイヤーの干渉が気にならないのもポイントだそうだ。


 これから先、何体狩ることになるかわからないが……。先に『修道騎士ロアの執念』へと手を合わせて……。


「おし、やるか」


 メインストーリーが最初の街で止まっている状態でレベリングに勤しむ捻くれたプレイヤーが爆誕したのであった。

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