幕間:夜の森と昼の学食

 AoUの世界に降り立ってから未だ二日、つまりイェンカと出会ってから未だ二日。センリに至っては日を跨いですらない。なのに驚き、俺のレベルはもう既に50に到達した。ひとえに『修道騎士ロアの執念』さんのおかげだ。あとイェンカの呪術とセンリの補助魔法サポートもか。


「今日はこの辺でヤメとくか」


『スキル<ルインズソウル>を習得しました。』


 レベルが50に上がったのを一つの区切りとして、スキル習得のポップを横目で見ながらイェンカに向かってそう言った。


「りょうかい。じゃあまた宿はあそこでいいかな?」


「いいぞー」


 俺とイェンカは連れ立って『祭壇』を後にした。ちなみにセンリは一足先に帰ったログアウトした。見たい深夜ドラマがあるとのことだ。<エアステップⅡ>のおかげで安置には独力で戻ってこれるので、その後も俺とイェンカは安置ハメをし続けたというわけだ。センリの補助が無いと火力的に苦労するかと思ったが、防具部位への攻撃に5秒間だけ補正がかかる<アーマーピアサー>が中々に良い仕事をしてくれた。全身防具の修道騎士には必須かもしれない。……おそらく同じ方法でレベリングしたプレイヤー全員が持っているスキルなのだろう。


 そしてそれはつい今しがた習得したスキルも……。


「発動してから10秒間、アンデット系のエネミーに攻撃を当てたらスキル効果時間中、対象の防御力ダウン……か」


「あの騎士ってアンデットだったんだね。鎧の中身はスカスカってことだ」


 死してなお、その魂を誇り高き鎧に縛り付け、不徳の存在から教主である大妖精の宝を守り続ける――――。それを安置ハメしてレベリングするとか俺達めっちゃ悪者じゃん。


「まあこっちにもこっちの事情があるからな。しゃーないしゃーない」


「?」


 何いってんだこいつ、と。お金ネコババループで感覚が狂いかけているゴブリンハーフに、俺はフードを深くかぶせて顔を隠させた。遺跡を出るとイベントシーンESは終わり、プレイヤーに目撃される可能性も出てくるからだ。


 夜の森でしか話せないこともある。


「……一応センリがいない時にお前とちゃんと話とかなきゃって思ってるんだけど、本当に付き合わせていいのか?」


 Exボスである『狂信の王』についてはイェンカのクエストとは何の関係もない。何がきっかけでユニーククエストの失敗フラグが立つのかわからないから、その辺は逐一しっかりと確認をしておきたい。


「別にいいって。むしろ無理言って付き合ってもらってるのはこっちなんだから」


 ……やはり自由度はかなり高いらしい。


「ゴーゼンも……今はどこにいるかわからないけど、逃げてるだけじゃ駄目だってのはわかってるから。強くなって……それで……」


「ああ、次こそは正真正銘俺がはっ倒すからな」


 イェンカがそう言うということは、つまりゴーゼンと決着をつける時もいずれやってくるはずだ。あの時全力の1割すら出していたか疑問なゴーゼンと、真正面から挑まなければいけないのがイェンカ絡みのユニーククエストだ。


 だからこそ。


「だからこそ――――」


 俺が心の中で言おうとしたセリフを、イェンカは声に出して口の端をきゅっと上げる。


「――――は無駄なんかじゃない」


 そう自分で言っておいて気恥ずかしくなったのか、イェンカは俺の腹部をバンッと叩くと駆け出した。


「ほらリンドウ! 早く行くよー!」


 その声は、遠くにあるのだろう正規の狩り場から響く音をかき消し木霊する。


「……ああ、そうだな」


 イェンカを追って俺も夜の森を歩み進むのであった。





 パーティー内で使えるメッセージ機能があるらしい。日曜日の朝、AoUにログインをすると羊皮紙を丸めたようなアイコンが視界の端に薄く出ており、そこに手を伸ばしてみるとなるほど手紙を手に取ることができた。


 差出人はセンリ。曰く「友だちと海行ってくんね! 今日はログインできない!」とのことだ。イェンカも当たり前のようにその手紙を持っていた。


 とりあえずパーティー内での短期目標は「とにかくレベルアップ!」なので、その日は『旧代の遺跡』に通い詰めて申し訳なさを込めながら修道騎士を狩りまくった。ゲームを始めて三日目、未だに最初の街から出ていない。……Exボスのほうが魅力あるのが悪い。


 日が明けて月曜日。講義のためにキャンパスへ赴かなければ行けない為、イェンカには「昼間は別行動で、何かあったらすぐ街に逃げ込めるように」と指示をしておいた。


 2限を終えて少し早めの昼食。まだ空いている学食へ足を運び、いつもと同じカレー炒飯セットを注文。炒飯にカレーがかかっているのではなく、半カレーと半炒飯が別皿で一緒に出てくるという狂気のメニューだ。俺は気に入っている。


 言うまでもないことだが、一人だ。ボッチではない、一人だ。一人は良い、人間関係に悩まされることなくあれ今日のカレー味気ないな何でだろう……。


 モグモグと。否、黙゛黙゛とカレーと炒飯を交互に口に運んでいると。


「ボッチ飯はっけーん!」


 ドンッ、と。俺の右隣のカウンター席にトレーが置かれた。きつねうどんだ。凡メニューめ。


「やっぱゲーム内と印象違いすぎー」


 椅子を引いて座ったのはウェーブのかかった茶髪、ぱちりとはっきりした目、神田ちさとであった。


 それはこいつにだけは言われなくない。


「……神田さんこそ」


 一瞬どう呼ぶべきか悩んで、すんでのところでセンリPNは避けられた。


「かたくるしい! AoUでは下の名前で呼び合う仲なのにぃ」


 お互い下の名前しか設定しないだろ。


「…………」


「ちさとって呼んでいいんだよぅ? それともちーちゃんとかー?」


 現実世界リアルでもやはり語尾に”w”だ。


「……ち」


「ちー?」


「ち……神田さん……」


「痴漢田さんは流石に傷つくわ……」


「そうじゃないが!?」


 思わず大きな声で否定をかけ、上半身を捻って神田へ顔を向けた。ニヤニヤと笑う顔が目に入る。


「そうやって普通に話してくれればいいのにー」


 …………。俺はそそくさとカレー炒飯セットへと向き直る。「まぁいいやー。リアルリンドウくん化計画は地道に進めるね」と恐ろしいことを口走りながら、神田センリはうどんをちゅるんと啜るのであった。

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