『ハルバラの獣』
目指すは『共同地下墓所』なるエリア。真っ当にハルバラを攻略していれば最後に辿り着く場所だと言う。スカルクロウにルインスハウンド、それにハルバラの『教会区域』と呼ばれる地区に入った途端エンカウントするようになった
「そっちの
「リンドウ! 今! <ウェザリング>!」
「サンキュー、イェンカ!」
共同地下墓所への入り口がある教会に近づくにつれ、ウェアヴォルフとの遭遇が増加する。この人型狼は基本的に鋭い爪での引っ掻き、もしくは接近時に繰り出す噛みつきが主な攻撃手段なのだが、人型に近いというのが体験として新鮮だ。今まで犬や蜂に烏、人型だとしても3メートルもある巨体を相手にしてきた故に、ウェアヴォルフの少し人間臭い動きは俺にとっては新しい刺激だ。
ウェアヴォルフの引っ掻きを避けつつ、地を蹴ると鉄柵を次の足場として蹴る。その音を追うウェアヴォルフの視界には既の俺の姿は無い。
「こっちだ」
<エアステップⅡ>を用いてウェアヴォルフの背後かつ頭上を取った俺は、両の逆手で持ったナイフをその頸椎に突き刺した。断末魔を溶かしながらポリゴンが散る。
「これで終わり、と。多かったな」
「リンドウくん、動きキレッキレだねえ」
教会前で
「これで教会に入れるね。ここの地下墓所に財宝の番人がいるんだよね?」
そう訊くイェンカにセンリが頷く。
「『ハルバラの獣』は強いぞー? アタシはLv70くらいの時にハルバラ攻略したんだけど、そん時ここまで来てめっっっちゃ苦戦したもん」
今俺がLv75なので……そうか、一人で挑めばめっっっちゃ苦戦するんだな。
「複数人で挑むとボスの能力値も人数に応じて底上げされるんだけど、まあ三人ならゴリ押せるでしょう」
「アタッカー、俺しかいないけどゴリ押せるもんか?」
「アタシがリンドウくんをバフしまくって――」
「私が敵に阻害とかの呪術を打ち込みまくるから――」
「「大丈夫!」」
二人の声が重なる。
「……さいですか」
たしかにそれはゴリ押しだわ。安置使ったハメをしないだけマシに思ってほしい。
「まあとりあえず行こっか。サクッとボコってエクストラ狩りの資金にしよ」
重い扉を押し開き、俺たちはパーティーでイベントシーンへと突入をした。
教会へ入るとそこは異様な雰囲気が充満していた。ところどころ窓に板が打ち付けられているせいで、ただでさえ暗いハルバラと比べてもことさらに暗い。薄暗い光がステンドグラスを通過して、くすんだ極彩色が不気味に床を照らしていた。
「……なまぐさいな」
フルダイブ型ゲームの一番の利点は、視覚や触覚をはじめとした感覚の正確な表現だ。当然それは嗅覚にも訴えかけてくる。教会の中の空気には、埃と鉄と、そして不穏が混じった匂いが染みついている。
「んー、前来た時こんなだったっけな」
ベンチ型の椅子に降り積もった埃をセンリは指でツーっとなぞる。
「血の匂いだ」
フードを脱ぎながら、その指を見てイェンカがぽつり。「えっ?」と指の先を見たセンリが固まる。
「血ぃ触っちゃったぁ……」
急いで指の先の汚れをはらうセンリを横目に、先ほど彼女がなぞった後をよく見ると、たしかにそこには大量の血液がぶちまけられて渇き固まった跡。さらに積もった埃の下に何かが刻まれているのが見えた。
血に気を付けながら埃を払う。
『我が偉大な神よ。お許しください。私は戻ることを誓います。此方の病からお守りください。愚かな私をどうかお救いください。偉大なるエンドルス様。私は』
その先は渇き黒ずんだ血液によって飲み込まれ、文字が刻まれることは無かったようだ。
「イェンカちゃん、エンドルスって聞いたことある?」
いつの間にやら覗き込んできていたセンリがイェンカへと問う。
「いや、私は知らないかな。旧代の頃にここでだけ信仰されてたとかだったら、私に限らず知ってる人は殆どいないと思う」
センリの考えていることは分かる。これはExボスの手がかりになるのではないか、とかそんなところだろう。
「こんな分かりやすいところにヒントがねぇ……。『
ぶつぶつと呟くセンリはその語気に怨みを込めて。
「つまり、エンドルスが『狂信の王』の名前ってことか?」
「ってことだと思う。『
怨みと言うよりもはや怨念だ。さっきからその怨み節は何なのかと問うてみたいが、センリは「早く行こ!」と歩き出してしまった。
「やっぱりまだ何か焦ってるみたいだね?」
イェンカはこそこそと俺に声を投げかけながら、テクテクとセンリを追って歩き始めた。俺も同じだ。先ほどの椅子に刻み込まれた文章を一瞥すると二人を追った。
@
地下墓所は俺の予想を遥かに超えた広さを誇っていた。所謂カタコンベのような所を想像していたが、そこは広々としたまるで体育館のような大きな地下広間であった。壁や床に収められた直方体の箱が棺なのだろう。見慣れないフードを被った小さな神像が至る所に置かれている。
そんな空間の中心にソレは居た。何かを抱えるようにしてうずくまる黒く長い毛の塊。俺たち全員が『共同地下墓所』へ足を踏み入れた瞬間、背後の出入り口は大きな音を立てて閉まり、分かりやすく退路は断たれた。
もぞり、と。ソレは動く。
「……始まる。大丈夫だとは思うけど、油断はしないようにね」
センリがそう言い、イェンカが無言でうなずいた瞬間。耳を塞ぎたくなるほどの方向と共に通知がポップ。
【ハルバラの獣 戦闘開始】
立ち上がった『ハルバラの獣』はおよそ3メートル。もしかしたらゴーゼンよりデカいかもしれない。
「外のやつらの親玉ってとこか?」
ベースはウェアヴォルフ。少し瘦せて見える下半身に比べて、上半身は殺意が顕現したかのような頑強さを誇っている。筋肉が発達した肩からは歪なほどに長い腕が伸び、その先では鋭利な鉤爪が薄汚れている。全身を覆う長い毛の先からは、常に血が滴っているようだ。
「来る!」
イェンカが叫ぶのと同時に、彼女らはバックステップ。対して俺はその場に残って迎え撃つ。タゲ取りと攻撃は俺の役目だ。タンク兼アタッカー、うん頼りにされていていいじゃないか。
工場で聞く音と言われても納得してしまいそうな、そんな唸り声を発しながら『ハルバラの獣』は突っ込んできた。勿論、殺意たっぷりの鉤爪を当たり前のように振り上げながら。
「<アボイドステップ>」
まずは
まずは突っ込みながらの鉤爪振り下ろし。それを避けて攻撃範囲から外れたところで、獣の喉奥から再び唸り声。おそらく最初の攻撃パターンの繰り返しだ。
「センリ!」
「<付与:ハイアクセラ>」
俺が要求するのと同時に回避のための
再び突っ込みながらの鉤爪振り下ろし攻撃を避けると、今度は攻撃範囲内に留まってみる。勿論、回避のために神経を集中させてだ。間違ってもまだ攻撃はしない。
振り向きざま一閃。今度は腕を薙ぎ払うかのようにしての鉤爪攻撃。バックステップでそれを避ける。…………一閃? 否、二閃、三閃、四閃――――。
「終ッ、わ、ら、ねえ……!」
まるで巨大な芝刈り機のように、『ハルバラの獣』は左右の腕を振るいながら距離を詰め続ける。
「リンドウ、伏せて!」
止まらない連続攻撃に対して、ナイフしか持っていない避けタンクの俺が足を止めることは本来してはいけないが、イェンカの指示を受けて素直に片膝をついて頭を抱え込む。直後、頭上を妖しい光が通過した。
「<バインドアンカー>」
全身を呪文で縛られた『ハルバラの獣』は動きを止める。センリ曰く、前半は単純な動きを繰り返すのみ、とのことだ。パターンは見た、攻撃に転じよう。
「<付与:ハイアタッカー>」
「<リップスラッシュ>!」
赤い斬撃が獣の腹部に直撃する。苦悶の唸りが漏れ聞こえるが、攻撃の手は止めない。長い毛を掴むと『ハルバラの獣』の膝を蹴って一気にその身体をよじ登る。
「<バルクスタブ>!」
『修道騎士ロアの執念』のおかげで覚えた自分より大きな相手に対して有効な刺突スキル、それを獣の頸椎へ叩き込んだ。またもや苦しみくぐもった叫びが漏れ、それと同時にイェンカの呪術が切れる。全力でその身体を蹴って距離を取ったが、一瞬だけ遅かったようだ。足を鉤爪が捉えていた。
「ッつぁ」
強い不快感が神経を搔きむしり、受け身をとれないまま俺は地面に身体を打ち付けられた。その隙を逃さず『ハルバラの獣』は容赦なく突進からの鉤爪振り下ろしを俺に見舞う。
「ヤバッ」
「その一撃は我慢して!」
センリの言葉が聞こえた瞬間、全身を疑似的な熱さが切り裂いた。
「いッ、つぅ……!」
攻撃力がかなり高い。視界が赤く染まったところで。
「<アニマレイン>!」
イェンカのスキル詠唱と共に、白い霊魂のようなエネルギー体が獣に降り注いだ。
「<ヒールグロース>」
こちらはセンリによる治療魔法だろう。イェンカの攻撃によって『ハルバラの獣』は怯んだ隙に、センリの杖から放たれた青い光の玉が俺に直撃するとたちまち身体の機能が復活する。
「油断大敵って言ったでしょ! タゲとって!」
攻撃を防がず受けさせたのは、足の負傷も同時に治して、そのまま俺にタゲを取り続けさせるためのようだ。
「おうよ!」
素早く起き上がり体勢を立て直すと<アクセルアタック>で獣の気を引いた。
「あー、いかんいかん。完全に甘えた攻撃してたわ。次はねえぞ」
自分と獣に言い聞かせるようにして、俺は眼前の敵の動きに神経を尖らせた。
のと
同時
に。
ドンッ、ドンッ、と。何かが乱暴に着地した音が聞こえた。俺の背後からだ。すなわちそれは……。
「え、何こいつら……」
背後でセンリが呟く声が聞こえた。
それに呼応するかのようにポップ。
【獣に祈る者 戦闘開始】
【獣に捧ぐ者 戦闘開始】
「これは、えっと……知らない……」
センリの震える声が悪夢の開始を告げたのであった。
Age of U ~超人気ゲーの前人未到要素クリアしまくり攻略譚~ 桐生秋生 @kiryu_akio
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