古都ハルバラ:調査

「普通に他プレイヤーもいるからね。イェンカちゃんは人の目に付かない場所に行くまでイベントシーンに入るまでフード被っててね?」


「わかった」


 古都ハルバラに不揃いの足音が響く。センリ、イェンカに一歩遅れる形で歩く俺は、周りを見渡して高校生時代使っていた世界史の資料集を思い出していた。このエリアを現実世界リアルで例えるのならば、ヴィクトリア時代の街並みと言うのがが正しいのだろう。


 煤けたガス灯、曇天に見下ろされる石畳、昼間だというのに暗い以外の感想を抱くことができない。炭や泥で汚れているからではない。恐らく陰気のせいだ。ひたすらに暗い色の石造り、暗色の道がぞろりと敷かれている。レンガ造りの建物も黒い影を纏っている。



「暗いエリアだな」


 正直言ってしまうと、今まで見てきた森や街、そして遺跡に比べると明らかに雰囲気が重い。それもそのはず。


「良いムードっしょ。メインクエスト絡みでここに来ることは無いし、ハルバラ関係のサブクエストももっと先の街で受注できるものだからねー。ここははっきりと上級者向けなんよ」


 煤けた風が吹く。


「たしかにハルバラには危ないモンスターが出るから気をつけろ、って聞いたことあるかも」


 イェンカがそう言った途端である。


【スカルクロウ 戦闘開始】


 急な表示と同時に――――。


「上! 伏せて!」


 ――――上空から顔周りだけが白い不気味な鳥が急降下してきた。


 センリの声に従い膝を折ると、耳元を鋭い風が掠めた。スカルクロウ骸骨柄の烏は暗い石畳すれすれを滑空すると再び上空へ。


「二人のレベル的にも全然戦えるけど……」


 センリがイェンカに目配せをすると、呪術用武器<イリアテのともしび>を取り出したゴブリンハーフは呪術スキル<バインドアンカー>を唱えた。俺が買ってやったレトロ調のランタン型武器から放たれた光がスカルクロウを照らした。


「攻撃受けたら割と笑えないダメージ入るから、スキルは出し惜しみしないように」


 センリがそう言うのを聞きながら<エアステップⅡ>、行動阻害バインドアンカーの効果に晒されてただ落ちるだけの烏に向かって宙を蹴ると。


「<アクセルアタック>」


 空中でスカルクロウを上から下へ斬り落とした。一発で終わりとはいかないようだが、地面へ叩きつけられたスカルクロウには地面への落下も相まって良いダメージが入っていそうだ。そのまま空中から飛び降りる形で、俺は逆手に持ったナイフを地面で起き上がろうとしているスカルクロウへ突き刺した。


「ナイスナイス。この調子で進もうか」


 爆散するポリゴンには目もくれず、センリはすたすたと歩きだす。


 ……何だか違和感だ。急いでいるような……。


「あ、そうだ。たしかハルバラにはアレがあったな……」


 スカルクロウを三体、ルインスハウンド赤い目の犬を二体、イェンカと俺の連携またはセンリの魔法ワンパンでそれぞれ撃破したところで、バンギャ姿の補助秘術師は立ち止まり顎に手をやった。


「アレ? アイテムか何かか?」


「いや、単純な大金」


 単純な大金……。


「一応ハルバラのボス的なのがいるんだけどね、そいつを倒すとお金をたくさんドロップするんよ」


 ここまで余計な寄り道をしないで進んできたが、単純な大金は装備用意の為にも手に入るならばそれに越したことは無い。


 イェンカがセンリをちらりと見上げて首を傾げながら。


「今日のところは調査なんでしょ? じゃあそれも兼ねて倒しちゃえば?」


 さも当然のように言う。俺も同感だ。しかしセンリは迷っている。


「うーん……お金、いるよなぁ……。でもできるだけ早く動きたいし……」


 やはり違和感だ。これは急いでいるというか……そう、焦っているようだ。


「何焦ってんだよ。元よりそんな付け焼刃で倒せるような敵じゃないんだろ? だったらゆっくり調査して準備して、そんで万端の状態で挑もうぜ」


 乾いた風が頬を撫でる。センリは左目をピクリと細めた。


「……誰かに先越されたら悔しいっしょ?」


 声のトーンを落として、花壇で枯れている雑草を足先で砕きながらセンリは言う。


「ハルバラに入ってからそこそこプレイヤーとかパーティーを見たじゃんね? 多分さ、今わざわざここにいるってことは全員Exボスの手がかりを探してるんよ」


 この先の内容は機密事項だ。声のボリュームを落として俺は反論する。


「……メダルを持ってるのは俺たちだろ? ここまで誰にも見つかってないんだ。少しくらい大丈夫だって」


 イェンカの視線はフードの奥で俺とセンリを行ったり来たり、忙しそうだ。


「『吸生の王フェアネルウッズ』のエリアに入る方法は二通りあった。""二通り、あったんよ」


 センリの言わんとしていることがここでようやく分かった。


「ハルバラに王冠種エクストラが本当にいるとして、その挑戦権を得る方法フラグ発生のきっかけは『古都ハルバラのメダル』だけじゃないかもしれない……たしかにな」


 センリ曰く『古都ハルバラのメダル』は攻略Wikiにも載っていない未知のアイテムらしい。Lv100+までやり込んだプレイヤーだからこそ、その異常さ、『ハルバラ』の名がついている意味、確率がよく分かる。そして期待を抱いたからこそ足元から這い上がってくる焦りも、これはセンリにしか見えないものなのだろう。


 だからこそ…………だからこそ俺はそれを否定しなければいけない。


「目的はExボスを見つけることか?」


「え?」


 初心者はその焦りに視界を邪魔されない。最終目的はそこではない。


「俺は『狂信の王』とやらを為にメインクエストを犠牲にしたんだ。お前がそう持ち掛けてきたから、だから俺はここにいる」


 AoU初心者でもこれだけはよくわかる。Exボスを倒す為には金が要る。


「……だったねー。うん、リンドウくんの言う通りかな」


 センリの表情は晴れない。やはり焦燥感は拭えないのだろう。しかしセンリは無理やり足を踏み出した。


「センリ、任せて。スーパー呪術師の私がいれば速攻で終わるよ」


 イェンカはセンリの頭の代わりに背中をポンポンと叩く。


「ありがと、イェンカちゃん」


 困り眉で笑うセンリは「でも」と続ける。


「『ハルバラの獣』は一筋縄じゃいかないと思う。金策の為とは言え油断は禁物。気張っていこーね」


 おー! と。俺とイェンカはセンリの声に続き、後を追って進むのだった。この時はまさかあんな悪夢を見ることになるとは思ってもいなかった。

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