初めての神ゲー体験はゴブリンっ娘との鬼ごっこでした

 まさに「すたこらさっさ」と。人生で初めてその擬音を伴う動きを目にし、俺は少しばかりの感動を覚えている。


 感動しながら、そのすたこらゴブリンっを必死に追いかけている。


「――――ちょっ、……っと待っ……っ!!」


 こちらの擬音は紛れもない「ぜぇぜぇ」だ。数値としては目に見えなくても、やはりAoUにもスタミナの概念はあるのだろう。現実リアルと同じく身体への負荷という形でその減少を実感する。


 山育ち舐めんなと威勢よく追いかけ始めたは良いものの、ゴブリンハーフの少女との距離は一向に縮まない。むしろ少しずつ引き離されているようにも見える。


 ヤバいヤバいヤバい! 見失う!!


「あ、足っ……早っ……!」


 そう、足が早い。進路を邪魔するオブジェクト、倒木や大岩もひょいっと迂回して先へと走り進んで行く。その少しの機敏さの差が、俺と彼女の距離を着々と引き離していくのだ。


 同じ動きで追いかけても、足元の腐葉土ちっくな地面は踏みしめようとすると横滑りし、急に飛び出た根も隙あらば足を引っ掛けようとしてくる。


 そんなに機敏な動き出来んて……!


 子どもの頃なら倒木も岩石も無理やり飛び越えて、何なら頭上の枝を掴んで振り子のように体を揺らして跳び回っていたのになぁ……。


 子どもの頃なら……。


 子どもの…………ん? てか今それやれば良くね?


 障害物の避け方で差が出るのならば、それをより効率化するべきなのでは?


 つまりあの頃のような――――。


 気が付けば、しばらく走り続けた結果、鬼ごっこの舞台はかなり足場の悪い地形へと移っていた。


 そこはまるで大きめのモンスターが暴れ回ったかのような……。左右交互からジグザグに行く手を阻む倒木、加えて巨大な岩石もランダムに配置されている。


「ここで勝負だ……!」


 まずは走りながら、ゴブリンハーフの背中を視界に捕らえながら、そのままインベントリウィンドウを開く。確か初期支給の回復アイテムがあったはずだ。クイック取出しのやり方を覚えていないことを少し後悔しながら、俺は『治癒の丸薬』を掴み取った。記憶違いでなければHPとスタミナを少量回復という効果があったはずだ。


 丸薬を口に放り込むと、脚に溜まった乳酸と肺及び下腹部のピリつきがフッと消えた。


「あとは距離を詰める……!」


 俺は倒木を前にして思い切り跳躍した。飛び越しはしない。木肌を強く踏みつけると次の跳躍。ジグザグに倒れる樹木を飛び石の要領で踏破していく。


 そう言えば昔SNSの動画でバズってたやつ見て思ったっけ。「これ子どもの頃に俺が山でやってたやつじゃん」って。自分もできるんじゃねって思ったけど、ついぞ陰キャの俺には始めらんなかったね、パルクールなんてさ。


 でも、今ここでなら……何もかも自由な電脳世界Age of Uでなら――――。


 頭上の太い枝を掴むと、倒木の次は岩石地帯だ。砕けた石が転がる地面はまともに走れる気がしない。枝を掴んだ時のエネルギーそのままに振り子の形でそこを飛び越える。着地してすぐに走り出すと、すぐ次の大岩が視界に入った。ちょうどゴブリンハーフの少女はそこを回り込んでその先へ走り出しているところだ。


 回り込むより超えた方が早い。


 そのまま飛び越えるには大きすぎるので、跳躍と共に岩へ手をつくと、そこを軸に勢いを殺さず下半身を前方へ放り出す。着地するともうすぐ目の前に少女の背中が見えた。


「へぇ!?」


 着地音が聞こえたのだろう、彼女はちらりと振り返ると目を見開いてすぐに前へ向き直った。


 だが残念、もう追いつく。その小さな肩へ手を伸ばした瞬間――――。


「こ、来ないでぇー!!」


 加速した。


「――――って、いやいやいや待て待て待て!!!」


 火事場の底力というやつか!? ここまで来て逃がすわけには……!


 空を切った手、離れていく姿、再び切れ始めたスタミナ、丸薬は一つしか支給されていない。ここを逃したらクエストは失敗するだろう。


「だったら――!!」


 乳酸が溜まり始めた脚に鞭を打ち、体勢をたてなおしたら最後のひと頑張りだ。足元の柔らかい土を、残りのスタミナ全てを込めて全力で蹴りながら再び手を伸ばした。


 頼む……! これも攻撃判定であってくれ!


「<アタックアクセル>!」


 敏捷値AGIが瞬間的に上がるのを感じた。俺は近接職であり掴みかかるという行為は武闘職の攻撃手段に該当するからだろう、前に使った時よりも上がり幅は少ないような気がするが、それでも発動した。これで十分だ。


「つッ、かまえたッ!!!」


 小さく細いその肩を、俺は確かに掴んだ。ゴブリンハーフの少女は驚愕の表情でこちらを振り向く。そしてそのまま――――


「あっ、止まれない……」


「へっ?」


 もつれ合う形で俺たちは転倒し、それでも俺はその手を離すことはなく、ゴブリンっ娘の捕獲に無事成功したのであった。

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