まあ最初はチュートリアルの延長みたいなもんでしょ

『メインクエスト 最初の街<イニティア>へと向かう』


 白金のウィンドウと、イニティアとやらの方角を示しているのであろう装飾付きの矢印が段々と薄くなって消えた。ステータスウィンドウを開いて『ストーリー』の欄を開くと『メインクエスト』、さらにそれを開くと『最初の街<イニティア>へと向かう』の文字。これを選べばまた方角を教えてくれるらしい。


 チュートリアルは終わったが、戦闘音が響いていない静かなこの森が狩場ということもないだろうし、街へ行くまでは実践的チュートリアルのようなものなのだろう。時間も相まってか他プレイヤーは見当たらない。


「まあ色々観察しながら向かいますか」


 ウィンドウを全て閉じると、俺は深呼吸の要領で頭上を仰ぎ見た。


 繁る葉の天蓋から月光が差す。夜の森の雰囲気も再現度はかなり高い。思わず、夜の山に冒険に出かけて親にしこたま怒られた小学生時代の夏休みを思い出してしまうほどだ。


 それでいてファンタジーの世界観もしっかり滲み出ている。深夜時刻の森でも真っ暗な中でゲームプレイしなくても済むようにだろう、木々の間を光る何かが飛んでいる。そこそこの大きさで、しかもそこそこの光量を放っている。近づいても逃げないのでよくよく観察してみると、ソフトボール大のそれは甲虫であった。光っているのは翅のようで、その光に釣られてふらふらと寄ってきた小虫を素早い動きで捕食している。


「こんな細かい食物連鎖まで作り込んでるのかよ……」


 若干ひき気味に呟くと、ひとつ気になった。


 ……倒したら何かアイテムドロップするかな。


 俺は左腰に右手をやると、近接職の初期装備として選んで与えられた武器<旅立ちの短剣>の柄を握る。そろりそろりとひと際強く光るその虫へ近づくと、一閃。居合のような形で引き抜いた短剣で、勢いそのまま虫を切りつけた。それは一瞬強く光るとポリゴンとなって霧散した。同時に警戒反応だろうか、周りの虫が一斉に翅を閉じて光を落とす。


 それも束の間、再び森に光が戻ると足元に奇麗な薄い翅が落ちていた。


「おお、落とドロップした。なるほどランタンムシか。いいね、シンプルだ」


 初ゲットしたアイテムだからだろうか、翅を摘まんだ手の近くにウィンドウがポップ。


『<ランタンムシの翅>

 餌となる羽虫を誘き寄せる為の発光機能を備えた翅。

 基本的に発する光は白色。』


「基本的にはってことは、違う色の翅がレアドロップするのか……それとも色違いのレアランタンムシでもいるんかな」


 とりあえず周りを見てみてもそれらしいランタンムシは飛んでいない。昆虫採集――いやこの場合は無邪気な子供風翅毟りか――はまた今度だな。


 俺は手に持ったアイテムを懐に入れる動作でインベントリへと送る。


 それではそろそろ行動再開、と。メインクエスト欄を開いてイニティアへの進路を確認していると、背後でガサリ。


 ゆっくりと振り向くと、月と虫々の灯に照らされて一匹。


【ウッズハウンド 戦闘開始】


 真っ黒な毛並みの……ハウンドだしあれは犬だろうか。爛々と黄色く光る両眼がランタンムシの間を縫って迫り来る。


「よーしよし、初戦闘だ」


 チュートリアルゴブリンくんはノーカウントだ。俺は短剣を構えると涎だらだらの黒い犬を迎える。


「犬好きには手厳しいエンカウント、だな……!」


 牙を剥いて飛びかかって来たそれにタイミングを合わせ、<旅立ちの短剣>をひと振り。その刃はウッズハウンドの毛並みをシャッと撫でる。ダメージは与えられていない……外れた。


「しゃーないしゃーない、初心者初心者」


 オフライン専の悪い癖ひとりごとで言い訳しながら、背後に回ったウッズハウンドへと向き直る。ランタンムシの光に照らされながら、黒い犬は再びこちらへと走って向かって来ていた。


 ゲームスタート直後にエンカウントするモンスターの一種だからだろう、攻撃方法が単調だ。助かる。


「このくらいッ、かな!」


 先程よりも気持ち下目に、短剣を振り抜いた。今度はウッズハウンドの横腹に直撃した。どんなゲームでも共通だが、やはり感触は無機質だ。血の代わりに赤色のポリゴンが舞う。


「さすがに一発で終わりはないよな」


 再び背後に向き直ると、心なしかよろつきながらウッズハウンドもこちらへ方向転換したところであった。


「スキルも試しておこうか」


 近接職に初めから与えられたスキルがある。発動方法はこれも殆どのゲーム共通、発動の意思を持ってスキル名を念じるか唱えるか。最初はスキル名を叫んだ方が確実に発動できて良いだろう。


 単調な攻撃を再度仕掛けてきてくれるウッズハウンドへ向かって、わざと先程よりもタイミング遅めに腕を振る。


「<アタックアクセル>!」


 叫ぶと短剣を振る速度が上がった。俺に現在設定されているであろう敏捷値AGIを上回っているのがひと目で分かる攻撃速度であった。


  刃はウッズハウンドの側腹部を切り割き、その後には弾けた赤色のポリゴンだけが残った。……いや、


「何を落としたかな?」


 ドロップアイテムが地面に落ちている。腰を落として3cm程のそれを拾い上げてみると。


『<黒犬の牙>

 骨を砕き、肉をちぎる為の鋭い牙。

 加工をして武器にも防具にも用いられる。』


「なるほど、これ集めておけば最初の街でいきなり装備作れたりもしそうだな」


 抜けたてだからといって肉片や血はついていないそれを、俺は流れるようにインベントリへと投げ込んだ。


 で、何をしようとしていたのだったか。


「そうだそうだ、街の方向は、っと」


 メインクエストを確認することで数秒だけ表示される派手な装飾の矢印に倣って進む。とはいえけっこうな頻度でウッズハウンドを始めとしたモンスターとエンカウントする。戦闘に慣れる為にも、それらを律儀に全て倒しているとやがてレベルアップの通知がポップした。


『レベルが2に上がりました。

 ステータスが上昇しました。

 スキル<アボイドステップ>を習得しました。』


 とのことだ。キャラクリの時にミスィリアが言っていたように、たしかにステータスは非公開情報で、何がどれだけ上昇したかも分からないようだ。


「実際に戦闘で実感してみるしかないか」


 習得したスキルは説明を読んでみると、どうやら回避系のものらしい。お馴染みウッズハウンドや、虫系モンスターのブラックホーネストとの戦闘で、避けて攻撃避けて攻撃を繰り返していたからだろう。


 なるほど、これがミスィリアの言っていた「レベルの上がるまでの行動に依存するスキルの習得」というものか。


 スキルによる回避はどの程度の無理を通してくれるのだろうか。再びエンカウントしたウッズハウンドで試してみたところ、正座した状態からでも足が勝手に動いて回避行動をとってくれることが分かった。


「これがクールタイム15秒か。重宝しそうだな」


 なんやかんやでAoUをしっかり楽しみながら夜の森をずんずん歩いていると、視界の端でランタンムシが不自然に揺れた。現実世界リアルで地元の沢に蛍を見に行った時の、微かな光の中で他人をわずかに識別しなければいけないあの感覚に似た違和感を覚える。


「他プレイヤーかな……?」


 急なオンライン要素に思わず声と気配をひそめてそちらを凝視すると、やがてその姿を視認することができた。


 真っ白で少しボサついたボブ調の髪型から尖った耳が覗いている。子供だ。身長は140cm程だろうか。灰色のマントに身を包み、僅かに見えるその肌は何と薄緑色。


「ゴブリン……?」


 思わず呟いた俺の声は、夜の森を静かに伝播した。は明らかにギョッとした表情でこちらを振り向いた。闇の中でもはっきりとわかる、真っ赤な瞳孔と虹彩が四白眼の中で泳いでいた。あどけないその顔立ちは、ゴブリンと言うには人間味があり過ぎる。


 間髪入れず彼女は逃げ出した。


「あ、ちょっ」


 同時に白金枠のウィンドウがポップ。


『ユニーククエスト ゴブリン鬼ごっこ

 開始しますか?』


 目の前に現れた<はい>と<いいえ>を前にして、俺は一瞬戸惑った。


 ユニーククエストってなんだ……? っていうかあのゴブリン娘みたいなのは敵か? でもチュートリアルでみたゴブリンより遥かに人間みたいな……ってことは何らかのNPC?


 と逡巡している間に、クエスト出現を知らせる白金枠が少しずつ薄くなっていく。これは、何も選ばないでいると自動的にクエストは消滅すると捉えていいだろう。


 いや、やるだろ!!


 薄れゆく<はい>を急いでタップすると、半透明の枠でミッションの通知が現れた。


『逃げるゴブリンハーフに追いつく』


「ハーフか!」


 叫ぶと同時に、俺はゴブリンハーフ娘の逃げた方向に向かって走り出した。闇に紛れて姿は見えないが、微かに走る音が聞こえる。


 俺にまだ友達がいた頃、といっても小学生とかそのくらいの時だったが、山で鬼ごっこもしていた。木々が邪魔して逃げる相手が視認できなくても、土を蹴る音、小枝を踏む音、衣服が木々に掠る音、それらは全て道標となって鬼を導いてくれる。


「山育ち舐めんなぁぁぁ!」


 他プレイヤーに見られているかもしれないなんてことは忘れ去って叫ぶと、ようやく視界に捉えたゴブリンハーフが一瞬だけこちらを振り向いて、俺のことを「ひえええ」という表情を見せた。


 怯えて逃げる人外少女と、それを追いかける絶叫男。最初の街イニティアとは反対方向に進んでいるおかげだろう、幸いなことに他プレイヤーに遭遇することはない。思う存分に追いかけ回すことができる。


 ……最初の方はチュートリアルの延長だと思ってたのになぁ。

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