飛ばせないタイプのチュートリアルはちょっと苦手

 真っ暗になった視界がすこしずつ明かりを取り戻す。あえての演出なのだろうか、ポリゴン然とした緑色中心の風景が段々と鮮明に、より現実的な質感へと変貌していく。それに伴って、架空の嗅覚が土と木と湿り気を嗅ぎ取った。


 森の中。


「やっぱ仮想解像度グラフィックすげえな。もはや本物じゃん」


 いかに脳に直接投影する感覚フルダイブグラフィックと言えど、やはりそのリアル度は製作側の技術力に依存する。オフラインゲー最高峰のオーディンズメテオもかなりの解像度をほこっているが、しかし俺が今踏みしめている土の質感には及んでいなかった。視覚のみならず他の五感を刺激する要素の解像度もかなり高い。思わず昔遊んでいた山の雰囲気を思い出して「懐かしいなぁ」なんて思ってしまう程だ。


「そら神ゲー神ゲー言われるわな。…………ん?」


 独り言と共に辺りを見回していると、視界の右下に『ES』という文字が小さく点滅しているのが見えた。それはやがて薄く薄く……そして消えた。


 何のアイコンだ? 現状を表すものだろうけど……。


 果たしてその意味はすぐに解消された。ポンッと、白金色の派手な枠がポップしたのだ。


イベントEシーンSに入ると数秒間、その状態を示すアイコンが表示されます。

 イベントシーンは、メインストーリーや各種クエストの進行に関わるイベント、ボスキャラクターとの戦闘などが対象となります。

 ESアイコンが表示される状態中は、他プレイヤーからの干渉を受けないイベントシーンへ移行し、終わると元のワールドへ戻ります。他プレイヤーやNCPキャラクターとパーティーを組んでいる場合は、パーティー全体でイベントシーンへと移行します』


 なるほど、今はチュートリアルだったか。んで、チュートリアルもES状態だからあのアイコンが表示されたわけだな。


 オフラインゲームばかりプレイしていて、他プレイヤーの干渉については考えたことが無い俺には何だか新鮮な感覚だ。当たり前と言えば当たり前のシステムなのだろうが。


 続いて白金色派手枠くんは選択肢を用意した。


職業ジョブごとのチュートリアルに移ります。近接職以外のチュートリアルも受けますか?』


 イエス・オア・ノー。青々とした森を背景に、リトル白金色派手枠くん<はい>と<いいえ>がポップ。


 俺は少し悩んだが、キャラクリ時にミスィリアが言っていた「選んだ職業ジョブ以外のロールも頑張れば可能」という言葉を考慮。


「まあ知っとくに越したことはないだろ」


 <はい>をタップ。…………タップ


 10分後。近接職のチュートリアルが終わった。内容はとても丁寧な……否、丁寧すぎるくらい丁寧なものだった。


 武器の取り出し方、インベントリの使い方、スキルの使い方、体の動かし方、チュートリアル用ゴブリンとの戦闘、レベルアップ時の挙動。その他細かい諸々を懇切丁寧に教えてくれた。


「いや全部覚えられんて! その他細かい諸々のほとんど諸々忘れたわ!」


 インベントリにしまった道具のクイック取出しはどうやるんだけ!? けっこう大事そうな技術なのに他の情報に圧し潰されて忘れてしまった……!


 ただまあゴブリンとの戦闘は楽しかった。やはり神ゲーと言われるだけあって、体の動きがかなりスムーズだ。チュートリアルのたびに討伐されているであろう練習台ゴブリンくんには申し訳ない気持ちが芽生えなくもないが、それでもポリゴンとなって霧散する彼を見ていたら謎の達成感に包まれた。


 よし、ようやくチュートリアルが終わっ……、終わっ…………、…………終わ?


『続いて武闘職のチュートリアルに移ります』


 終わってねえええええ! 10分前、<はい>を選択した軽率な馬鹿を殴りたい! 


 悔いるのと同時に頭の奥底からとある記憶を引き上げたサルベージ。AoUが話題になった時に少しだけ調べたレビュー、その中でも最低評価をつけていたアンチコメントだ。『チュートリアル長すぎ。本格的に始める前にやる気なくした。クソゲー』と静かにぶちぎれていたレビューにはたしか『キャラクリ時に選択したジョブ以外はチュートリアル受けることにしてもスキップできますよ』と返信がついていた。


 その言葉通り、いよいよ始まった武闘職のチュートリアルであるが、視界の右端には薄く『スキップ』のウィンドウがあった。


「よかった……飛ばせるんだな」


 手を伸ばしかけて、俺は逡巡。


 もうひとつくらいやっておいてもいいのでは? 武闘職と言えば武器を持たないだけで、もはやそれは俺が初期選択した近接職と何ら変わりは無い。武闘職と近接職、親和性がある気がする。


 そう思って後悔。サンドバッグゴブリンくんを殴り倒して「次のはやらん……!」と意思を固める。


 ……が。なんか中途半端に二つだけ、しかも初期選択を除けば一つだけのチュートリアルを受けておしまいって何だかむず痒いな……。と、やはり後悔。的ゴブリンくんを弓で撃ち抜いて「もう次のは」と思――――


 戦闘に活かせる職業ジョブの中で秘術職だけ受けないのもなぁ、と思って後悔して実験体ゴブリンくんを黒焦げにして「もう……!」と――――


 ここまで来たらの精神で後悔して、生産職と文化職の二つは内容をほぼ憶えていない。この二つのチュートリアルではゴブリンくんに会えなかったからかもしれない。


 ぜえぜえ、と。呼気ではなく脳が息切れを起こしているのを感じながら、


『これでチュートリアルは終了です』


 の一文を見て思わず「よっしゃあ……!!」と息も絶え絶えの喜びを感じていた。まだ始まってすらいないのにゲームクリアレベルの達成感だ。


 視界右下のESアイコンが再び現れて点滅、弾けるようにして消えた。イベントシーンが終わった合図なのだろう。昼間だった森は実時間に合わせて夜へと変わった。


 同時にポンッとウィンドウが表示。


『称号<石橋を叩いて渡る初心者>を獲得しました』


「煽ってんのか?」


 おそらく全ての職業ジョブのチュートリアルを受けることで得られる称号なのだろう。ステータスウィンドウを開いてみると俺のプレイヤーネーム『#rindou』の上に、石橋云々の称号が堂々と表示されている。タップを何度か繰り返し、ようやくそれを外すとため息。


「……クソゲーじゃないよな…………?」


 夜の森に溶け込んだ言葉、その真偽を確かめるべく。


 俺はチュートリアルで疲れ切った身体に喝を入れて走り出すのであった。……小走りで。

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