俺は俺以外のかたちに俺を創造する

 脳から熱が引いていく感覚、そしてじんわりと温かくなる。その温度は頭部だけに留まらず、全身にゆるく広がると視界が開けた。同期フルダイブ完了だ。


 勢いで買ってしまったAge of UAoU。やらないと損だと判断し、コンビニで買ったのり弁を口の中にかき込んで今ここ。


「まずはストーリーか」


 オープニングムービーは大空から始まった。雲をかき分けて急降下する一人称。ドローンカメラそのものになったような視点で世界観説明は始まった。


「Age of Uの世界へようこそ!」


 緑豊かな山脈に接近したところで、耳元からひょいとその妖精は姿を現した。ぱっと見20センチ程といったところだろうか、は金色のポニーテールを揺らして「私はミスィリア」と名乗った。森の中を高速で飛び抜けながら案内役の妖精は言う。


「この世界は――――」


 ある時は湖面すれすれを飛び、ある時は中世チックな建造物の間を縫い、自然に生息するモンスターを眺めたり炎を吐く巨大モモンガから逃げたり、そんなこんなで五分近く聞かされた小さな妖精ミスィリアの話を要約すると。


 ――――豊かな自然と発達を続ける文明が共存し、人間と動物モンスターが物語を形作る世界で自由に生きてね。この世界にはまだまだ謎があるよ。"U"の正体を求めて冒険に繰り出そう!


 とのことらしい。


(やっぱり一応メインストーリー的なのはあるんだな)


 のり弁を頬張りながら事前に調べたクチコミ(ネタバレ回避スキル全開)では大筋のストーリーに触れているものは目立っていなかった。一つ気になったのは『ラスボスのいない終わらないファンタジー(ネタバレ注意!)』というクチコミのタイトル。投稿者の親切心のおかげで中身は見ることができなかったが、他に色々調べた情報を組み合わせてみると「定期的なアップデートでストーリーが追加されるから終わりが無い」ということらしい。まあMMOなら普通そういうもんじゃね、とも思うが……しかして"U"の正体を求めろとは一体。


 心理的眉が八の字になりそうになったところでミスィリアが締めの一言。


「持てる力の全てを使って、新たな時代を切り拓きましょう!」


 瞬間、視界が真っ白な光に包まれて、目が慣れた頃にはそこはキャラクリ画面であった。


「この世界での"あなた"を形づくりましょう!」


 オープニングムービーから引き続きキャラクリにまで出張るつもりらしいミスィリアがはつらつと言う。


「身体、職業、名前。それぞれ設定をしてください!」


 顔のパーツや身体的特徴を調整するバロメーターがウィンドウとして宙に浮かんでいた。既にここは視点だけでなくちゃんと"身体"を伴って動けるようだ。少し周りを見回すと、2メートル程離れた位置にの俺がいた。それは自分の姿を客観的に確認するための着せ替え人形アバターであり、その顔は俺の海馬から引きずり出された記憶データから作られているのだろう、いつも鏡で見ている自分の顔そっくりだ。この技術が採用されているゲームは結構多いが、キャラクリで自分の顔を第三者目線で見せられるのはまあ不気味だ。


「まずは顔を改造っと。OMではゴリゴリのおっさんキャラだったから……今回は趣向を変えてー……」


 今はネットリテラシー全盛の時代。リアルフェイスでオンラインゲームなんかをやった暁には、それだけで大学退学に繋がるトラブルに繋がってもおかしくない。嗚呼こわやこわや。ゲーム開発会社は記憶データの参照を活用しているプレイヤーの少なさに早く気が付いた方がいいと思うんだ、うん。


 うんうん唸っていると、パタパタと飛ぶミスィリアからアドバイス。


「アクセサリーも初期から一つ装着が可能です!」


「おっ、本当だ。てか装飾品も数が多いな……うーん――――」


 悩みに悩んで……いや意外と悩まなかったかもしれない。十分ほどでそれは完成した。


 決してコンビニで遭遇した陽キャ集団、こちらを観察(?)していた準ギャルに思考が引っ張られたわけではない。別に「ああいう人生もあったのかなー」なんて思ったわけではない。オンラインゲームだからといって見栄を張ったわけでは断じてない。


「…………まあゲームだし、別の自分になるのが醍醐味だよな」


 そう、フルダイブ型ゲームでならゴリゴリのおっさんになることもできるし……(中身陰キャ)になることだってできるのだ。


「かっこいいです!」


 AoUご自慢のAIはおべっかまで言えるらしい。ニコニコと笑うミスィリアにぎこちない笑顔を返して、俺はこのゲームのNPCへの期待を覚えてしまう。


「……よし次!」


 誰に対する恥ずかしさというわけではないのだが、おおよそ自分とは思えないチャラッチャラしたアバターから目を逸らしてステータス決定の為のウィンドウに向かう。


職業ジョブ、か。キャラクリの定番だな」


 良く言い換えれば王道の流れに身を任せよう。ウィンドウの中身に目を滑らせて、そのまま見開いた。


「え、少なっ」


 というか、えらくアバウトだ。


 近接職、武闘職、射撃職、秘術職、生産職、文化職。


 一覧にはこれしか載っていない。このうちどれかを選ぶとさらに詳細のウィンドウが開く……というわけでもないらしい。試しに近接職をタップした瞬間、『本当に<近接職>にしますか?』の確認メッセージがポップした。


 思わずミスィリアの方を見ると、ニッコニコと口を開く。


「ここで選択された職業ジョブによって、今後のステータス値とその上昇率、スキルの習得効率に補正がかかります」


「つまり、だ。例えばグラディエーターロールをしたいと思ったら……」


「近接職を選択することをオススメします!」


 ミスィリアはグラディウスを振り回す様をその小さな体で表現した。てかこいつさらっと役割ロールという言葉を理解しやがった。


 ふむふむ、と。再び半透明のウィンドウへ目を移す。


「近接職を選んだら弓メインとかの遊び方はできないってことか」


「そんなことないですよ! 射撃職を選んだ場合より道のりは険しいですが、今ここで近接職を選択したとしても弓術の上達に必要なステータスやスキルは身に着けられます」


 となると職業というより適正に近い気がする。


「ちなみに後で転職することは?」


「できません!」


 なるほど、今目の前にある六つは超重要な選択肢というわけだ。


「ちなみにそれぞれの特徴というか、選んだ先のプレイング像とかって」


 いやNPCにプレイングとか言ってもわからな――


「近接職は近接武器を扱うプレイを目指せます!」


 わかるんかい! ミスィリアは得意げに続ける。


「武闘職は己の身体ひとつで戦い抜くプレイを、射撃職は遠隔攻撃を主とするプレイを、秘術職は魔法等の扱いに長けたプレイを、生産職は戦いではなく文明に身を置くプレイを、文化職は前に同じく芸能等に身を置くプレイを目指せます!」


 非戦闘ロールを楽しむという手もあるか……。たしかゲーム内で店を出して申請が通れば売り上げに応じて収益が発生する制度があったし、有名バーチャルアイドルが『Age of Uにて公開ライブ決定!』みたいな宣伝をしているのを見たこともあるし、生産職・文化職も需要はかなりあるのだろう。


 いや、戦闘こそ華だ、後ろ二つは選択肢から外す。となると……。


「…………………………」


 と、なると…………。


「………………………………」


 と……なる……と…………。


「……………………………………」


「そろそろ決めてもらってもいいですか?」


 ミスィリアは案内役NPCとは思えない言葉を吐く。外見作成の時に比べて正真正銘悩み抜いてなお決められない。だってここの判断が後々の展開全てに影響してきそうなんだもん! 後で変えられないって言ってたもん!


 とは言え。


「たしかに悩み過ぎか……? このあとステータス振りもしなきゃいけないし……」


「無いですよ?」


「ん?」


 首を傾げた俺に、ミスィリアはさらに首を傾げて見せる。


「いやだから、ステータス振りはありませんよ? Age of Uにおいてレベルとかを除いた個々の細かいステータスは非公開データです」


 わお。それは知らなかった。


「RPGなのに」


 ミスィリアは何故か得意げににやりと笑う。


「Age of Uではレベルが上がるとそれに合わせてステータスが上昇し、スキルを習得することがありますが、それらの上昇・習得はレベルが上がるまでの行動に依存するのです!」


 あ、あと職業ジョブによる補正もですね。と妖精は付け加える。


「だからあとは職業ジョブを決めて、名前を設定するだけです! 早く決めてください! もう私は76分も名前を知らない人と密な空間にいるんですよ!?」


「わ、わかったよ」


 この人間味あふれる言動はそれだけAoUこのゲームが積んでいるAIが有鬚だということを示している。俺は自分の中で再び期待が膨らんだのを感じた。


「じゃあこれ!」


 指先が触れたのは近接職。消去法であった。自分の見た目アバターでそれぞれの職業ジョブを想像してみた際、一番それっぽくしっくりきたのが近接職だった。…………こんな時にまで他人の目を気にする自分に気づいて、俺は架空のため息をついた。


「良い選択ですね。……いや本当に選んでくれてありがとうございます」


 選んだ選択肢に対してではなく、選択したことそのものに感謝される日が来るとは……しかもAIに……。


「じゃあ、あとは」


「はい、ようやくですね。あなたの名前を教えてください!」


 ポンッ、と。またも半透明のウィンドウがポップし、そこに入力欄が二つ並んでいた。すなわち『ユーザー名』と『ゲーム内での呼称』の二つである。


 これは殆どのフルダイブ型のゲームではオンラインオフライン問わずに採用されている設定項目だ。ゲーム内のNPCはテキストではなくユーザー名を発音して呼ぶのである。故に呼称の対策をしないと、例えば『♰ゆうた♰』という最高にカッコいいユーザー名を設定したが最後、ゲーム中は常に『じゅうじかゆうたじゅうじか』と呼ばれてしまう。捻りやオリジナリティを効かせた名前を使いたいユーザーに配慮し、その呼び方を解決するために存在するのが『ゲーム内での呼称』設定だ。


 それを利用してユーザー名と呼称をかけ離れたものにすることも可能なゲームもあるのだが――それに何の意味があるかは置いておいて――、


「あっ、最初からローマ字入力か。楽でいいな」


 その辺AoUのAIはやはり優秀だ。ユーザー名『りゅういち』、ゲーム内の呼称『あ』にしてみたところ『ユーザー名とゲーム内での呼称に乖離があります』というメッセージポップが出現した。


 俺がいつも使っている名前は大丈夫だろうか。明井竜一俺の名前を分解して並べ替えたもう一つの俺の名前。


 ポチポチと打ち込んで決定ボタンをタップすると、自分の頭の上に『#rindou』と表示されたのがわかった。


 最期の設定を終えたからだろう。ミスィリアは屈託のない笑顔で門出を祝うセリフを口にする。


「自由な世界を存分に楽しんで! リンドウさん、いってらっしゃい!」

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