チュートリアル『Age of U へようこそ』
食わず嫌いというか逆張りというか
END.
スタッフロールの最後にデカデカと表示されたその文字列を見て、俺は全身の力が抜けていくのを感じた。すぅぅぅ、と色が戻るとそこはメニュー画面。目前に『
そのうちの終了ボタンを撫でるように選んだ俺は、眠りから覚める時のようないつもの感覚と共に目を開いた。瞼の向こうは真っ黒。
「
余韻というか寂寥感というか、形容しがたい感情の混合物を吐き出しながらヘッドギアを外す。
「うっわ、日落ちてんじゃん」
たった今終えたばかりのフルダイブ型オフラインアクションRPG、オーディンズメテオのクライマックスシナリオがどれだけ神がかっておりそれに没頭できたかを、部屋の暗さが明々と証明していた。
「ラスボス戦けっこう長かったもんなー。つーか、フルメタルオーディン強すぎだろ……。まあラスボスとしては満点か」
背骨を伸ばしながらベッドの縁に腰かけると、同じくベッドに置いてあったリモコンで備え付けの電灯を点けた。白い光が目に染みる。
しばらくぼーっとする。クリアしたストーリーの感想を言葉にして口から逃がさないように、頭の中で不定形のまま咀嚼。俺はこの時間が大好きだ。
北欧神話とSFを大胆に融合させた世界観、最後はサイボーグ化した主神オーディンを相手に宇宙で
おっといかんいかん、このままでは感想戦だけで朝まで引きずってしまう。
「飯食わなきゃ」
よっこらしょい、と。八畳ほどのワンルームをのそのそと横切ると適当な外着に着替える。冷蔵庫には何もないからコンビニへ直行だ。電子決済用の
歩いて五分ほどの道すがら自己紹介をしよう。俺の名前は
それじゃ駄目だと気付いたのは高校二年生の冬。青春のヒロインを虫と獣から数少ない同級生の女の子にグレードアップしたかった俺は、ひそかにその子と同じ東京の大学への進学を志望した。猛勉強の末、結果は俺だけが合格。しかもその子はいつの間にか、これまた数少ない他の同級生の男子と付き合っていた。…………ああ、泣いたさ。
半ば自暴自棄になりながらも東京で少し遅めの青い春を迎えようと奮起したが、都会の雰囲気に飲まれてしまったのが運の尽き。登校初日のオリエンテーションで発した言葉は、単位システムの説明会で隣に座った男子学生への「と、友達ほしい……」だけで、それを出合い頭にぶつけられた名も知らぬ彼の顔は今も忘れられない。
すなわち俺は大学デビューに失敗したのだ。「無キャにはなるな」というネット記事を信じた俺は、今まで触れてこなかったゲームに手を伸ばしてしまったことで無事に沼にハマった。
オンラインに抵抗を感じオフラインゲーばかりをして今、大学生三年にもなった俺は一人で寂しくコンビニに足を踏み入れるのであった。
ひんやりとした空気に出迎えられて俺はしかめ面。アイス売り場を囲んでいる陽キャ集団が目に入ったからだ。不運なことに、目当ての弁当コーナーもその付近だ。しょうがないから雑誌のデータ販売コーナーへと方向転換。紙で販売していた時代が嘘のような、漫画雑誌のディスプレイ陳列を眺めていると、ふと足が止まった。
『今、最も自由な
ディスプレイの端、商品等の広告スペースから溢れんばかりに主張するファンタジー調の販促文句が目に入った。
『
大きな狼のようなモンスターと戦う数人のプレイヤーを背景に、様々な謳い文句がキャッチーなフォントで浮かんでは消える。やれ『登録者数5,000万人突破!』やら『真夏の大型イベント"ケイブ オブ アルキュミア"に備えよう! 始めるなら今!』やら。
「たしかに生体認証ありきのアカウント作成で5,000万はやべーな」
思わずぼそりと呟いてしまった。っ、と陽キャ集団を振り返る。聞こえる距離ではないらしい。良かった。
「…………」
俺は今大きな悩みを抱えている。というか今この瞬間気が付いたのだが、オフラインゲー最高峰と言われる
(OMのやり込み周回……いやそれもいずれ終わりが……)
ちらり、と。
(いや、うん……オンラインか……)
ひたすら一人で電脳世界に飛び込み続けて早三年目。「なんでオンゲーやんねーの?」と問われれば「別にゲームに
言ってしまえば
(――なんだと思うけど……)
今まで温存していたOMのクリアがきっかけなんだろうか。それとも……。
「ちょちょちょ! AoUやん! お前らやってるッ?」
脊髄をびくりと震わせた彼らの接近がそうだったのかもしれない。
逃げ、弁当コーナー空いてる、次のゲームは……、いややっぱオンゲは……って逃げろ!
色々思考が絡まった挙句。いつの間にか
そそくさとその場を離れる俺。
前言撤回。一人こちらを気にしている人間がいた。俺は思わず「っ!」と前に向き直る。
ギャル……というか準ギャルというか。ウェーブのかかった茶髪と、メイクのせいかやけに大きく見えた目は、その出で立ちと周りの雰囲気に似合わず笑っていなかった。それは例えるならば何かを観察するかのような……。
ぶるっ、と。肩に鳥肌を乗せて、俺は購入した弁当を片手に冷房効きすぎのコンビニを出た。
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