適正レベルというのは楽しさの指標でもあるんだな

 時刻は13時を回った頃。冷やし中華の容器を雑に洗ってシンクに放ると、早速ヘッドギアをセットしてベットへ横たわる。


 熱と共に現実が遠ざかり、体の中心からじわりと仮想現実が滲み出る。目を開けるとそこは宿屋『マムシの巣』の一室。固いベットから立ち上がると、隣のベットではイェンカが寝息をたてていた。


 ……起こしても大丈夫だろうか。安心して眠れているのは久しぶりだろう。無理に起こしてしまえば好感度の減少、そしてそれがユニークストーリーの失敗に繋がる可能性が……。


「まあ考えすぎか」


 そもそも、ベットで眠る年端もいかないようなゴブリンハーフ少女を観察する方がダメだろう。


「イェンカ、もう昼過ぎだぞ」


 声をかけながら鼻をつまむと「んがっ」と起床。


「んぁー……ぉはよう……」


 イェンカは、開けばそれが四白眼になるとは思えないほどに目をしょぼつかせて半身を起こす。


「寝起き悪いタイプだな?」


「んーぁー……うん?」


 結局、イェンカがその言葉通り目を覚ましたのは5分程のローディングを待ってからだった。


「おはよう。こんなに熟睡したの、ほんとに久しぶりだよ」


「それはなによりだな」


 俺の存在はそんなにも大きな安心要素なのだろうか……。まあ、遭遇時に聞いた『ゴブリンハーフ』の扱いから考えると、敵対していない人間の存在はそれだけでありがたいということ、かな?


 とりあえずそれは置いといて。


「イェンカ、色々訊きたいことと決めたいことがある」


 事情聴取と作戦会議の時間だ。薄すぎてあっても無くても同じなカーテンを、雰囲気のため隙間すら許さず締め切る。


「まずはお前の扱いについてだが」


「奴隷以外でお願いします」


「あたりまえだろ……。いやそういうことじゃなくて、他人にはお前がゴブリンハーフであることは知られない方がいいんだよな?」


 イェンカとはパーティーを組むという形で同行する以上、俺たちの行動はそれぞれのハンデに合わせたものにしなければいけない。


「うん、そうだね。ゴブリンハーフは倒すか捕らえるかしようとする人間の方が多いからね。そのせいで今までの逃亡生活でも街には長く滞在できなくて……困っちゃうね」


 最初も思ったけどそんな軽く言うことじゃないんだよなぁ……。ゴーゼンの件以外にもなかなかにハードな人生だな、こいつ。


「オーケー、とりあえずそれは最優先事項として行動指針に掲げよう」


 行動指針その壱、イェンカの正体は隠す。


「ありがと。まあでも下手なことしなければバレることは無いと思うから」


 ほらこうすれば、と。イェンカはマントのフードを目深にかぶり、手から二の腕までを隠せるイブニンググローブを着用した。たしかにこれならゴブリンハーフではなくてただの不審者だ。


「不審者みたいな見た目の方が安全って悲しいな……」


「余計なお世話」


 フードを脱ぐとイェンカはこれでもかという程のジト目。


「ごめんて。……んで今後の動き方なんだが、とりあえずメインスト――――」


 メインストーリーと言いかけてゴホン。


「開拓者として冒険しながら、いずれ『ノークス渓谷』へ立ち寄る、感じでいいんだよな?」


 これは昨晩の約束の焼き直しだ。ただの再確認。イェンカも素直に頷く。


「そうしてくれると私はとてもうれしいよ」


「ちなみにゴーゼンは……」


 言い切らないうちにイェンカは答える。


「いくらあいつでも、『始祖の谷』を登りきるのは簡単じゃないと思う。ただ深いだけじゃないからね。……少なくとも一か月はかかるだろうね」


 それは長いのだろうか、それとも短い? いまいち判断がつかないが、とりあえず一か月分の差が出来ているということだけ頭に叩き込む。


「オーケー、分かった。そしたら一応確認なんだが、イェンカの戦闘能力って……」


 訊きながら、回答はある程度予想できるなと思い、それを裏切られて驚く。


「そこそこだよ。ゴーゼンとかに比べたら全然だけど、足は引っ張らないから安心して」


 ドンと、無い胸を張るイェンカを見る俺の目は訝しんでいるだろうか。


「……タノモシイナァ」


「信じてないね!?」


 イメージが湧かないだけだ。戦闘面についてはいずれ実戦で見せてもらおう。


「シンジテルシンジテル。……それじゃあ、俺は今から『バヤ婆さん』に会いに行こうと思うんだが、イェンカはどうする?」


 街の関所の衛兵に教えてもらった、開拓者がまず話を聞くべきバヤ婆さん。メインストーリーの最新のミッションにも『バヤ婆さんに開拓者の歴史を訊く』と表示されている。


 まずはこのメインストーリーを進めたいが、明らかに街中でのミッションだ。イェンカはどうするか。


「私はもうちょっと寝てようかな」


「まだ寝んのかよ……」


「うん、三年分」


「冬眠かな?」


 おやすみー、と。気の抜けた声でイェンカは再びベットへと倒れ込んだのであった。





「――――かくしてミスィリア様は闇の獣達を封印することに成功した。しかしそれはあの方も封印と共に眠りにつき、自らが楔となるということでもあったのだ。ミスィリア様は眠りにつく直前に一つの予言を遺した。『世界は未だ拓かれず。いずれ新たな闇も芽吹かん。世界の深淵にてUを手にした者のみが、闇を打ち払い世界を治めるであろう』と。……さあ、若人よ。お主も開拓者となり、新たな時代を切り拓くのだ」


 ようやくバヤ婆さんの話が終わった。要約すると「大妖精ミスィリアが世界を治めていた時代があり、闇の獣との戦いでその時代は終わりを迎えた。ミスィリアの予言を追求して世界を開拓しよう!」とのことだ。ゲームを始めて一番最初にミスィリアから受けた説明と合わせて、ようやくゲームの導入が終わったというところだろうか。


「話を聞かせてくれてありがとう」


 そそくさとバヤ婆さんの家を出ようとすると、待ったがかかる。


「ここイニティアが始まりの街と呼ばれているのには意味がある。ミスィリア様が統治の拠点にしたのがこの地であり、始まりの森にはあの方の遺跡もある。若き開拓者よ、『旧代の遺跡』に行き旅の進路を決めるのだ。……最近は凶暴なモンスターも出没するようだから、旅には十分気を付けるのだぞ」


 同時にクエスト・ミッション通知が現れた。


『メインクエスト 旅の始まり』


『旧代の遺跡へと向かう』


 ちゃんと序盤から戦闘要素も入れてくれるらしい。とりあえず、神田との待ち合わせの時間までメインストーリーを進めてしまおう。


「武器とは防具は……」


 一応、NPCが切り盛りする道具屋を見てみたが所持金が圧倒的に足りない。


「無理か。まあまずは初期装備で頑張れってこったな」


 始まりの街、王都イニティア。俺と同じ初心者プレイヤーや、何が目的かわからないがガチガチの装備で街を歩くベテランプレイヤー、そしてNPCの皆様。様々な人で賑わう城下町を、俺はテクテク歩くのであった。





「…………弱い」


 弱すぎる。装備がではなく、そもそも俺ではなく。……敵が弱すぎる。


「当たり前か。たぶん適正レベルは一桁だもんなぁ……」


 昨日の今日で森の中。昼間の『始まりの森』は、当たり前だが夜のそれとはまったく雰囲気が違った。ランタンムシも見当たらない。


 出現するのは相変わらずウッズハウンドブラックホーネスト。そしてたまに小柄な猪型モンスタータイニーボア。いずれも<始まりの短剣>を当てると一発でポリゴンとなり爆散してしまう。


「……ゴーゼンの野郎、こんな形で俺の楽しみを奪いやがって……」


 この怒りはお門違いだろうか。いや、矛先はあいつで合っているはずだ。おのれゴーゼン。


「……しゃーない。スキルの確認するか」


 ユニーククエストをクリアした際に習得したスキルは四つ。まずは説明を見なくても名前から予想がつくもの。


「<エアステップⅡエアステップ>」


 Ⅱは発音する必要はないだろう。文字通り空中ジャンプだ。跳び上がった瞬間にそれを発動すると、何もない空中に視えない足場が出来てもう一度ジャンプができる。スキルの詳細説明を確認すると、Ⅱというのは二回ジャンプできるよという意味らしい。


「なにこれ楽しいんだけど」


 タンッ、トンッ、トンッ、と。軽く三メートル近くの高さを稼げる。跳び上がった状態で、次のスキルだ。


「<ヴァイスグラップル>」


 これは先に説明を確認した。握力に関する能力値STRを一時的に上げるスキルのようだ。頭上にある太い木の枝を掴むと苦も無くぶら下がることができた。そのまま、樹上まで登ることができた。


「……なんか猿みたいなビルドになってないか……?」


 俺は自分の原点子供時代を思い出しながら、次のスキルの説明を読む。


「簡単にまとめると超スタートダッシュか」


 スキル<イラプションスターター>を発動して地面、もしくはそれ以外の足場を蹴ると能力値ステータスに応じた勢いの上昇を得られるとのことだ。


「試してみるか。<イラプションスターター>」


 スキル名を唱えて足元の木の幹を蹴ると――――


「ッ!!?」


 爆ぜた。幹が、周囲の視界が。あまりの瞬間加速に意識がついていけない。


 気が付くとそこそこ大きめの樹木に激突して地面へと墜落していた。


「ッつぅ……なんだこれ……」


 あまりに突然の暴走事故。地面に転がったまま動けない。いや、これはダメージのせいか。身体を強く打ったことによる一時的な状態異常も併発しているかもしれない。


 そこへ俺の顔を覗き込む顔。ウッズハウンドの涎がツツツと垂れてくる。


【ウッズハウンド 戦闘開始】


「……やめてくれ?」


 恐らく俺のHPは、ゲージがあれば赤色でミリセンチほどしか残っていないくらい減っているだろう。自分のスキルのせいで。


 いくら格下のモンスターとはいえ、ちょっとそれは――――がぶり。


 視界が暗くなり、次の瞬間、宿の部屋で目を覚ました。隣ではイェンカがすーすーと寝息をたてている。


「……初めてのデスがこれかよ…………」

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