16ページ目.Kissxkiss

「このキャラってさ、ふわりちゃんの漫画の登場人物?」


 阿舞野あぶの先輩が自分の描いた女の子を見ながら、聞いてきた。


「えっと、そうです……」


 わたしは恥ずかしさからうつむく。


「ちょっとさ、その漫画読ませてよ!」


「え〜っ!」


「この子が漫画の中で動いてるとこ見たい。ね、いいでしょ?」


 わたしは戸惑った。


 何故なら描いてる漫画は、人に見せれるような内容じゃないからだ。


 女の子同士の恋愛の、ちょっとマニアックでフェチな感じの内容。


 これを見せたら、先輩にわたしが変態だと思われちゃう……に違いない。


 とは言っても描いた漫画は、やっぱり他人に読んでもらうためのものでもあるし。


 自分だけ読んで自己満足で終わらせちゃうのも……。


 それに、そもそもわたしが先輩の頼みを断れるわけがない。


 わたしは「は、はい……」と頷くと、原稿を取り出して、ドキドキしながら先輩に渡した。


「これがそう!? どんなのどんなの? 超気になる! 読んでみよっと!」


 先輩は目をキラキラさせて読み始めた。


「ってなにこれ? JK同士の恋愛!? マジで面白いんだけど! きゃ〜、この主人公の初々しさ、たまんない!」


 先輩はひとりではしゃぎながら読んでいた。


「ふわりちゃん、さすが上手いよね〜。もうプロになれんじゃない?」


 大袈裟すぎる褒め言葉。


「それは言い過ぎです……」


 わたしは手を顔の前で振り、謙遜する。


「そうかなー。この好きな女子と主人公が、マスク越しにキスするシーンなんて超いいじゃん? なんかお互いに好きだけど、超えてはいけない一線を思い切れない二人のウブっぽさとか恥ずかしさとか伝わってきてさー、もう読んでるこっちももどかしいってかんじ?」


「でも、自分でも思うんですけど、リアリティが足りないんです。わたしの漫画は。自分の妄想の域を出ていないから、ストーリーもコマ割りも不自然だし、全体として薄っぺらい気がします。それで悩んではいるんですけど……」


 わたしはずっと悩んでたことを先輩に正直に打ち明けた。


「へぇ〜、こだわって創作してるんだね。じゃあさ、これ実際にやってみる?」


「え?」


 わたしは思わずフリーズする。


「実際に体験してみればさ、漫画にもリアリティが出るんじゃない?」


「で、でも……」


「いいじゃん。漫画の真似をするなんて、面白そうだし」


 先輩はいいじゃんって呆気なく言うけど、言ってる意味がわかってるのかな?


 いくら直接唇をつけるわけじゃないとはいえ、わたしみたいな女子とキスするってことなんだけど……。


 もしかしたらわたしみたいな引っ込み思案の女子とは正反対の、先輩ような積極的な人達にとってキスは挨拶みたいなもの??


 驚きの展開に、わたしは頭が軽くパニックになる。


「マスク、ある?」


「あ、はい」


 思考停止状態のわたしは、先輩のペースに巻き込まれて、操り人形のように指示に従っていた。


 自分の机の引き出しから、以前風邪ひいた時に使っていた不織布マスクの余りを取り出し、一枚先輩に渡す。


「じゃ、ふわりちゃんもつけて」


 わたしと先輩、お互いにマスクをつけた。


 共に顔の下半分が隠れる。


「なんかドキドキするね、女の子同士のキスって! 最近刺激が欲しかったから、この感じたまんない!」


 そう言いながら先輩の目は笑っていた。


「じゃあ、キャラになりってやろうよ。えっとヒロインの相手役の台詞が……『これなら、恥ずかしさが和らいで、できるかもよ』」


 先輩がわたしの考えた漫画のキャラになりきって台詞を言う。


「えっと……『う、うん。それじゃお願い』」


 わたしも自分で考えたヒロインの台詞を自分で言う。


 二人で入り込む漫画の世界。


 先輩はわたしの顎をくいっと掴む。


 わたしは反射的に目を閉じた。


 小刻みに体が震えている。


 マスクで隠されているわたしの口に、先輩のマスクが重なる感触がわかった。


 わたしはもう、緊張しているのか落ち着いているのか、自分自身でそれすらもわからない状態。


 とにかく先輩のなすがまま。


 マスク越しに先輩の唇の位置と、わたしの唇の位置がピッタリと重なった。


 なんにせよ、これがわたしのファーストキス。


 男の子とするよりも先に、女の先輩と先にキスを経験してしまった。


 わたしって何もかも変わってる。


 それにしてもわたしの初めてのキスは、カサカサした感触だった。

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