20ページ目.染みるんです。

 体育の時間。


 わたしの今日の授業は、体育館でバレーボールだった。


 阿部野あぶの先輩の授業は何をするのだろう。


 体育の授業中、わたしは上に赤いジャージを着ているので、その下の体操服は見えない。


 だから、いまわたしがジャージの下に、稲羽いなばではなく、阿部野とネームの書かれた体操服を着ていることは、他のクラスメイトには気づかれないと思う。


 先輩はライバー部で、ダンスの練習をしてるそうだから、きっと運動神経も良いのだろうな。


 翻ってわたしは、インドア派で部屋に篭って絵ばかり描いているから、運動神経ははっきり言って良くない。


 今日もなるべく自らボールに触れに行くような真似は避けた。


 しかもより一層今日は省エネで過ごすように気をつける。


 いまわたしが着ているのは先輩の体操服。


 わたしの汗の臭いを染みつけたくなかったからだ。


 自分が考えた事とはいえ、なぜこんな恥ずかしいことを実行しているのだろうと、心の中のもう一人のわたしは呆れていた。


 笑いながら元気にボールをやりとりするクラスメイトの中で、ほとんど動かないわたしは、やっぱり浮いているだろう。


 でも激しく動くわけにはいかない。


 まだゴールデンウィーク前だというのに、体育館内の気温はすでにそれなりの暑さだった。


 動かなくても、やっぱりわたしの体にも多少は汗が流れる。


 でも暑いからといってジャージは脱げないし……。


 時間とともに先輩の体操服に、わたしの体から滲み出る微かな汗が染みてゆく。


 わたしの身体が、洗い立ての先輩の体操服を、徐々に汚してゆく。


 そのことが気がかりでわたしは授業中、ほぼ上の空。


 バレーボールをやってることすら、忘れるほど。


 ただおかげで自分が作ったキャラクターの気持ち、よくわかった気がする。


 作品にリアリティは出せそうだ。

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