17ページ目.ときめきトゥナイト

 阿舞野あぶの先輩に絵の描き方を教えた日の夜、わたしは部屋で一人、嬉しいようなアンニュイなような、複雑な気持ちで考え込んでいた。


 先輩が帰った後、先輩と一緒にやったことを思い返すと、急に快感と不安が入り交じった、なんとも言えない気分に支配されたのだ。


 今まで生きてきて、わたしの初めてのキス。


 しかもその相手が男の人じゃなくて、女性の先輩。


 わたしの描いた漫画のマスク越しのキスシーンの実演。


 実際にこれを実演することがあるなんて、素粒子ひとつぐらいも思っていなかった。


 これって……やって良かったことなのかな?


 同性同士でも恋人として愛し合っていれば、キスは当然のことなんだろうけど、わたしと先輩はそういう関係じゃない。


 それなのにキスするなんて……。


 あくまで冴えない漫画オタク女子の妄想の実演だから問題ない?


 でもそれでもキスまではやりすぎ?


 ただ先輩とキスした時のときめいた感覚は、わたしにとって今まで感じたことのない快感だった。


 なぜか嬉しい気持ちが湧いていたのも事実。


 こんなこと、人には言えないけど……。


 そんなふうに考え込んでいるわたしのSNSにメッセージが届いた。


 名前を見ると、わたしを今の状態にしたお方から。


《ふわりちゃんおつかれー、今日は絵を教えてくれてありがと! マジで超楽しかった!》

《なんか漫画とおなじこと体験できて、久々に普段味わえない刺激もらったみたいな!?》

《楽しさ切れなくてマジヤバイ!》


 先輩から立て続けにメッセージが届いた。


 先輩もわたしと同じように快感を得たのかな?


《こちらこそありがとうございます。喜んでいただけて良かったです》


 こういう状況に慣れてないもので、わたし無難な返事を送る。


《また漫画の体験しようよ! ふわりちゃんの創作の手伝いにもなるし。話の続きあるでしょ?》


 確かに続きはあるけど……。


《ありますが、とても先輩にやっていただくわけには……》


《どんなの? 教えてよ!》


 恥ずかしくて教えたくない。


 でも先輩の頼みを断りきれないわたし。


《それが体育の時間もお互いを身近に感じていたいって、主人公達が体操服を交換する話なんです》


 わたしは今後の展開を先輩に打ち明ける。


《おー、それもやってみよう!》


 わたしは驚いた。


 まさか先輩が乗り気なんて。


 もしかして先輩もわたしと同じでガールズラブとか好きなんだろうか?


 それとも非日常的な出来事を楽しんでいるから?


《ほんとうにいいんですか?》


 わたしは確認をする。


《もちろん! アタシも協力するからさ、ふわりちゃんの漫画の続き完成させようよ!》

《これから何が起こるかと思うとテンション上がる〜》


 確かにわたしは新人なのに作品が漫画部の今年の代表作に選ばれた。


 その為に先輩が協力してくださるのは願ってもないこと。


 でも、困ったことでもある。


 実はまだこの体操服交換以降のストーリーができていないのだ。


 せっかく先輩がわたしの物語の続きを楽しみにしてくれてるのに、アイデアが貧困なわたし。


 でも部活の代表作として、なんとかストーリーを完成させなくちゃいけないし……。


 そんなことを思っていると、今度は自分の才能の無さで、わたしはアンニュイな気分に陥った。


 

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