15ページ目.嗅ぐや汗は気にかけたい

 紙にGペン、タブレット、そして一応「可愛い女の子の描き方」という本……と、わたしは阿舞野あぶの先輩が絵を描く為に必要そうなものを色々と揃えて並べた。


「あの……、早速始めましょうか?」


「はーい!」


 先輩は元気よく返事すると、ベッドから腰を上げて、わたしの向かい側に座った。


「窮屈だからブレザー脱ごっと」


 先輩が着ていたブレザーから腕を抜く。


「あ、よかったら……、ハンガー、使ってください」


 わたしはふだん部屋で使っている、白いハンガーを取って、先輩に渡した。


「うわ、ありがとー! ふわりちゃんって気がきくね!」


 先輩は嬉しそうに満面の笑顔を見せた。


 そんな、気がきくだなんて。


 褒められて嬉しい気持ちはあるけど、ハンガーを渡すのは誰でもすることだと思うので、少し恥ずかしい。


 わたしは顔がほてってきたので、早く作画を始めることにした。


 とはいうものの、何からどう教えよう?


 わたしの脳が戸惑い思案していたら、ブレザーをハンガーに掛けて再びわたしの前に座った先輩が「ちょっと待って!」と、焦ったように言った。


 何があったのかとわたしは驚いて固まる。


 すると先輩は、自分の右腕を高く上げて、脇のところへ自分の鼻を近づけた。

 

「うわ、クッサ!」


 先輩が声を上げる。


 突然のことで、わたしの目が見開いた。


「ごっめーん、ふわりちゃん! アタシ、今日デオドラントしてないから、ちょっと汗臭いかも」


 先輩が頭をかきながら苦笑いを見せる。


「そ、そんな。わたし、あの、別に気にしませんから」


 わたしは手を左右に振って答えた。


 自分のにおいを気にする先輩を前に、より一層恐縮してしまうわたし。


 でも電車の中から今まで先輩の間近にいたけど、特に嫌なにおいは感じなかった。


 むしろいい匂いがしてた……と思う。


 やっぱり先輩ぐらい魅力的な女子なら、細やかなにおいに気を使うのは当然だろう。


 でもわたしもどちらかといえば、体臭恐怖症で、自分のにおいが他人にどう思われているのか気になる方だ。


 なので、むしろ他人のにおいを気にするどころではない。


「そう? それならいいんだけど。気になったら遠慮なく言ってよ? 実はふわりちゃんに汗臭いって思われてたなんて知ったら、超ハズいし」


「は、はい。でもほんとうに別に大丈夫ですから。それじゃまずは、可愛いって思わせる女の子の顔の描き方から教えますね」


「ウンウン!」


 わたしはペンを走らせて、描き慣れた自分のオリジナルキャラの描き方を教えることにした。


 可愛いキャラの基本は、まず顔や目は丸く描くこと、鼻は点だけで、なんなら描かなくてもいいこと、顔の中に十字を引いて目や鼻、口のバランスを取ることなど、わたしの持っている知識を先輩に伝えてゆく。


 先輩は興味津々な顔つきで、わたしの話を聞いて、描き方を真似ていた。


 そうして時間を過ごしているうちに、しばらくして、誰かが部屋のドアをノックした。


 わたしが開けると、お母さんがトレーを持って立っている。


「あの、お茶を淹れましたので、よかったらどうぞ」


 お母さんは先輩に向けて微笑む。


 「ありがとうございます!」


 先輩は元気よくお母さんに向けて頭を下げた。


「ありがとう、お母さん」


 わたしは紅茶の乗ったトレーを受け取る。


「あの、ふーちゃん、お母さんちょっと晩ごはんの買い出しに行ってくるから。お友達もゆっくりくつろいでくださいね」


 そう言ってお母さんは先輩に頭を下げて、部屋を出ていった。


 「あ、あの、よかったらどうぞ」


 わたしはトレーの上の紅茶とチョコレートを、あたふたと先輩に差し出す。


「わ、マジ? ありがとー!」


 そう言って笑顔の先輩は、チョコレートを一つ口に放り込み、再び紙と向き合った。


「できた! ちょっと見て、ふわりちゃん。これどう!? 初めて描いたにしては良くない?」


 先輩が笑顔でわたしに言う。


「わ、すごい……」


 見ると、確かに上手く描けていた。


 先輩が握るペンから、わたしの創作した女の子のキャラが新しく誕生していた。

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