27ページ目.なまえいりざかり。

 クラスメイトの海野凛夏うんのりんかさんに、人気ひとけの無いフロアのトイレへと連れてこられたわたし。


 誰もいないことを確認すると、人目を忍んで二人で個室に入った。


 何をされるのだろう?


 わたしの中で、少しだけ緊張感が走る。


 狭い個室の中、そんなわたしの前で、海野さんはミニスカートのポケットに手を突っ込み何かを出した。


「じゃーん!」


 笑顔でわたしに見せてきたのは赤色の油性ペン。


「これって……」


「あたしが言い出したことだからさ、実際にやってみてふわっちの創作の協力しようかなって思って。ね、やってみようよ」


 どうやら海野さんも阿舞野あぶの先輩と同じ性格みたい。


「あ、あの、はぁ……」


 狭いトイレの個室に二人。


 わたしには断る選択肢はなかった。


「ふわりちゃん、腕出して。右と左どっちがいい? 左腕にしよっか?」


 左腕は絶対にダメ!


 阿舞野先輩の名前が書いてある方だ。


「あ、あの左腕はダメで! えっと……、その、あの……、そう、つい最近エボラウィルスのワクチンの注射したばかりなので……、だから、あの右腕でお願いしますっ!」


 わたしは慌てて右腕にするよう、海野さんにお願いした。


「あっ、そうなんだ。じゃ右腕出して?」


 なんとかごまかしたわたしはブレザーを脱ぎ、スクールシャツを捲って右腕を出した。


「いひひ、今からここにあたしの名前、書いちゃうから」


 そう言って、海野さんは『りんかLOVE』とわたしの腕に大きく書いた。


「ついでにハートマークもつけちゃお」


 やっぱり海野さんは、発想が阿舞野先輩と同じだ。


「じゃあ、次はふわりちゃんの番ね」


 そう言って、海野さんはわたしの前に右腕を出した。


 阿舞野先輩とはまた違う美しさの肌。


 海野さんの腕も艶はあるけど、薄いオレンジ色の健康的な肌の色をしていた。


「じゃあ、書きます……」


 わたしも海野さんの真似をして『ふわりLOVE』に加えてハートマークをつけた。


「これで今日一日、誰にも見られるわけにはいかないね。変な噂が立っちゃう」


 そう言って海野さんはニカリと笑った。


「そうですね……」


「これでふわりちゃんの漫画の参考になればいいな」


 でも海野さんの思いやりは嬉しい。


 これでわたしは今日一日、左腕に阿舞野先輩の名前を、右腕に海野さんの名前を記して過ごすことになった。

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