第26話 靄の糸


「うむ、何とかなったようだな。」



 少女の姿になった竜がそう告げた。その瞳は深遠で、まるで深海の闇に星々が瞬いているようだった。長い年月、深海の底で静かに時を過ごしてきたその瞳は、無数の秘密と知識を秘めているように感じられる。



「まだ馴染むまで数日はかかる。今は休んでおくとよい。

 どうだ?混沌の力の引き出し方と使い方、覚えたか?」



「さっきはヴィクトルを無事に生き返らせようと必死でよくわからなかっけど、なんとなくコツをつかめたと思う。」



 竜の質問に対して、一瞬の迷いを感じる。ヴィクトルを救うために使ったこの新たな力、その全貌がまだ掴めていない。混沌とも可能性とも名付けられたこの力は、まるで暗闇の中で手探りするような不確かさを持っている。しかし、その不確かさの中で見つけた一筋の光が、ヴィクトルをこの世に取り戻した。



(まだまだわからないことだらけだけど、これが新しいスタートなんだ。)



 そう心の中でつぶやきながら、竜の目を直視する。その目には以前よりも柔らかな光が宿っている。まるで私が新たな一歩を踏み出す勇気をくれているようだ。



「うむ、そうか。それは良かった。そうそう、先ほど力を流す際、永い命と身体の強化の件は終えておいた。精霊もじきに馴染むだろう。あとは眷属だが、これは時間がかかりそうなので、準備が終わったら教えよう。」



 どうだ凄いだろう!と胸を張る竜の言葉に頷きながら、その力の重みと責任を感じる。

 永い命、身体の強化、精霊、眷属――これらはただの力ではない、それは一つ一つが命を繋ぐ、または断つ可能性を秘めている。竜がくれたこの力は、単なる贈り物ではなく、試練とも言える挑戦状だ。

 私はその重さを受け入れなければならない。そして、その力をどう使うか、その選択がこれからの私を、私たちを形作る。



――― 力は試練だ、そして選択。



 心の中でそう呟き、再び竜の瞳に視線を合わせる。

 その瞳は深く、まるで未来への道を照らしているようだった。



「後は、あの穴を塞ぐだけじゃのう。

 ……そして、穴がふさがれば、お別れじゃ。」



 穴を塞ぐ、それは単なる物理的な行為ではない。それはこの世界と外、混沌の海との繋がりを断ち切る行為。そしてそれが終われば、お祖母様との繋がりもまた断ち切られる。



――― もう、会えないの?



 心の中でそう問いかけながら、お祖母様の顔を見つめる。

 その顔には何の迷いもなく、ただ穏やかな笑顔が広がっていた。



「お祖母様は、竜さんみたいにこちらにとどまれないの?」



 その問いを口にした瞬間、時間が一瞬ゆっくりと流れるように感じた。

 この短い時間で得た多くの教え、力、そして何よりもお祖母様との繋がり。それらが一瞬で消えてしまうのかと思うと、胸が締めつけられるようだ。



――― この瞬間を永遠にしたい。



 そう願う自分がいた。



「アリア、そう言ってくれるのはとてもうれしいよ。じゃがの、この靄の糸が断たれてしまうと、先ほどの婿どののように、ずっと眠り続けることとなってしまうのじゃ。魂がないからの。じゃから、ここでお別れなのじゃ。」



 優しく髪を撫でながら紡がれた言葉が心に突き刺さる。靄の糸が断たれるというのは、まさに生と死、存在と非存在の境界線を引く行為。



――― これが最後なの?

    だとしたら、何を言えばいいのだろう。

    ありがとう、さようなら、それだけでいいの?



 お祖母様に感謝する言葉、それとも未来への願いを込める言葉、どちらが正しいのか。


 深呼吸を一つ。そして、私は選ぶ。



「わかったわ、お祖母様。本当にありがとう。

 お祖母様が来てくれなかったら、私、きっとヴィクトルを取り戻すこと、出来なかった。

 …お祖母様。ねぇ、お祖母様は本当に『お祖母様』じゃないの?」



 その問いに、お祖母様はいたずらっぽく微笑んだ。



「おぬしの『お祖母様』の魂は、疾うの昔に天に召されておろう。ただ、そうじゃのう。もしかしたらその一欠けらが天からこぼれ、此処に現れていたかもしれないのう。」



 その言葉の後に続くお祖母様の笑顔。

 それはいたずらっぽく、そして何よりも愛おしかった。



「さて、曾孫の顔まで見たいところじゃが、さすがにそれまでとどまることはできまい。婿殿の顔も見れたことじゃ、そろそろ帰らねば。」



 その言葉にはお祖母様自身の寂しさも感じられた。



「帰るって、どこに?」



 混沌とつながる穴に向け歩き始めた背中に問いかける。



「決まっておろう、愛しいお祖父様のところじゃよ。」



 そういうと、お祖母様は振り向き、ウィンクをしてくれた。

 それは幼いころから何度も見た、とても懐かしいものだった。



=====

エ様『お祖母様本物なの?』

門東『果汁何パーセントですかね。無果汁ではないにしても、単体では身体を維持できないくらいの割合でしょう。』

エ様『お祖母様、頑張ったのう。』

門東『アリアのために頑張りました。』

エ様『なんで竜は残れるのじゃ?魂なかろうに。』

門東『竜さん、長年海底でぼけーっとしてる間に魚とかを気づかぬうちに取り込んで、身体を維持できるだけの魂を確保済です。本店(混沌の海)からもう帰ってくるな的に足切りされたのも、魂が結構たまっていたからという理由もあります。まあ、本人は気づいていませんし、疑問にも思っていません。結構雑な性格の竜です。』




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