第19話 代償と手帳
海獣――それは人々が恐れる、世界を滅ぼし得る邪悪なる存在。
その死骸から立ち昇る靄は、黒い炎と化し、その身体をひとときのうちに包み込んだ。
ただの炎ではない。この炎は、肉体だけを焼き尽くすものなどではなく、まるで何かを「消失」させる力を持っているかのように感じられた。
――― その炎に飲まれたものは、肉体だけを失う。
――― また、灯りに照らされたものの臓腑は腐り落ち、息絶える
突如、共有されたヴィクトルの記憶が私の中で蘇る。
しかし、どうして黒い炎がここに?
黒炎はほんの一瞬で海獣を包み込み、そして、大気中に溶け込むようにして消えた。その消えゆく光景に、私の胸は突如として突き刺さるような感覚に襲われた。
何か大切なものを失ったような悲しみ。それでいて、何かを得たような希望。この矛盾した感情が私の胸の中で渦巻いた。
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「・・・おばあちゃん、その代償って、なんだったの?」
暖炉で震える炎を背に私を後ろから抱きしめたお祖母様へ、少し怯えながらも問いかけたのだった。
「宝玉の力をつかうのって、そんなに辛いの?」
心の奥底から湧き上がる疑問は、抑えきれずに溢れる。
「ああ、アリアよ。それはとてもつらいとも。
言葉では伝えきれぬ苦しみじゃ。
代償はのう......記憶。
引き継がれた人間の記憶、そして二人が愛し合った記憶なのじゃから。」
お祖母様の言葉は重く、暖炉の火が照らし出す彼女の顔には深い悲しみが浮かんでいた。
暖炉の前だというのに、お祖母様は震えていた。
その手が寒くないように、前に回されたその腕を、ギュッと抱き寄せる。
「最愛の者を宝玉へと変え、人魚達は戦った。」
その言葉は、心細げに震える声で語られた。
「ある者は愛したものとの約束のため、またあるものは復讐のために。
その想いを、大切な宝物を削るよう、幾度も宝玉にくべながら。
失ったものが何だったのか知ることもできず、人魚達は泣きながら戦ったのじゃ。
勇敢に。そう、勇敢に。」
お祖母様の声は揺れ、その背後の炎も一緒に揺れ動いていた。
「だからのう、アリア。可愛いお前は宝玉を作るなどしてはいけないよ。その先に幸せなどないのじゃから。」
最後の言葉には、深い愛情と警告が込められていた。
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一人っきりとなった部屋。
その空間の広がりが、あまりにも切なく感じられた。
避難口へと続く血痕。
そこに点在する、襲撃の爪痕。
扉はその姿を変え、ひしゃげて静まり返っていた。
でも、そこには確かに二人で過ごした証が残されていた。
テーブルにぽつんと残された、彼の飲みかけのカップ。
昼の浜辺で濡れ、干されたままの彼の服。
その服にまだ残る湿り気を、私はそっと抱き寄せた。
ヴィクトルの香りが、今もここに残っていると感じた。
戻ってきた理由は一つ。
彼の記憶に映る資料、宝玉についての記述があったからだ。
書棚に小さな手帳があった。
そのページをゆっくりとめくる。
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■ 日付:XXXX年XX月XX日
驚愕の発見があった。
プロジェクトの運用上、予想外の事態ともいえるだろう。
今日、「想い」の使用に伴い、人魚に引き継がれた「素材」として吸収させた人間の記憶が消失していくことが確認された。
我々の仮説では、あくまでエネルギー源としての機能だったのだが、それが記憶と直接結びついていたとは。
人魚と素材として用いた人間との愛し合った記憶までが失われることが報告されている。まさに「想い」が記憶に密接な関係があるのだろうと、ここに記す。
しかし、運用上の大きな問題は認められていない。
生産と投入は計画通りに継続する。未来への一歩を踏み出すため、戸惑いは許されない。
■ 日付:XXXX年XX月XX日
緊急報告が必要だろう。
「想い」を使い切ると、その宝玉は砕けることが確認された。
人魚自体は再利用されるが、このことから「素材」として人魚に吸収させる人間のストックが絶対に必要であると言える。
この現象は、我々の理解をさらに深め、未知の領域へと進める鍵となるかもしれない。引き続き、詳細な解析と対策が必要だ。
■ 日付:XXXX年XX月XX日
海底の未知なる領域に、黒い靄が沸き立つ場所がある。そこから海獣が現れる。奴らは突如、靄の中から姿を現す。この発見は人魚を投入した結果、生じたものである。喜ばしい成果と言えよう。
だが、あの靄が一体何であるのかは、まだ明らかでない。何か大いなる謎が、その黒い霧の中に隠されているのではないかと感じる。調査が急務である。海獣問題に対する根本的な解決が図れるかもしれない。私たちの努力が、新たな扉を開く鍵となるのかもしれないのだ。
現時点で確認された靄の発生箇所は、この手帳の最後に添付しておく。いつかこの記録が、未来の何かに役立つことを願いつつ。
[追記] :
靄の発生箇所の一覧と地図を記載する。
これらのデータは、今後の探求における貴重な手がかりとなることだろう。
■ 日付:XXXX年XX月XX日
なんということだ。知らなかったんだ。まさか、残っているなんて。
人魚達の攻撃は激しく、かねてより建造中であった地下都市に退避する。
このシェルターは放棄する。見つかる前に急がなくては。
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エ様『あんまり進んでおらぬようじゃな。』
門東『やはり、一人だとやることなくて。』
エ様『前から記憶記憶と言っておったのはこれのことか。』
門東『でも、そのこと自体じゃないんですよね。人魚達がおこったの。』
『ぼく食べ』と異なる時代の同じ世界が舞台のお話、公開停止になった性と愛の女神エロティア様が大活躍するお話、『巨根ハーフ』R18版はこちら(↓)での連載となります。
もしよろしければ、お越しください。
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