第18話 黒い靄

「・・・なんだ、温泉。やっぱり見えてたんじゃない......」



 一瞬、顔を真っ赤にして慌てる愛しい顔が浮かぶ。


 でも、そのことを伝える相手はもういない。

 月の光が照らす砂浜、私は一人取り残されていた。



――― 彼、最後に悔やんでた。



 果たされなかった約束に。



――― そして、生きようとした。生きたかった。



 私と一緒に過ごしたかったという、一度は諦めたはずの命。



――― 神様、奪うならどうして与えたの?

    与えたなら、どうして奪ったの?



 心の中で叫ぶ。


 胸が痛む。悲しみが湧き上がる。

 私たちが嫌いなのだろうか?

 そんなに私たちを憎んでいるのだろうか?

 だからこんなひどいことをするのだろうか?


 だが、その時、記憶の中でヴィクトルと共に見た世界の美しさが蘇る。

 美しい夕焼け、湖の静かな水面、星空の輝き。

 神様がこの世界を嫌うわけがない、そう感じた。


 否、神様はこの世界のことが好きだった。

 そうでなければ、この世界にはこんなに美しい場所や瞬間が存在しないはずだ。 



――― きっと精一杯のことをしてくださったんだ。

    力が足りなかっただけで。



 心は炎を燃やし始める。

 海獣に襲われ、閉じていこうとするこの世界を想う。



――― だったら。

    神様が救えないなら、私が救って見せる!



――― 彼を、ヴィクトルを悔恨に沈めたままになどするものか。



  ・

  ・

  ・



――― シュンッ



 空気が切れる音。

 しかし、手の甲がそれを打ち払う。

 振動が残響となって消える。



「……そうね、あなたが居たわ。」



 打ち落としたのは、槍のように大きな針



――― ヴィクトルから時間を奪った、針

――― 私とヴィクトルの時間を奪った、針



 月の光、波の音、夜の風。

 ヴィクトルと一つになったこの浜辺に、クラゲのような異形が佇んでいた。


 触手が持ち上がり、魚の口のような複数の先端がこちらを向く。

 肉胴が一瞬膨らむと、再び針が打ち出された。

 速度と数が増したその光景は、美しい舞を思わせる。



 だけど ―――



 横に、ステップを刻む



――― だけど、遅いッ!



 足跡を残し、3本を躱す。

 1本を弾き、砂浜に突き立てる。

 残り1本、舞うように横から掴むと、弧を描くように異形に打ち返した。



 針が異形の体に突き刺さる。

 衝撃と共に、異形から広がる痛みの波動。

 その痛みの音が濁流のように響き渡る。



 足下の砂を踏みしめ、痛みに捉われた異形に迫る。

 しかし、触手を鞭のように振り回し、私の行く手を阻んだ。



――― 触手が、、邪魔っ!



 一度下がり、距離を取る。

 風が頬を撫で、髪を乱す。

 月明かりが汗を照らしていた。



 砂の中を這う触手が脚に絡まり、動きを止めようとする。


 一瞬の迷い。

 その間に両脚両腕に絡みつく。


 動きを制限する、強い締めつけ。

 粘液に塗れた触手が太ももを撫で上げる。

 体中に点在するいくつもの目が、笑ったように見えた。



  ・

  ・

  ・



――― 宝玉にはのう、世界を編み直す力がある。

    この世のもつれの如き海獣を解きほぐし、あるべき姿へと戻す力が。

――― 解決策を模索した結果、物質を分解し再構成する新技術を開発し…



 お祖母様の声とヴィクトルの記憶。


 今なら分かる、宝玉の力と使い方を。

 そして、世界を編みなおせるなら、私はきっと ――― 



  ・

  ・

  ・



「……捕まえた、と思った?」



 その触手を握り、教えてあげる。

 心に水を、そして記憶の断片をイメージする。



「あなたは、捕まえたんじゃない。」



 力の発動を感じる。

 


「私に...捕まったのっ!!」



 心の中で、想いが砕ける。

 それに合わせるように、海獣の体内から一気に水分が消失した。



「―――!!、―――――― !、―――――――――!!! 」



 声にならない悲鳴。

 巨体がのたうち回る。


 絡みつく触手が切れないよう、弧を描くように引き寄せ釣り上げると、

 水分が抜け干からびた海獣の巨体が宙を舞った。


 落下地点。


 狙うは、中心部で未だ鼓動する心臓のようなもの。

 拳を固めると、そのまま振り上げ一息にぶち抜いた。



  ・

  ・

  ・



 分解された海獣の身体から立ち上る黒い靄は、ヴィクトルの記憶にあった『黒い炎』によく似ていた。



====

門東『みんな大好き触手回、いかがでしたでしょうか?』

エ様『中々のパワー系触手だったようじゃな。そして、魔法少女強し!』

門東『うら若き女性に、絡みつく触手が迫る!!アリアの運命やいかに!?』

エ様『看板には一応偽りなしと言うか。。。そういえば、温泉回、やはり見えていたようじゃな。』

門東『その報告を受け、厳正に対処したのが今の状態です。それよか、神様何か言われてましたよ。力が足りないとか。』

エ様『あれ、わしじゃないもん。』



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