第24話 交渉

「お願いって......どんなお願いなの?」



 アイザックを胸に抱いたまま、質問を返した。



「勿論、報酬も支払おう。我々混沌は『可能性』だ。想像し得る限りにおいて、不可能はない。この願い、お主にしか果たせぬことなのだ。混沌を世界の一部として形あるものに変えることが出来る、その石を持つお主にしか。」



 竜の声は、部屋の隅々に響き渡った。



「……なんでも?」



 目には不安と期待が交錯していた。



「そうだ、なんでもだ。この世界の底に空いた穴を埋めてもらえるなら、なんでも支払おう。我々混沌の海は、安定を求める。この穴のような接点を開始、刺激を受けることは我らの望むところではない。それは混沌の海にとって煩わしいことだ。

 どうだ、娘よ。悪くない取引だろう。」



 竜の目は、深い闇と光を併せ持っていた。



 なんでも......でもさっき魂はないと言っていた。

 ヴィクトルの身体だけあっても、魂が無いのなら意味がない。


 宝玉の力を以てしても、ヴィクトルを取り戻すことは出来ないのか。

 悲しみに、涙がこぼれ落ちる



「……竜さんや、孫が一人で穴をふさぐのも大変じゃ。助手をつけてやれんかのう?」



 お祖母様の声が、優しく響いた。



「うむ、確かにそれも道理、よし助手をつけよう。して、どのような?」



 竜は頷き、その目には計算された光が輝いていた。



「ちょうど良い身体を孫が抱いておる。

 魂も握りしめておるし、ちょうど良かろう。」



 お祖母様は微笑みながら、私の方を向いた。

 その微笑みには何か秘密を共有するような暖かさがあった。



――― え、魂を?



 心が震えた。

 お祖母様は驚く私に、少し寂し気に微笑んだ。



「アリア、愛しい人を宝玉に変えることは話したね。でもまだ話していないことがあったようじゃ。」



 お祖母様の声は穏やかで、しかし重い真実を運んでいた。



「宝玉に変えることで、人間が死ぬわけではないのじゃよ。その魂は宝玉に閉じ込められ、人魚が力を使えるよう己の記憶を砕き、それを捧げ、愛するものの幸せを祈る。

 すべての記憶が砕かれ、宝玉が砕け散るその時まで。そしてその瞬間、本当の意味で宝玉に囚われた魂は死ぬのじゃ。すべての記憶を失った魂に、砕ける以外に道はないのじゃから。」



 瞳から、涙がこぼれた



「宝玉の力を使うということは、少しずつ......少しずつ愛する者を、自分ので殺していくということなんじゃ。」



――― 『なんということだ。知らなかったんだ。まさか、残っているなんて。』



 手帳に書かれていた言葉が蘇る。

 そうか、だから人魚は。



「そう。人魚たちは、自分に愛する者の魂を砕かせてでも生きようとする者たちを憎んだのじゃ。」



――― あの人を失った世界に、何の未練がある。

――― 私に、あの人を殺させた世界など ――― 



「人魚に心を残さねば、宝玉を生み出すことは出来ぬ。

 じゃが、残したことにより、人間は地上から追いやられたのじゃ。」



「おばあちゃん、じゃあ、ヴィクトルは、ヴィクトルの魂は?」



 声は切なく、瞳はお祖母様の顔をじっと見つめた。



「アリア、お前の宝玉の中で、今でも生きておる。」



 答えたお祖母様の声は優しく、その言葉には深い愛情が込められていた。



「ところで、竜さんや。報酬を都度々々支払うのも、混沌の海としてはいらぬ刺激を受けることになるので良くはなかろう。ここは一括前払いが良いと思うのじゃかどうじゃろう?」



 お祖母様は慎重に言葉を選びながら提案した。

 竜は頭を傾げ、しばらく考えた後、



「うむ、確かにそれも道理、一括前払いとしよう。では支払うためにも報酬の内容を決めねばならぬが、その肉体に魂を移すだけでよいのか?」



 と問いかけた。

 お祖母様は手を顎に当て、考え込んだ。



「竜さんや、人間には寿命があるでな、長生きできるようにしてはやってくれんかのう。あと、働かせるなら頑健な肉体にしてもらわねば困る。ただの人間の肉体では、荷が勝ちすぎる。」



 竜は目を輝かせて応じた。



「うむ、それも道理。よし、では助手含めて飽きるまでこの世界にとどまれるようにしてやろう。あわせて、強化もしてやろう。」



 お祖母様は少し考え込んだ後、再び言った。



「竜さんや、宝玉の力は使える力の量が有限。使いすぎるといずれこわれてしまう。どこからか力を補充できるようには出来ぬかのう。」



 竜は深くうなずき



「うむ、それも一理ある。力を使えなくなっては、何の意味もない。

 この世界は、最果ての海にて混沌と交わり合っておる。

 水に関わる力をもたせ、混沌より力を引き出せるようにしてやろう。

 ついでに、世界を構成する要素を地水火風の四つに分け、それぞれの働きを支える仕組みを付与しよう。それぞれが、世界の均衡を保つ役割を果たすのだ。さしずめ、これらの存在を『精霊』とでも名付けておこうか。娘、お主には水の精霊と特に親しくなることになろう。」



 と答えた。

 お祖母様の提案は続いた。



「竜さんや、孫では世界の底に空いた穴を探すのも大変じゃ。お前さん確か目がよかったじゃろう。手伝ってやってはくれんかのう。」



 竜は胸を張り、



「うむ、それも道理、わしには探し物がどこにあるかをすぐ見通す力がある。よしではこちらにとどまり、手伝おう。この世界が混沌の海に沈むその日まで。」



 最後にお祖母様は懸念を表明した。



「竜さんや、穴がふさがった後も新しく空いた穴がないか二人だけでは世界中を見て回るのが大変じゃ。どうにかならんかのう。」



 竜は深くうなずき、



「うむ、それも道理、よし長生きする眷属をさずけよう。見分けやすいように耳を長く、長く働けるように長生きにしておこう。」



 と答えた。

 そして私の方を見て、問いかけた。



「して娘よ、お主からは何か要望はないのか。ないのであれば、以上を以て報酬とするが如何に?」


=====

エ様『お祖母様大活躍じゃな。』

門東『条件、どんどん追加されましたね。』

エ様『本当は、本当のお祖母様なんじゃろ?』

門東『お祖母様は既に亡くなり、その魂のほとんどが天に召されています。』




『ぼく食べ』と異なる時代の同じ世界が舞台のお話、公開停止になった性と愛の女神エロティア様が大活躍するお話、『巨根ハーフ』R18版はこちら(↓)での連載となります。

もしよろしければ、お越しください。

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