第22話 黒鱗の竜

――― あれは......なんだろう?まるでおとぎ話の竜みたい。


 心が震える。

 この目の前に広がる光景は、現実とは思えない。


 丘のように大きい黒い鱗が美しい竜が一頭、噴き出る靄をじっと見つめていた。

 黒い鱗が星空のように輝き、その美しさと優雅さが際立つ。

 夜空を飛べば、その姿はまるで夜の女神のようだろう。


 よく見ると、靄の穴からひものような一本の靄がのび、竜とつながっていた。

 そしてその竜は、どことなく、困っているように見えた。



――― 黒い靄に関係してそうだけど、近づいたら襲われたりしないかな。

    そっと近づいたら、ばれないよね。


 私の心は、不安と興味で揺れ動いていた。

 足を踏み出す。

 一歩、また一歩。



「人の子がここまで来るとは、珍しい」



 声が突然響いた。私は驚いて立ち止まる。

 その声は、どこから来たのだろう。



「あなたは何をしているの?」



 私の声は震えていた。

 この竜は話すことができるのだろうか。



「どうやったら塞げるものかと途方に暮れていた。」



 思いがけず、少し疲れた声が返ってきた。



「塞ぐって、この穴を?」



 その言葉に引き込まれていく。



「そうだ、この穴を、だ。

 だが我にはその手立てがない。

 我に魂が無いがゆえに。」



「魂が無い?あなたは何者なの?」



「我には名がない。......そうだな、お主たちの言葉で言えば『可能性』いや、混沌の方が通りが良いか。」



「混沌?」



 言っていることが分からず、心は混乱していた。



「そうだ、混沌。何者にもなれるし、何者でもない。あの靄と同じ存在。」



 そう言った後、竜は黒い靄へと深い視線を送り、海の中に溶け込んでいく様子を、静かな威厳と共にじっと見つめた。



「おぬしたちが住むこの世界の外は、あの黒い靄のような混沌の海が広がっておる。この世界は、その混沌の海の上に浮かぶ木の葉のようなもの。そして、その木の葉は混沌に『想い』が形を与え、切り取ったもの。」



 私の心は、その言葉に引き込まれていく。



「本来であれば、『想い』によって混沌より切り取られた世界は、その最果て、空と海が交わるその場所でしか混沌と接点を持たぬ。


 だが、世界に形を与える『想い』の力が弱まると、世界の形が綻ぶ。

 その綻びとして、世界の底に空いた穴がこれだ。」



 と言いながら、靄の立ち上がる穴を見つめた。



「海と空の果ては静かで、混沌の海とも互いにほぼ不干渉。

 だが、底に穴が開くことで、お前たちの世界が混沌の海に影響を与え始めた。急激な変化は反動を、変化を押しとどめようとする力を招く。

 そして、我こそは反動。反動故、魂は存在せず、ただ自動的に対処を進める。


 我は『可能性』の海への影響を止めるため、どうすれば穴を塞げるか考え......そして、無理だとの結論に達した。我には魂が無いが故に。」



 最後の言葉は、すこししょんぼりとしていた。



「あなたは、この世界を混沌の海に還そうとしているわけではないのね。」



 その言葉に安堵した。



「無理にそのようなことを行えば、少なくない影響を混沌の海に与えることになる。それは混沌の海にとって煩わしいことだ。

 それに、長い、長い長い時間の果てには、すべては混沌へと還っていく。だからそのようなことに、意味はない。」



「全て...還ってしまうの?」



 私の心は、その言葉に震えた。



「そう、全てだ。この世に生きとし生けるものすべての命には限りがある。海も、山も、風も、空も、季節も、お前の故郷も、思い出も、心も、その愛さえも、長い長い時間の果てにはすべては混沌へと還っていく。」



「それを止めることは出来ないの」



「できない。だが、引き延ばすことは出来る。世界に生きる者たちは、飽きるまで引き延ばせばよいのだ。そうすれば世界が還る時、混沌の海への影響が少なくなる。」



 竜はそう言うと、一人うなずいた。



「……ところでお主、面白いものを持っているな。」



 私の宝玉をちらりと見ると、そんなことを言ってきた。



「あげないわよ。」



 即答する。



「いらんいらん、それに貰ったところで、我には使うことが出来ん。

 その石が行っていることは、世界を混沌である黒い靄へと還すこと、そして還した混沌に『想い』の力で新たな形を与えること。

 だがな『想い』の力で形を与えるためには、魂が必要なのじゃ。

 その石の様にな。……そうか、出来るかもしれんな。お主、名前は何と言う?」



「アリアよ、混沌さん。」



 その言葉に竜の期待を感じた。



「アリアよ、一つ我の頼みを聞いてみる気はないか?

 ここから先、我がこの姿ではお主も話しにくかろう。喚ぶので少し待て。」



 そう言うと、穴からふわりと一本の靄が近くまで垂れてきた。

 次第にその先端が膨らみ形を変えると、





――― それは一人の少年の形をとった。



=====

エ様『黒い靄は混沌じゃったか。』

門東『色々竜さんがおしえてくれましたね。』

エ様『お願いってなんじゃろうなぁ。』

門東『報酬は要求しないとですね!』




『ぼく食べ』と異なる時代の同じ世界が舞台のお話、公開停止になった性と愛の女神エロティア様が大活躍するお話、『巨根ハーフ』R18版はこちら(↓)での連載となります。

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