第14話 海岸 前編

 朝の静けさが広がる部屋で、一つの香りだけが重く空気を支配していた。

 それは料理の香り。

 ヴィクトルが独りでキッチンで何かを作っている。



「今日くらいは、僕に任せて。」



 彼の言葉に、私はおとなしく布団にくるまる。


 だがその甘い香りが鼻孔をくすぐり、安寧の中で再び目を閉じることは叶わない。

 心には昨夜のことがよみがえり、悠然とした時間に紛れて思索する。


 地下での黒い炎の光。

 その光が彼の体に何をもたらしたのか。

 その影響で体調が崩れていると彼は言っていた。

 宝玉があれば、治してあげられたのだろうか。彼の体調の異変に心が痛む。


 いつもの彼と違う何か。触れられない距離感。

 それでも彼の手を握り、安心して眠れるようにと願った。


 回想は突如、恥ずかしさに変わる。

 昨夜の私のセリフ、真剣な彼の目。

 あれはまるでプロポーズのようだった。


 頬が紅く染まる。

 布団を引き上げ、恥ずかしさを隠す。


 だが心の中で、あの瞬間を噛み締める。

 ヴィクトルの真剣な瞳。彼の言葉。



―― 私と一緒に生きたいって、言ってくれた



 あれって、私のことが好きってことだよね。

 そう思うと、どうしても顔が緩んでしまう。



「準備ができたよ。」



 ヴィクトルの声に、私は手櫛で前髪を整え、声の方に向かった。



  ・

  ・

  ・



 朝食の余韻をほんのりと舌の上に残しながら、窓の外に広がる砂浜へと出た。

 雨でも降ったのか、シェルターの前の地面が濡れていたが、今日は快晴だ。

 夜空もきっと綺麗に見えるだろう。

 潮の香りが漂う風が、昨夜の約束を思い出させる。



「夜空を見よう。そして、帰ろう。」



 ヴィクトルの言葉は、彼の真剣な瞳と共に、私の心に響いた。

 それは一つの約束であり、この楽園のような時間がいつか終わることへの認識でもあった。


 海の冷たさを裸足で感じたい。

 それがなぜか、故郷を思い出させてくれるような気がしていた。


 かって私たちは水と共に生き、海が皆の心を結びつけるものであったとお祖母様が教えてくれた。

 しかし、それは遠い過去の話だ。今、海は海獣のもの。我々の故郷は失われた。



「今日は晴れてるね。夜空、きれいに見えるといいな。」



 彼の言葉が、昨夜の約束を思い出させる。



「うん、私も楽しみ。」



 私の返事に、彼は嬉しそうにうなずいた。


 彼は地底都市から来た、海を知らない少年。

 私はかつての海を追われ、陸上で暮らす人魚の少女。

 異なる世界から来たふたりが出会い、心を通わせた。


 彼の手が私の手に触れると、昨夜交わした言葉の重みと温かさが胸を満たす。

 彼の顔がちょっぴり赤くなり、私も恥ずかしくてうつむいてしまった。


 波打ち際を並んで歩くと、彼がちょっとしたいたずら顔で私に向かって水しぶきを飛ばした。それに、私も笑って応戦しする。

 塩の味が笑顔について、楽しさがふたりの間に広がる。



「楽しいね、アリア。」



 彼の真剣な瞳に見つめられ、私の心はときめく。



「うん、すごく楽しい」



 とにっこり笑い返す。

 その感情を、言葉で伝えたくて。


 私たちの足跡は波に消えるかもしれない。

 でも、この刻んだ時間、感じた愛情は、私の心に永遠に残る。


 彼の笑顔、彼の声、彼と過ごしたこの特別な時間。

 夢のような時間も、いつかは終わりを迎える。


 でも、彼との思い出は、私の中で永遠に生き続ける。


 私たちが見た景色、感じた温かさは、これからの未来への力となる。


 心の中で、彼と共に未来を歩んでいく覚悟を決める。

 それが、今日、この海辺で交わした約束だ。



 

=====

エ様『いい感じではないか。』

門東『ええ、そうですね。記憶かぁ、記憶ねぇ、、。』

エ様『・・・何をするつもりじゃ?』

門東『・・・いや、なにも?』




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