第27話 帰路

「さて、娘よ。穴を塞いだ後の感想はどうじゃ?」



 竜の声は、その巨大な背に座っている私に向けられた。

 その声は、空気の薄さと冷たい風にもかかわらず、温かく響いた。


 ここは雲の上、いや、それ以上に高い場所。空気は薄く、風は冷たい。しかし、その冷たさは心地よく、新たな始まりを感じさせてくれた。

 この瞬間、私は自分がどれほど小さな存在であるかを痛感した。広がる空、遠くに見える地平線、そして私を乗せて飛ぶ竜。すべてが一つの大きな絵画のようだ。


 混沌の海とつながる穴を塞いだ後、私たちは竜の背中に乗せてもらい、お祖母様の家まで送ってもらうことにした。その穴を閉じる作業は、単なる物理的な操作以上の意味を持っていた。それはこの世界の均衡を保ち、未来への一歩を踏み出す象徴でもあった。



「うーん、正直まだ実感が湧かないかな。でも、混沌の海につながるその穴を塞いだことで、すこしでも世界を安定させることができた思うと、嬉しい気持ちもある。もうあそこから海獣は生まれないんだなって。」


 

 竜は一瞬、その巨大な瞳で遠くの地平線に目をやった。その心の中で何を考え、何を感じているのか、それは私には窺い知れなかった。


 しかし、その瞬間が過ぎると、口角が微かに持ち上がり、その瞳にはかつてない温かみが宿った。まるで、私の言葉が心に触れ、何らかの変化を引き起こしたかのような、その微笑みは、言葉以上の何かを私に伝えていた。



「それは良かった。」



 それは、私の行動がこの世界に何らかの影響を与えたことを認めたかのような声だった。


 瞳が再び私に向けられる。

 その視線は、次なる未来への期待と好奇心で溢れていた。



「では、これからどうするつもりだ?」



「まずはヴィクトルの療養ね。料理でも作って、戻ってこれたことを実感させてあげようと思うの。」



 手が自然と膝の上で眠るヴィクトルの髪に触れた。その髪は柔らかく、その触感が心に安堵と愛情をもたらす。

 彼を取り戻すことができた、その事実がこの瞬間、より一層現実味を帯びてくる。彼がここにいる、それだけで世界が少しだけ明るく見える。



「そうか。我はこの世界で一番高い山の頂に行ってみようと考えておる。この世界の底に穴が開いていないか見張るためにな。」



 竜の言葉は、その巨体が持つ重みと同じくらいに深い意味を持っていた。それは、この世界を見守るための決意、そしてその責任を全うする覚悟を感じさせるものだった。目指すその山の頂は、ただの地点ではなく、新たな使命と目的に繋がる場所なのだ。



「それもいいわね。でも、竜さんも家族を作ったら、もっと楽しいと思うわよ。」



 私の言葉に、その巨大な瞳を細める。その表情からは、新たな可能性、新たな選択肢について真剣に考えていることが読み取れた。家族とは、ただの血縁以上のもの。それは心の繋がり、そしてその繋がりが生む無限の可能性と幸福を意味する。



「そうだな、子でも設けるか……」



 とつぶやいた後、ちらりとヴィクトルをうかがう。



「娘よ、ものは相談なのだが......」



 まるで未来の可能性を探るかのような言葉。



「ダメよ。」



 即座に断る。

 私の言葉は、その可能性を即座に断ち切るようなものだった。



「…なに、ほんの2、3分貸してくれれば。」



 竜は、その提案を少しでも実現させようと、言葉で食い下がる。

 その声には、私の断固とした態度に少しでも揺さぶりをかけようとする意図が感じられた。



「ヴィクトルはそんなに早くない!......多分。」



「なるほど、そんなことまでわかるとは。これは記憶共有の成果かな。」



 声には、明らかにからかうような調子が含まれていた。まるで、私がヴィクトルとの記憶共有で得た、ある「特定の知識」を紐解いたと言わんばかり。

 笑いながら翼をひとあおりし、高く空へと舞い上がる。



「では、別の相談をしよう。……娘よ、我に名を付けてはくれぬか?」



 空は、青く広がる無限のキャンバスのよう。その空間に名前という新たな要素を加えようとするように、その声は響いた。



「名前?あなたに?」



 私は少し驚きながらも、その提案に興味を感じる。



「そうだ。名は存在そのものを定義する。この世界に生きるのであれば、名も必要となろう。我もその一部になるのだから。」



 名前は、ただのラベルではない。それは存在そのものに影響を与え、この世界でどのように生きるかを左右する。その声には、自分自身をより深く理解し、そしてこの世界との繋がりを強くしたいという切なる願いが込められていた。



「そうね......それなら、ノクタリナという名前はどうかしら?」



 私の提案に、竜 ——— いや、ノクタリナは目を輝かせる。



「ノクタリナ…うむ、良い響きだ。してその意味は?」



 ノクタリナの瞳には深い興味と好奇心が宿っていた。



「この名前は夜を、夜の空に輝く星々の美しさを象徴しているの。

 黒い鱗が星空のように輝くあなたにびったりだと思わない?」



 瞳が一瞬で輝きを増した。

 それはまるで、星座が夜空に描かれる瞬間のような美しさ。


 名前とは、単なる呼び名以上のもの。

 存在に深い意味を与え、その生き様を形作る。


 この瞬間、ノクタリナという名前が与える力が自我として芽生え、成長していく過程をその瞳に見たような気がした。



「夜の空と星々か…確かに我が黒い鱗にぴったりだ。

 ノクタリナ…私はその名を受け入れる。娘よ、ありがとう。」



 ノクタリナは翼を広げ、空に一筋の光を放つ。それは名前を受け入れ、その名前に込められた意味と存在を全うするという決意の表れだった。

 その名は、今この瞬間から、彼女の新たな人生の始まりとなる。



「折角名前を付けてあげたんだから、ノクタリナも私たちのこと名前で呼んでよね。

 もう知っていると思うけど、私がアリアでこっちがヴィクトル。これからもよろしくね。」



「アリアにヴィクトルか。承知した。

 そうだ、水に関する大きな力を得たことだ。これからは水の女神アクヴリアと名乗るのはどうだ。

 二人の結びつき、そして力を象徴する名前として。」



  ・

  ・

  ・



「……こうして、水の女神アクヴリア様は騎士様を取り戻し、竜の女王さまとお友達になって、次の冒険へとむかうのでした。」



 水の女神アクヴリア様とその騎士様のお話。

 私が大好きなおとぎ話。

 深い愛で結ばれた二人が世界を回りながら色々な冒険をするその冒険譚は、私が一番好きな物語だ。


 私の名前はレイラ、エルデン村に住むハーフエルフ。

 最近村に越してきたアイザックの家にある書庫で、今日も二人ソファに並んで座り一緒に本を読んでいる。

 アイザックは一つ私より年上で7歳。彼もハーフエルフだ。


 街からやってきた彼に山や川での遊びを教えたり、彼の書庫で世界のいろいろなことを教わったり。

 様々な大陸と繋がる大きな港のある街の話、大森林の中にあると言うエルフ達の王国や、人間の目が及ばぬ険しい山岳に囲まれた竜たちの聖地。閉ざされた地下都市を這う黒い炎。彼が語る全てのことは新鮮で驚きに満ちていた。


 いつか行ってみたいなとこぼすと、その時は僕も一緒だよと微笑みかけてくれた。

 その日から、それが私の目標になった。



「アイザック、今日も冒険に行こう!」



 そう声を掛け手を引き、彼を書庫から連れ出す。

 ごっこ遊びでは、私が女神様でアイザックが騎士様。

 今日も様々な冒険を越え、日が暮れるまで野山を駆けよう。


 女神様と騎士様のように、どこまでも。




=====

エ様『いつの間にか穴もふさがったようじゃの。』

門東『結構地味な描写になりそうだったのでスパッとしました。』

エ様『アイザックとレイラが出てきたのう。』

門東『「ぼく食べ」はあちらの物語のスピンオフとして開始しました。あちらの方にもこちらの登場人物が出てくるかもしれませんね。』

エ様『水の女神の完成じゃな。あの二人は神になってからもいつもイチャイチャしておる。結構なことじゃ。』

門東『これからしばらくは東奔西走してもらうことになるでしょう。』

エ様『地底都市の穴もふさがんといかんし大変じゃ。』

門東『魚と混ざった靄は海獣に、さて地底都市で靄はいったい何と混ざったのか。』




『ぼく食べ』と異なる時代の同じ世界が舞台のお話、公開停止になったアイザックとレイラが大活躍するお話、『巨根ハーフ』R18版はこちら(↓)での連載となります。

もしよろしければ、お越しください。

ご感想などいただけると、欣喜雀躍と喜びます!

https://novel18.syosetu.com/n3442ih/

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る