第16話二つの世界と一つの書物
「んー?誰ー?」
仮宿に帰宅すると同時に、やる気のなさそうな声を出しながら玄関前へと現れたのは綺麗な橙色のアイスを口に銜えた女幼馴染。
彼女は帰宅したのが俺達だった事に気づくと、特に何かを言う事もなく、どこかへと走って行った。
俺達は猛暑の中、徒歩で長距離を移動してきたのにも関わらず、彼女は冷気に包まれた部屋でアイスを頬張っていた。
その現実に軽く苛立ちを覚えながらも、重い書物を抱えながら彼女の出てきた部屋へと入室する。
荷物を放り投げると、限界状態の足を動かし、涼しい風を放つ神器の前へと座り込む。
神器から放たれる風を全身に浴び、少しずつ体力を回復させていると、どこかへと消えて行った幼馴染が姿を現し、俺達の手元へと何かを放り投げた。
手元を確認すると、そこにあったのは紫一色のアイス。
状況から察するに、彼女は限界状態の俺達を目にし、体を癒せるようにとアイスを取りに行ってくれていたようだ。
彼女へ少しでも苛立ちを覚えた自らを恥ずかしく思いながら、軽く感謝を伝えると、アイスを口で包み込む。
グレープ風味の甘いアイスが口いっぱいに広がり、一気に体力が回復していく。
猛暑の中、図書館まで向かい、必要最低限の図書を入手。
その後、軽く内容を確認し、話し合いは帰宅後に行う事に決め、猛暑の中帰宅。
真夏の日差しの力もあり、普段以上に体力を消費する事となった。
これならば、多少移動費が掛かろうと、バスを利用するべきだったかもしれない。
想像以上の疲労に、一言たりとも発することが出来ず、話し合いを始めたのは数分後。
俺達は互いにノートを広げると、鈴鹿、もう一人の俺、俺の順で成果を発表する事に決め、話し合いを開始する。
最初に鈴鹿の成果。
彼女は家中の探索。そして、インターネットを利用した情報収集。
今現在は絶賛インターネット社会。案外インターネットにも有益な情報が載っている可能性もある。
約二時間。彼女は途中に家中探索を交えながら、神社や並行世界。
神隠しなど、関連しているありとあらゆる物事について調べ上げた。
流石はインターネット社会と言える。関連する情報は大量に散らばっていたらしい。
しかしながら、実際に現在の情報を解決するに至る情報や、正確性のある情報は入手できなかった。
載っている情報は誰かが考えた妄想や、明らかに虚言であると理解出来るような薄っぺらい情報のみ。
家中も全部屋巡ったが、怪しいものは一切入手できず。
結果として、彼女は一つの成果も得られなかった。
残念ではあるが、よく考えてみれば、当然と言えば当然ともいえる。
もし、インターネットに世界を移動する方法が載っていたとすれば、特大ニュースとなり、世界中で世界を移動する者が出現しているはずだ。
実際にその様な事態が起こっていないのだから、載っていなくて当然でもある。
神主の方に関しても、俺達を躊躇せず受け入れたという事は、家中に情報にあたるものを残していない可能性もある。
気を取り直すように言いながら、続いてもう一人の俺の成果へを移行する。
彼は神社に纏わる書物を借り出し、神社の秘密などについて調べ上げた。
図書館であれば、古い物から新しい物まで、専門的な情報を入手できると考えたからだ。
しかし、彼が大半の書物で得た情報は、以前俺と鈴鹿で調べた際に得た情報と大差なく、新たな情報と言えば神社の都市伝説など。
その都市伝説も神隠しや世界移動に関係するものではなく、動く狛犬や増える階段などの心霊的な物ばかり。
最終的な結果として、彼もそこまでの成果を上げることが出来なかった。
肩を落とす二人を励ましながら、自信ありげに口を開く。
「まあ、二人の代わりに俺が成果を上げたから心配するな。二人とも、これを見ろ!」
見覚えのある、一冊の古びれた書物を机上に開くと、二人は指示通りに書物へと目を向ける。
数年以上前から貸し出されているからか、ページの至る所には飲料が零された跡や、鉛筆で落書きの跡が残されている。
そこには神社とはどのような施設であり、神社内には何が配置されているかなど、神社の詳細が記載されている。
二人がページ内の文章を書見し終えたのを確認すると、続く言葉を見せるべくページを捲る。
しかし、次ページは何者かによって破かれており、続く文章を確認するのは不可能になっている。
「なあ、鈴鹿。お前、これに見覚えないか?」
「え?……うーん…………あ……ないね!」
「ないのかよ……。実はさ、これと同じ本が俺の世界の図書館にもあったんだよ。それでさ、俺の世界の本では、破かれてるページは破られていない代わりに、ペンで真っ黒に塗られてるんだ。……おかしいと思わないか?」
「なるほど。確かに怪しいな」
その表情から察するに、もう一人の俺は理解してくれたようだ。
その隣へと顔を向けるが、彼女は理解しているようには見えない。
仕方が無くノートを利用しながら、彼女に理解させるべく、詳しい説明を始める。
以前、図書館で調査を行っていた時。
この書物と同一の物であろう書物を発見した。
そこには同様の内容の文章が記載されており、この書物と同様に、ページの至る所には飲料が零された跡や、鉛筆で落書きの跡が残されていた。
そして、肝心の続くページは破かれておらず、代わりにペンで真っ黒に塗り潰されていた。
世界を移動していない以前の状態ならば、悪戯だと決めつけ、特に深く考える事はなかっただろう。
しかし、世界を移動した今なら理解できる。このページには何かがあると。
二つの世界は非常に酷似している。存在する人物や物は同一。
二つの世界で状態が大きく変化した物と言えば、今回の件に大きく関係しているであろう神社と神主の家のみ。
つまり、二つの世界において、物は基本的に変化しない。
変化するものと言えば、事件に大きく関係している物のみ。
これらの事から考えるに、ペンで塗り潰されているのではなく、ページを破かれているという点で変化している本は深く関係している可能性がある。
当然、本当に誰かの悪戯で、偶然変化が起こったという可能性も捨てることは出来ない。
しかし、塗り潰す、破くと、ページの内容を把握させないように行動しているのは明らか。
恐らく……確実にこの本には何かがある。
「……って訳だけど。どう思う?悪戯って線も捨てきれないけど、恐らくは何かがあると思う」
「そういうことか!うん、確かに何かあると思う!」
「同じく。状態から考えるに、誰かがやってるとしか考えられない。それで、その正体に関して何がわかってるんだ?」
「え、何も分かってないけど?」
「いや、そう言うの良いってー!本当はー?」
「いや、まじでこれ以外は分からない」
二人はその言葉を耳にすると、二人顔を見合わせながら深くため息をついた。
話を聞いたところによると、余りにも自信ありげに発言していた事から、正体まで辿り着いたのだと考えていたようだ。
期待した自分達が悪かったと言わんばかりの表情に苛立ちを覚えながら、時間が無かったのを言い訳に反論するが、彼女は聞く耳を持たない。
一度殴ろうかと考え始めたころ、もう一人の自分が口を開いた。
「ともかくだ。状況から考えるに、もう一人の俺が持ってきた本のページを破いた奴の正体。俺達はこの正体を探るのに尽力しよう」
「だな。それ以外はまだ分かんないし。高弘が神主。俺達が悪戯野郎の正体って感じか。……よし、今後の予定も決まったし、やる気出していくか!」
「だね!」
今後の行動を確定させ、一部の肩の荷が下りた俺達は一先ず休憩を始めた。
その時。玄関の鍵が開く音がすると同時に、聞き覚えのある声が耳に入った。
どうやら、神主の仕事を終えた中島さんが帰宅したようだ。
流石に彼に俺が二人存在するのを目撃されるわけにはいかない。
すぐさま立ち上がると、部屋の網戸を開け、もう一人の自分を外へと追い出した。
突然の追い出しに動揺する彼だったが、状況を察したのか、一言たりとも発すること無く、その場を後にしていった。
速やかな行動により、神主は彼に気づくことはなく、俺達に夕飯のメニューを伝えたのちに二階へと消え去った。
軽く安心しながら、広げた資料を纏め上げると、俺達は明日から頑張る事に決め、その場で解散するのだった。
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